愛を教えて、キミ色に染めて【完】
 それから、どのくらいの時間が経ったのだろう。

 ふと目を覚ました円香は抱きしめられたまま眠ってしまった事を知ると、嬉しくて、安心出来て、もう一度眠りにつけそうな気がしてくる。

 ピタリと身体を寄せた円香のその行動で伊織は目を覚ます。

「どうした?」
「あ、ごめんなさい……起こしちゃいましたか?」
「いや、目が覚めただけだ」
「そうですか」
「……風呂でも入るか?」
「……一緒に、ですか?」
「そうだな、円香が望むなら」
「……そういう言い方、狡いです。でも、お風呂一緒は恥ずかしいからいいです」
「風呂よりも恥ずかしい事なんて、沢山してるけどな?」
「もう! そういう事言わないで下さい!」
「悪い」

 こんな風にやり取り出来る、円香はそれだけでも幸せに思えて心が満たされていく。

「……だけど、もう少し、このままが良いです。……駄目、ですか?」
「もう少しと言わず、ずっと居ればいいだろ?」
「……そうですね、ずっと一緒がいいです」

 再び訪れた無言だけど、そこに気まずさは無い。

「――なあ円香」
「はい?」
「……お前は、これから先も、俺と共に生きる気はあるか?」
「え……?」
「……俺は、これからもこの先も、円香を離すつもりは無い。生涯を共にしたいと思ってる」

 沈黙の後に突然されたプロポーズとも思える伊織のその言葉に、驚いた円香は言葉を発する事も忘れてしまう。

「けどな、前に話したとおり、俺は殺し屋だ。お前が思っている以上に過酷な世界で生きてる。お前に触れたこの手で、俺は沢山の人間を殺して来た。なんの躊躇いもなく、な」

 自身の頬に触れていた伊織の右手が悲しい言葉と共に離され、話をする彼の表情が悲しげで円香の心は締め付けられる。

「俺とこの先も居るという事は、お前にも過酷な運命を背負わせる事になるし、危険も伴う…………それを踏まえた上で、俺はもう一度円香に問いたい。円香、俺とこの先も、共に生きていく気はあるか?」

 こんな状況でこんな事を口にするのは狡いと円香は思った。

 だけど、円香の心は初めから決まっていたのだ。

 あの日、酷い事を言われて別れたはずなのに一つも忘れる事が出来なかった伊織への想い。

 他の男に犯され、穢された自身の身体を気にもせずに愛してくれた伊織。

 円香にとって伊織はどんな事があっても忘れる事の出来ない人で、かけがえの無い存在なのだ。

 だから、伊織が殺し屋で危険な世界に生きていると知っても、そんな事は問題じゃなかった。

「……私は、これからもずっと、伊織さんの傍に居たい……私じゃ、何の役にも立たてないかもしれないけど、傍に居て、貴方の心を、癒せる存在になりたい。伊織さんの苦しみを、私にも分けてください……辛い時は、私を頼ってください」

 円香は伊織を真っ直ぐに見つめ、思っている事を全て話した。

 そんな彼女の言葉に、

「――ありがとう、円香」

 ただひたすら感謝し、ギュッと円香を抱きしめる。

 そして、何があっても彼女だけは守り抜こうと心に誓った伊織の瞳から一筋の涙が零れ、頬を伝っていた。
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