クズで冷徹な御曹司は、キケンな沼です
「これは……〝沼〟だ」
「は? 沼?」
「そう、しかも世界一キケンな沼です……!」
「……本当、アンタって疲れる」
真剣な顔の私を見て、先輩はゲンナリ。
「意味不明」と言葉を吐き捨て、私の隣ではなく、一歩前を歩いて行く。
婚約者だというのに、手は握らない。
会話よりも、沈黙の方が多い。
だけど、だけどね。
今は、これで充分だ。
家の外なのに二人で一緒にいるって事が、私にとって一番嬉しいことだから。
「あ、財布を取りに戻らなきゃ」
「俺がいるんだから、いらないでしょ」
「へ?」
「それくらい払うって言ってんの」
「っ!」
「女性と一緒にいるのに俺に払わせないつもり?品位を損なうからやめて。婚約者を立てなよ」なんて。
そんな嫌味にさえ反応して、胸の内がぴょんと跳ねる。
「ねぇ聞いてるの? 凪緒」
「は、はぃぃ……っ」
更に。
忘れた頃に、いきなりの名前呼び。
あぁ、やっぱり。
私にとって、城ケ崎先輩はキケンな沼です。
𑁍𓏸𓈒