愛を教えて、キミ色に染めて【完】
 事務所裏手の駐車場に停めてある車に乗り込んだ二人。

 伊織はエンジンをかけようとしないので、ここで話をするつもりらしい。

「……で? 話って何だよ?」

 先程の電話の内容には触れず、円香の用件である『話』というのが何なのかを尋ねる伊織。

「……その、実は……」

 しかし、内容が内容なだけに、どう切り出せばいいのか分からない円香は言い淀む。

「何だよ? 話す為にわざわざ来たんだろ? ならさっさと言えよ」

 正直伊織は円香の話が大した事ではないと思っているのだろう。

 今色々と問題を抱えて頭がパンクしそうな中、なかなか話をしない彼女に少々苛立ちを感じ初めていた。

 そんな伊織の態度を感じ取った円香は、悩んでいても仕方がない、ありのままを話そうと、

「……私、結婚をしなきゃいけなくなったんです」
「……は?」
「実は――」

 ここへ来る事になった経緯を話し出した。

 円香が結婚をしなければならない。その話を彼女の口から聞いた瞬間、強い衝撃を受けたような気がした伊織。

 彼女の話で、雪城家の存続の為の政略結婚だという事が分かるのと同時に、これでいいのかもしれないと伊織は密かに思っていた。

 そもそも自分と彼女では住む世界の違う人間だった。それなのに、惹かれ合ってしまった。

 円香の気持ちを考えると政略結婚なんて酷い話だと分かるが、自分と一緒になる未来など有り得ない。

 それならばいっそ、名実知れている家柄の男と一緒になる方が余程いい。

(……そうだ、それが一番いい。もう、俺らは離れるべきなんだ)

 話を終えた円香は伊織に問う。

「伊織さん……私、どうすればいいですか? 知らない人と一緒になるなんて……嫌です……私、伊織さんが、好きだから……」

 その問いかけに伊織の出した答えは――

「そんなの、俺に聞かれても困る。それはお前自身の事だろ? 俺には関係ねぇ話だな」

 彼女を拒絶し、彼女との別れを選ぶ選択だった。
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