《短編集》愛しの旦那様は今日も私を溺愛する
「ううん、ちがう……」

 痛いところがあるか、何があったのかを問い掛けても『違う』と繰り返す神楽。

 私たちのやり取りを見ていた百瀬くんもベッドに腰掛け、二人で神楽を気に掛けていると、

「ママ、どこにもいっちゃ、やだ……」

 涙を浮かべながら抱きついて来た。

「どこにも行かないよ? 怖い夢でも見ちゃったかな?」
「うっ、ひっく……」

 恐らく私がどこかへ行ってしまう、そんな夢を見たのかもしれない。

 普段しっかりしていてもやっぱりまだまだ子供。こういう時はきっと不安になってしまうんだと思う。

「大丈夫だよ、ママもパパもずっと神楽の傍に居るから」
「そうだよ、だから神楽は沢山パパとママに甘えて良いんだよ」

 私と百瀬くんが二人で泣きじゃくる神楽にそう言って聞かせると、

「……赤ちゃん、わらってる? オレ、お兄ちゃんなのに泣いたから……」

 涙を拭いながら不安そうに尋ねてくる。

 きっと神楽は『お兄ちゃん』という言葉に誇りを持つのと同時に、『お兄ちゃん』はしっかりしないといけないと思い込んでいるのかもしれない。

「赤ちゃんは笑ったりしないよ? 神楽は十分、しっかり者のお兄ちゃんだもん。お兄ちゃんだって、悲しい時は泣いても良いし、甘えたい時は甘えても良いんだよ?」

 私はまだまだ神楽に甘えて欲しいから、お兄ちゃんでも甘えたい時は甘えていい事を伝えると、

「うん……オレ、ほんとはもっと、ママにくっつきたい! いっぱいいっしょにいたい!」

 今まで我慢していたのか、素直な気持ちを伝えてくれた。

 そんな神楽を前にしたら、何だか涙が溢れて来た。

「ママ……、どこかいたいの?」
「ううん、違うの。神楽が甘えてくれて、嬉しいんだよ」
「そうなの? オレがくっつくと、ママうれしい?」
「うん、嬉しいよ」
「そっか!」

 私たちはギュッと強く抱きしめ合いながら、お互いの温もりを感じていた。

 そして、そんな私たちを百瀬くんが優しく包み込むように抱き締めてくれて、家族三人幸せな気持ちで新たな年を迎える事が出来たのだった。


 ―END―
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