愛を教えて、キミ色に染めて【完】
円香(まどか)、お願い! 急で悪いんだけど今日の夜、合コンに参加して欲しいの!!」

 某日、とある大学の広い食堂の一席で、その会話は行われていた。

「え、合コン?」
「実はお姉ちゃんから頼まれて人数集めてたんだけど、急遽一人行けなくなっちゃって……行ける人探したんだけどみんなバイトやらで予定があって無理でさ……円香、バイトしてないじゃん? だからどうかなって」

 円香と呼ばれた女性は向かいの席に座り、必死に頼み込んで来る相手の女性、日向(ひなた) 葉子(ようこ)の言葉に耳を傾けつつ、内心困り果てていた。

 雪城(ゆきしろ) 円香――彼女は国内で食品系の会社をいくつか経営している雪城グループ社長の一人娘で、過保護な両親によって蝶よ花よと育てられた、言わば温室育ちのお嬢様。

 そんな円香は大学生になった今でもアルバイトすらした事がないばかりか、幼稚園から大学まで全て女子校通いの為、異性との交流すら限られた世界でのみという今どき珍しい女子大生だ。

「で、でも、私……男の人は苦手だし、お父様やお母様に知られたら……」
「大丈夫! おじ様やおば様には私の方から説明してあげるわ! それに今日は金曜日だから、私の家に泊まる事にすれば平気よ! ね?」

 葉子の家は雪城家程の名家ではないものの、曾祖父の代から続いている日向呉服店の娘とあって雪城家とも交流がある事や、葉子とは小学生からの幼馴染みとあって円香の両親も彼女の事は信頼している為、自分が上手く説明するから合コンに参加して欲しいと言う。

「で、でも、その合コンに葉子は来ないんでしょ? 景子(けいこ)さんも……。知らない人しか居ない上に男の人も居る席に一人なんて、嫌だよ……」

 そもそもその合コンというのは葉子の姉、景子主催なのだが、相手は社会人で年下好きとあって大学生の妹である葉子に人員確保を頼んだはいいのだけど、頼まれた葉子にも既に彼氏がいる為合コンに参加する事は出来ず、同じ大学で参加したいと言っていた子に片っ端から声を掛けて人集めをしていた。

 しかし当日の昼になって一人行けなくなってしまい、バイトもしていなくて大体いつでも予定が空いている円香に白羽の矢が立てられたのだ。

 ただ、同じ大学の子が来ると言っても、学部や学年が違ったりしているので円香自身は関わり無い人たちとあって、いくら幼馴染みで親友の葉子の頼みと言えど、知り合いがいないばかりか苦手な異性も居る席に行きたいとは思えないのだ。

「でもさ、円香、恋したいって言ってたじゃん? いつまでも出逢いないままじゃ、恋だって出来ないよ?」
「う……確かに、そうかもしれないけど……」

 そう葉子に言われ、円香は悩み始めた。

 彼女の言う通り、異性が苦手な円香だけど、恋愛小説や漫画などを読んでいるうちに『運命の恋』というものに強い憧れを持っていたりする。

 けれど出逢いの場もない円香はその恋に憧れつつも諦めていた。

 そんな円香にとって、今日の合コンは最初で最後のチャンスかもしれないのだ。

 そう思うと苦手な席ではあるものの参加してみるのも良いかもしれない、そんな思いが円香の中に生まれていた。

「ね? これも人生経験だと思ってさ、お願い!」

 人生経験、初の出逢いの場、そんな単語と心の中で葛藤をした円香は、

「……分かった、合コンに参加……してみるよ」

 人生初、彼女なりに大きな決断を下したのだった。
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