追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
39.戦いは装いから始まる
フレイヤは森から帰った日のうちに香水を完成させた。
森の雰囲気や香りを忘れてしまう前に、食事もおやつも忘れて調香に没頭したのだ。
香りはベースノートのシダーウッドに、土の匂いを彷彿とさせるベチバーを追加した。また、トップノートはベルガモット、ハートノートはオークモスに変更した。
早朝の森の中で静かに佇む木々の力強さを表現した、深みのある香りだ。
完成した香りをシルヴェリオに確認してもらうと、彼は満足そうに頷き、国王に謁見の申請をすると宣言したのだった。
謁見の許可を貰えば、シルヴェリオが眠れる王子にこの香水を届けてくれるだろう。
そう考えていたフレイヤだが、翌日、それは誤算だったのだと思い知った。
(どうしてこんなことに……?)
フレイヤは今、コルティノーヴィス伯爵家のお屋敷にある客間で、ヴェーラとヴェーラが贔屓にしている服飾店の店員に壁まで追い詰められてブルブルと震えている。
朝は確かにコルティノーヴィス香水工房にいた。しかし満面の笑みを浮かべたリベラトーレにあれよあれよと言う間に拉致され、気づけばここにいたのだ。
「大丈夫だよ、ルアルディ殿。とって食われたりはしない」
「そうですよぉ! 先ほどは『料理し甲斐がある』と言いましたが、それは言葉の綾ですわぁ。本当に切ったり焼いたりはしませんので、こちらに来てくださいなぁ~」
二人ともフレイヤを宥めようと優しい声で話しかけているが、その目は獲物を前にした猛獣のように爛々と輝いている。正直に言って、とても恐ろしい。
今回フレイヤがここに連れられてきたのは、王城に行く彼女のために正装を作るためだ。そうして、コルティノーヴィス香水工房の制服をヴェーラが手配する手筈となった。
実はシルヴェリオに頼まれてそうしたわけではない。ヴェーラがコルティノーヴィス香水工房の初仕事を応援したくて自ら買って出たのだ。
デザインはここに着いた時に見せてもらった。
白地のシャツと長衣で、パイピング部分にはに看板と同じ蒼玉の青のラインがあしらわれている。清潔感のある装いだ。
改まった場所へ行くときに着る正装では、同じく白地にアクセントで蒼玉の青のラインをあしらったケープを羽織ることになっている。
「あ、あの……香水を第二王子殿下に届けるのはシルヴェリオ様ですよ。私はお留守番ですので、謁見用の服は不要でして――」
「昨夜シルヴェリオから聞いたが、あの子はルアルディ殿も一緒に行くと言っていたよ?」
「ええっ?! そうなんですか?!」
「ああ、調香したルアルディ殿の成果を横取りするようなことはしたくないのだろう」
シルヴェリオから直接聞いたのであれば、彼は間違いなく自分を王城に連れていくだろう。
なんせフレイヤは今までの経験上、香水を王族や高位貴族に届けるのは工房長であるアベラルドの仕事だったのだから、シルヴェリオもそうするものだと思い込んでいたのだ。
「さて、誤解が解けたようだし、採寸しよう。王城では装いから戦いが始まるからな」
「あ、あの、私たちは香水を献上しに行くのであって、戦いに行くのではないのですが?!」
「いやいや、王城は常に戦いが繰り広げられているんだよ。だからうんと気合を入れようではないか」
ヴェーラがにっこりと微笑んで手を叩くと、扉が開いてコルティノーヴィス伯爵家のメイドたちが入ってきた。彼女たちにやんわりと拘束されてしまったフレイヤは、大人しく採寸されるのだった。
「あらまあ、ルアルディさんはスラリと背が高いし細身でいらっしゃるから、上品なデザインのドレスがよく似合うでしょうね」
「ふむ。それも用意してくれるかい?」
「もちろんです。昨日ご要望いただいた試着用のドレスをたくさん持ってきていますので、後で着ていただきましょう」
二人の間で恐ろしい取引が始まっている。聞こえてくる会話に、フレイヤは更に身を震わせた。
「あの、私はドレスを着る機会なんてないので結構です」
「いいや、これから必要になってくるぞ。香水の宣伝でパーティーに出ることもあるだろう。その時はドレス必須だ」
「ですが……このドレスを買えるほどのお金を持ち合わせていませんので、自分で買える値段のものを――」
「これは私からの贈り物だ。ルアルディ殿の調香師就任記念に贈らせてもらう」
「そ、そんな……私なんかがコルティノーヴィス伯爵から贈り物をいただくなんて畏れ多いです!」
慌てて両手を振り、受け取り拒否の意思表示をするフレイヤだが、ヴェーラは引かなかった。フレイヤの手をそっと両手で包み、赤い宝石のような目に彼女の姿を映す。
「ルアルディ殿はシルヴェリオと私が向き合うきっかけを作ってくれた恩人だ。人と人の縁を繋ぐことができる者なんて、そうそういないよ。だからもっと自信を持ちなさい」
「コルティノーヴィス伯爵……」
「――では、始めてくれ」
「ひえっ!」
フレイヤは着せ替え人形のように、次から次へとドレスを着せられてしまった。
フレアラインからマーメイドドレスまで、あらゆる型のドレスを着せられた。
ヴェーラは深い青色の、首まで詰めたレースの襟のドレスを着たフレイヤの姿をいたく気に入った。ドレスに会う靴や装飾品も買うと店員に宣言し、今度は装飾品選びが始まったのだ。
「ううっ……疲れた……」
大試着会が終わり、フレイヤは燃え尽きてぐったりと長椅子に沈み込む。しかしヴェーラからおやつのティラミスを貰い、上機嫌でコルティノーヴィス香水工房に戻るのだった。
森の雰囲気や香りを忘れてしまう前に、食事もおやつも忘れて調香に没頭したのだ。
香りはベースノートのシダーウッドに、土の匂いを彷彿とさせるベチバーを追加した。また、トップノートはベルガモット、ハートノートはオークモスに変更した。
早朝の森の中で静かに佇む木々の力強さを表現した、深みのある香りだ。
完成した香りをシルヴェリオに確認してもらうと、彼は満足そうに頷き、国王に謁見の申請をすると宣言したのだった。
謁見の許可を貰えば、シルヴェリオが眠れる王子にこの香水を届けてくれるだろう。
そう考えていたフレイヤだが、翌日、それは誤算だったのだと思い知った。
(どうしてこんなことに……?)
フレイヤは今、コルティノーヴィス伯爵家のお屋敷にある客間で、ヴェーラとヴェーラが贔屓にしている服飾店の店員に壁まで追い詰められてブルブルと震えている。
朝は確かにコルティノーヴィス香水工房にいた。しかし満面の笑みを浮かべたリベラトーレにあれよあれよと言う間に拉致され、気づけばここにいたのだ。
「大丈夫だよ、ルアルディ殿。とって食われたりはしない」
「そうですよぉ! 先ほどは『料理し甲斐がある』と言いましたが、それは言葉の綾ですわぁ。本当に切ったり焼いたりはしませんので、こちらに来てくださいなぁ~」
二人ともフレイヤを宥めようと優しい声で話しかけているが、その目は獲物を前にした猛獣のように爛々と輝いている。正直に言って、とても恐ろしい。
今回フレイヤがここに連れられてきたのは、王城に行く彼女のために正装を作るためだ。そうして、コルティノーヴィス香水工房の制服をヴェーラが手配する手筈となった。
実はシルヴェリオに頼まれてそうしたわけではない。ヴェーラがコルティノーヴィス香水工房の初仕事を応援したくて自ら買って出たのだ。
デザインはここに着いた時に見せてもらった。
白地のシャツと長衣で、パイピング部分にはに看板と同じ蒼玉の青のラインがあしらわれている。清潔感のある装いだ。
改まった場所へ行くときに着る正装では、同じく白地にアクセントで蒼玉の青のラインをあしらったケープを羽織ることになっている。
「あ、あの……香水を第二王子殿下に届けるのはシルヴェリオ様ですよ。私はお留守番ですので、謁見用の服は不要でして――」
「昨夜シルヴェリオから聞いたが、あの子はルアルディ殿も一緒に行くと言っていたよ?」
「ええっ?! そうなんですか?!」
「ああ、調香したルアルディ殿の成果を横取りするようなことはしたくないのだろう」
シルヴェリオから直接聞いたのであれば、彼は間違いなく自分を王城に連れていくだろう。
なんせフレイヤは今までの経験上、香水を王族や高位貴族に届けるのは工房長であるアベラルドの仕事だったのだから、シルヴェリオもそうするものだと思い込んでいたのだ。
「さて、誤解が解けたようだし、採寸しよう。王城では装いから戦いが始まるからな」
「あ、あの、私たちは香水を献上しに行くのであって、戦いに行くのではないのですが?!」
「いやいや、王城は常に戦いが繰り広げられているんだよ。だからうんと気合を入れようではないか」
ヴェーラがにっこりと微笑んで手を叩くと、扉が開いてコルティノーヴィス伯爵家のメイドたちが入ってきた。彼女たちにやんわりと拘束されてしまったフレイヤは、大人しく採寸されるのだった。
「あらまあ、ルアルディさんはスラリと背が高いし細身でいらっしゃるから、上品なデザインのドレスがよく似合うでしょうね」
「ふむ。それも用意してくれるかい?」
「もちろんです。昨日ご要望いただいた試着用のドレスをたくさん持ってきていますので、後で着ていただきましょう」
二人の間で恐ろしい取引が始まっている。聞こえてくる会話に、フレイヤは更に身を震わせた。
「あの、私はドレスを着る機会なんてないので結構です」
「いいや、これから必要になってくるぞ。香水の宣伝でパーティーに出ることもあるだろう。その時はドレス必須だ」
「ですが……このドレスを買えるほどのお金を持ち合わせていませんので、自分で買える値段のものを――」
「これは私からの贈り物だ。ルアルディ殿の調香師就任記念に贈らせてもらう」
「そ、そんな……私なんかがコルティノーヴィス伯爵から贈り物をいただくなんて畏れ多いです!」
慌てて両手を振り、受け取り拒否の意思表示をするフレイヤだが、ヴェーラは引かなかった。フレイヤの手をそっと両手で包み、赤い宝石のような目に彼女の姿を映す。
「ルアルディ殿はシルヴェリオと私が向き合うきっかけを作ってくれた恩人だ。人と人の縁を繋ぐことができる者なんて、そうそういないよ。だからもっと自信を持ちなさい」
「コルティノーヴィス伯爵……」
「――では、始めてくれ」
「ひえっ!」
フレイヤは着せ替え人形のように、次から次へとドレスを着せられてしまった。
フレアラインからマーメイドドレスまで、あらゆる型のドレスを着せられた。
ヴェーラは深い青色の、首まで詰めたレースの襟のドレスを着たフレイヤの姿をいたく気に入った。ドレスに会う靴や装飾品も買うと店員に宣言し、今度は装飾品選びが始まったのだ。
「ううっ……疲れた……」
大試着会が終わり、フレイヤは燃え尽きてぐったりと長椅子に沈み込む。しかしヴェーラからおやつのティラミスを貰い、上機嫌でコルティノーヴィス香水工房に戻るのだった。