追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
26.距離感
「フレイヤちゃん、俺のことはリベラトーレって呼んでね?」
コルティノーヴィス伯爵家の屋敷へと向かう馬車の中。
リベラトーレはフレイヤに微笑みかけているものの、内心ガタガタと震えていた。
(フレイヤちゃんに話しかける度に、シルヴェリオ様から殺気を感じる……)
差し向かいの席にはフレイヤとシルヴェリオが座っており、フレイヤに話しかける度にシルヴェリオからひんやりとした冷気が漂ってくるものだから、生きた心地がしないのだ。
それでもフレイヤとシルヴェリオの情報を引き出したいリベラトーレは、降りかかる圧力に堪えながらフレイヤに話しかけている。
(そもそも、どうしてシルヴェリオ様がフレイヤちゃんの隣に座るんだ?)
エイレーネ王国の貴族社会では、馬車に乗り合わせた者の中で身分が高い者が広い席に座る。
つまり今の状況でシルヴェリオが一人で座り、フレイヤとリベラトーレが並んで座るのが通例だ。
それにもかかわらずシルヴェリオはフレイヤをエスコートして馬車に乗せると、その隣に座った。
後ろからついて来たリベラトーレが「ええっ?!」と困惑した声を上げたところで、いつもの澄ました表情で「なにか?」と聞いてきたのだ。
「あのぉ……伯爵家の令息であるシルヴェリオ様を差し置いて私が一人で悠々と座ってもいいんですか?」
「気にするな」
「えぇ~」
気にするなと言われるとなおさら気になるものだ。
ましてや冷徹で感情よりも貴族社会の規律通りに動くあのシルヴェリオ・コルティノーヴィスが通例を破って平民の隣に座っているのだから気にならないわけがない。
リベラトーレの言葉を聞いたフレイヤも貴族社会の通例を気にしていたが、シルヴェリオがそのまま隣に座らせて今に至る。
(フレイヤちゃんがネストレ殿下にかけられている呪いを解く鍵だから大切にしているようだけど……傍からだとフレイヤちゃんに尽くしているようにしか見えないんだよねぇ)
シルヴェリオとフレイヤは雇い主と従業員、上司と部下。
それだけの関係性のはずなのに、シルヴェリオはなにかとフレイヤを気にかけている。特別な存在であるように見えてならない。
(毎日フレイヤちゃんにお菓子を届けるなんて、惚れていると宣言しているようなものだし……)
ことに王都に帰ってからはフレイヤ絡みで屋敷に度々顔を出すようになった。
以前なら近寄ろうとしなかった屋敷にやって来ては、フレイヤに届けるための食事や菓子について料理人と菓子職人と執事長に指示しているのだ。
そんなシルヴェリオの変化を目にしたコルティノーヴィス伯爵家の使用人たちは、シルヴェリオがフレイヤに片想いしていると思い込んでいる。
シルヴェリオの行動を耳にしたヴェーラもそのように思っており、二人は恋仲なのかとリベラトーレに聞いてきた始末だ。
(それにしても……どうして菓子ばかり贈るのかと思っていたけど、フレイヤちゃんが無類の菓子好きだからだったのかぁ)
シルヴェリオがフレイヤとの契約の中におやつを盛り込んでいるということは調査済みだったが、実際にフレイヤが菓子の誘惑に負ける姿を自身の目で見るまでは信じられなかった。
よもや妙齢の女性が菓子で釣られるはずがないだろう。その予想を超えてフレイヤはまんまと菓子につられてしまったのだ。
(俺も菓子でフレイヤちゃんに取り入ってみようかな)
リベラトーレは片眼鏡を掛け直して気合を入れる。
「フレイヤちゃんは甘い物が好きなんだよね? 今度オススメのカフェに連れて行ってあげようか?」
「ええと……お気持ちは嬉しいのですが、ステンダルディさんのお手を煩わせるわけにはいかないので……」
戸惑うフレイヤを見たリベラトーレは、しめたものだと唇で弧を描く。
フレイヤ・ルアルディは断ることが苦手な性格のようだ。
もう一押しすると誘い出せるだろう。
獲物を追い詰めた狐のようにほくそ笑んでいたその時、シルヴェリオがコホンと咳払いした。
「リベラトーレ、そこまでだ。俺の部下を困らせるな」
ぞくりと寒気を感じるほどの冴え冴えとした声がリベラトーレを牽制する。
怖いもの見たさでリベラトーレが顔を向けると、シルヴェリオは一瞥するだけで震え上がったほどの殺気に満ち溢れた目をしているではないか。
まるでフレイヤに話しかけるなと言わんばかりの表情だ。
「やだなぁ、あくまで提案しただけですよ。ナンパじゃありませんからね?」
へらりと笑って誤魔化してみたがシルヴェリオの表情は崩れない。
むしろ眼差しの鋭利さが増したような気がする。
(シルヴェリオ様、怖すぎるんですけど!)
彼と対峙した魔物はいつもこのような威圧を受けているのだろうか。
リベラトーレは今までにシルヴェリオと対峙してきた魔物たちに同情するのだった。
(これ以上フレイヤちゃんに構うと魔法で凍らされそうだし、フレイヤちゃんのことはおいおい調べるとしよう)
フレイヤ・ルアルディには不可思議な点があるから本人から直接聞こうと思っていた。
というのも、ルアルディの姓は彼女の祖母方の家名で、祖父方の家名を知る者はローデンにいなかったのだ。
どうやら彼女の祖父は街の外から来た者らしく、その出自を知る者はいないらしい。
かろうじて得た情報によると、もともとは修道士をしていたそうだ。
(王都の情報屋に聞いてみたら何かわかるかもしれないし、今は置いておこう……まずはこれからの商談に備えないとねぇ)
馬車の速度がゆっくりと落ちる。窓の外を見遣ると、コルティノーヴィス伯爵家の屋敷の門が見えた。
(さ~て、楽しい商談になりそうだ)
屋敷の中ではシルヴェリオの事業に介入したいヴェーラが待ち構えている。
コルティノーヴィス伯爵家の姉弟の、水面下の戦いが今、始まるのだ。
コルティノーヴィス伯爵家の屋敷へと向かう馬車の中。
リベラトーレはフレイヤに微笑みかけているものの、内心ガタガタと震えていた。
(フレイヤちゃんに話しかける度に、シルヴェリオ様から殺気を感じる……)
差し向かいの席にはフレイヤとシルヴェリオが座っており、フレイヤに話しかける度にシルヴェリオからひんやりとした冷気が漂ってくるものだから、生きた心地がしないのだ。
それでもフレイヤとシルヴェリオの情報を引き出したいリベラトーレは、降りかかる圧力に堪えながらフレイヤに話しかけている。
(そもそも、どうしてシルヴェリオ様がフレイヤちゃんの隣に座るんだ?)
エイレーネ王国の貴族社会では、馬車に乗り合わせた者の中で身分が高い者が広い席に座る。
つまり今の状況でシルヴェリオが一人で座り、フレイヤとリベラトーレが並んで座るのが通例だ。
それにもかかわらずシルヴェリオはフレイヤをエスコートして馬車に乗せると、その隣に座った。
後ろからついて来たリベラトーレが「ええっ?!」と困惑した声を上げたところで、いつもの澄ました表情で「なにか?」と聞いてきたのだ。
「あのぉ……伯爵家の令息であるシルヴェリオ様を差し置いて私が一人で悠々と座ってもいいんですか?」
「気にするな」
「えぇ~」
気にするなと言われるとなおさら気になるものだ。
ましてや冷徹で感情よりも貴族社会の規律通りに動くあのシルヴェリオ・コルティノーヴィスが通例を破って平民の隣に座っているのだから気にならないわけがない。
リベラトーレの言葉を聞いたフレイヤも貴族社会の通例を気にしていたが、シルヴェリオがそのまま隣に座らせて今に至る。
(フレイヤちゃんがネストレ殿下にかけられている呪いを解く鍵だから大切にしているようだけど……傍からだとフレイヤちゃんに尽くしているようにしか見えないんだよねぇ)
シルヴェリオとフレイヤは雇い主と従業員、上司と部下。
それだけの関係性のはずなのに、シルヴェリオはなにかとフレイヤを気にかけている。特別な存在であるように見えてならない。
(毎日フレイヤちゃんにお菓子を届けるなんて、惚れていると宣言しているようなものだし……)
ことに王都に帰ってからはフレイヤ絡みで屋敷に度々顔を出すようになった。
以前なら近寄ろうとしなかった屋敷にやって来ては、フレイヤに届けるための食事や菓子について料理人と菓子職人と執事長に指示しているのだ。
そんなシルヴェリオの変化を目にしたコルティノーヴィス伯爵家の使用人たちは、シルヴェリオがフレイヤに片想いしていると思い込んでいる。
シルヴェリオの行動を耳にしたヴェーラもそのように思っており、二人は恋仲なのかとリベラトーレに聞いてきた始末だ。
(それにしても……どうして菓子ばかり贈るのかと思っていたけど、フレイヤちゃんが無類の菓子好きだからだったのかぁ)
シルヴェリオがフレイヤとの契約の中におやつを盛り込んでいるということは調査済みだったが、実際にフレイヤが菓子の誘惑に負ける姿を自身の目で見るまでは信じられなかった。
よもや妙齢の女性が菓子で釣られるはずがないだろう。その予想を超えてフレイヤはまんまと菓子につられてしまったのだ。
(俺も菓子でフレイヤちゃんに取り入ってみようかな)
リベラトーレは片眼鏡を掛け直して気合を入れる。
「フレイヤちゃんは甘い物が好きなんだよね? 今度オススメのカフェに連れて行ってあげようか?」
「ええと……お気持ちは嬉しいのですが、ステンダルディさんのお手を煩わせるわけにはいかないので……」
戸惑うフレイヤを見たリベラトーレは、しめたものだと唇で弧を描く。
フレイヤ・ルアルディは断ることが苦手な性格のようだ。
もう一押しすると誘い出せるだろう。
獲物を追い詰めた狐のようにほくそ笑んでいたその時、シルヴェリオがコホンと咳払いした。
「リベラトーレ、そこまでだ。俺の部下を困らせるな」
ぞくりと寒気を感じるほどの冴え冴えとした声がリベラトーレを牽制する。
怖いもの見たさでリベラトーレが顔を向けると、シルヴェリオは一瞥するだけで震え上がったほどの殺気に満ち溢れた目をしているではないか。
まるでフレイヤに話しかけるなと言わんばかりの表情だ。
「やだなぁ、あくまで提案しただけですよ。ナンパじゃありませんからね?」
へらりと笑って誤魔化してみたがシルヴェリオの表情は崩れない。
むしろ眼差しの鋭利さが増したような気がする。
(シルヴェリオ様、怖すぎるんですけど!)
彼と対峙した魔物はいつもこのような威圧を受けているのだろうか。
リベラトーレは今までにシルヴェリオと対峙してきた魔物たちに同情するのだった。
(これ以上フレイヤちゃんに構うと魔法で凍らされそうだし、フレイヤちゃんのことはおいおい調べるとしよう)
フレイヤ・ルアルディには不可思議な点があるから本人から直接聞こうと思っていた。
というのも、ルアルディの姓は彼女の祖母方の家名で、祖父方の家名を知る者はローデンにいなかったのだ。
どうやら彼女の祖父は街の外から来た者らしく、その出自を知る者はいないらしい。
かろうじて得た情報によると、もともとは修道士をしていたそうだ。
(王都の情報屋に聞いてみたら何かわかるかもしれないし、今は置いておこう……まずはこれからの商談に備えないとねぇ)
馬車の速度がゆっくりと落ちる。窓の外を見遣ると、コルティノーヴィス伯爵家の屋敷の門が見えた。
(さ~て、楽しい商談になりそうだ)
屋敷の中ではシルヴェリオの事業に介入したいヴェーラが待ち構えている。
コルティノーヴィス伯爵家の姉弟の、水面下の戦いが今、始まるのだ。