クズで冷徹な御曹司は、キケンな沼です
「え……?」

「さっきの、忘れといて」


バタンッ


雨降りの日みたいに、ビシャビシャな玄関。それと同じく、ビシャビシャになっていく私の心。


「〝忘れといて〟って……。さっきのバスルームの事だよね」


顔が濡れてるのは、先輩の髪から落ちた水滴か、それとも私の涙か。

……まぁ、ちょうどいいや。

ジュース被った後から、ベタベタして気持ち悪かったし。濡れてるついでに、早めのお風呂に入っちゃえ。


キュ、シャアァァ


ほら、もう湯が出てる。先輩って、本当にせっかち。少しでも浴びて、温まって行けばいいのに。


「……一人だと、広すぎるお風呂だなぁ」


ついさっきまで、ここに先輩といたんだ。二人きりで。


――ここで止まっていいの?

――またキスしてほしい?


「あんな事いってたのに、先輩ったら……」


――さっきの、忘れといて


「本当にクズ男だ……っ」


日常では、私にツンケンした態度をとっておきながら。

そういう行為の時だけ、甘い顔を見せ優しい声になる。

だけど再び日常に戻ったら、一言「忘れて」と。幸せな時間をなかった事にされる。
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