追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
5.祝福の調香師という噂
食事を終えたフレイヤは名残惜しそうに席を立ち、支払いを済ませた。するとパルミロがカウンターから出て、フレイヤのために扉を開く。
「フレイちゃん、元気でな。王都に来ることがあったらまたおいで。その時はとびっきり美味しいご飯をご馳走するからよ」
「ありがとう。一番に会いに行くね」
「……待ってるからな。何かあったらいつでもおいで」
――まだ、調香師に戻れる道はあるのではないだろうか。
可能性があるのならフレイヤを引き留めたいが、彼女に半端な希望を抱かせたくない。
己の無力さを実感して苦い思いを噛み締めたパルミロは、涙を我慢してフレイヤを見送り、彼女の姿が見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
***
しばらくして、パルミロは店内に戻ってきた。微かに赤くなった目を服の袖で拭いつつ、カウンター席に座っているシルに声をかける。
「シル、腹を空かせているところ料理を待たせてすまない」
「さほど空腹ではないから気にするな」
「気を遣ってくれてありがとうよ。急いで仕上げるからもう少し待ってくれ」
パルミロは眉尻を下げ、かつて魔導士団に所属していた頃にできた後輩に笑いかけた。
もともとは魔導士として働いていたパルミロだが、六年前の巨大蛸討伐の際に魔力を限界まで使い切ったことが原因で魔力回路の破損してしまい、魔法を使えなくなったため魔導士団を引退した。シルとは部隊が同じで、彼が入団した時からの付き合いだ。
シル――本当の名はシルヴェリオ・コルティノーヴィスは、伯爵家の長男だが跡継ぎではない。彼は父親である前コルティノーヴィス伯爵の血を引いているものの、母親は正妻ではなく愛人。その生まれに負い目を感じている彼は、幼い頃に爵位の継承権を放棄しているのだ。
噂によると、まだ五歳の頃に一族が集まる場でそう宣言したらしい。
物心がついたばかりの少年が自身の生まれに負い目を感じて自らの手で当主の道を閉ざすなんて、いったいどのようなことがあったのだろうかと、パルミロは幼い頃のシルヴェリオを思うのだった。
パルミロにとってシルヴェリオは放っておけない後輩だ。平民の自分に対しても敬意を持って接してくれる心根が優しいというのに、生真面目で融通が利かない性格のせいで誤解されがちだから損をしている。そんなシルヴェリオを、パルミロは魔導士団を引退した今でも気にかけている。
「それにしても、パルミロはああいうお淑やかな美人が好みだったのか。魔導士団で聞いていた話と違うな」
「おいおい、俺は純粋にフレイちゃんを応援しているんだよ。好いていたから応援していたんじゃないぞ」
「へぇ? 泣いて戻ってきたのは失恋したからではなかったのか?」
「誓ってもいいぞ。俺の唯一はフラウラだけだ。あいつとの繋がりが消えたからといって乗り換えたりはしない」
「……まるで恋人のような言い方だな。フラウラはお前の使い魔だろ?」
「元、使い魔な……」
パルミロの元使い魔は、フラウラという名の雌の妖精猫だ。
二人が契約を結んだきっかけは、パルミロが学生だった頃に怪我をしていたフラウラを助けたことだった。
妖精猫のフラウラは人間の食べ物が大好きだった。その中でも特にパルミロが作る料理を好んでおり、折に触れてはパルミロに、「もしも魔導士団を引退したらレストランを開いて美味しいご飯をたくさん作ってほしい」と言っていたのだ。しかしパルミロが魔法を使えなくなり、フラウラとの契約が消失してしまうと、彼女はパルミロのもとを去ってしまった。それでもパルミロはフラウラとの約束を守り、彼女が戻ってくるのを待っている。いつか彼女が戻ってきてくれると信じているのだ。
「ともかく、俺は親戚のお兄ちゃんくらいの気持ちでフレイちゃんを応援していただけだ。あの子は優しくて真っ直ぐな性格だから、努力が報われて欲しかったんだよ」
「相変わらずお人好しだな。まあ、俺のような人間にまで良くしているんだから、筋金入りの称号が付きそうだ」
「おいおい。言っておくが、俺は誰これ構わず親切にするような性格じゃないぞ? シルがいいやつだから俺も良くしているだけだ」
「……俺がいいやつ……か」
シルヴェリオは小さく溜息を吐いて、テーブルの上に頬杖をつく。
「……そう思っているのは、パルミロとネストレ殿下くらいだ。……それなのに俺は……、殿下を守れなかった」
「シル……、自分を責めるな。お前がネストレ殿下をあんな状態にしたわけではないんだから」
エイレーネ王国には四人の王子がいる。その内の一人、第二王子のネストレ・エイレーネは、シルヴェリオと同じ二十四歳の青年だ。
彼らは同じ学園に通っていたこともあり、顔見知りだった。ネストレは人付き合いが苦手なシルヴェリオを気にかけ、折に触れては彼に絡んでいた。
学園を卒業してからも二人の交流は続いていた。といっても、仕事で偶然顔を合わせた時に話し合うくらいではあるのだが。
シルヴェリオは魔導士団、ネストレは騎士団に入団していたため、魔物討伐や災害地域の支援に出動する度に顔を合わせては雑談をしていたのだった。
人によれば対して親しい間柄ではないと思うかもしれない。しかし交友関係が狭いシルヴェリオにとって、ネストレは身近な存在なのだ。
――そのネストレが、一年前に共に参加した火の死霊竜の討伐で竜の呪いを受けた。
シルヴェリオの魔法で深手を負った火の死霊竜が反撃で放ったその一撃を、ネストレがシルヴェリオを庇って受けたのだ。
ネストレは黒い炎に包まれたが奇跡的にも火傷はなかった。しかし黒い炎から救い出されて以来、彼は深い眠りから覚めないでいる。
自責の念に囚われたシルヴェリオはその討伐から帰って以来ずっと、任務の傍らネストレにかけられた呪いを解く方法を探しているのだ。
「それにお前はフレイちゃんから香り水を貰ったから、もしかするとネストレ殿下を目覚めさせられる方法を見つけられるかもしれないぞ」
「……どういうことだ?」
シルヴェリオは眉を顰め、フレイヤから貰った飴色の香水瓶を一瞥する。
調香師の道を閉ざされた彼女と自信が抱える悩みが交差するなんてあり得ないと思う彼は、パルミロの言葉の意味を測りかねた。
「俺たちの間で密かに噂になっているんだけどよ、フレイちゃんが作る香水には特別な力があるのさ。あの子から香水を貰った人は願い事が叶ったり、悩み事が解決するらしい。だから王都の中には、フレイちゃんを祝福の調香師って呼んで崇拝している奴だっているんだ」
「ただの偶然だろ。本当にそうなら、あの子は貴族の後ろ盾を手に入れて調香師を続けられたんじゃないか?」
「いいや、それが偶然じゃないんだよ。俺が知っているだけでも八人はフレイちゃんの香水に助けられているんだ。俺はフレイちゃんから貰った香水のおかげで気分転換しやすくなったんだ。自営業だとどうしても仕事のことが頭から離れなくなってしまって困っていたから助かったよ。そういや、向かいの食堂の女将さんは長年悩まされていた頭痛が治ったらしいし、大通りにあるパン屋で働いているフィオナちゃんは好きな人と両想いになれたそうだぞ。それに、傭兵団のレオニダは上司を亡くしてから気を病んで仕事に出られなくなっていたんだが、フレイちゃんの香水のおかげで立ち直れたらしい。あとは――」
「その者たちは本当に皆、香水を貰ってから状況が改善したのか?」
「ああ、そうだと聞いている」
「……なるほど。試してみる価値はあるかもしれないな」
本音を言うと、やはりただの偶然ではないかと思っている。しかし解決策を掴めずにいるシルヴェリオは藁にも縋りたいくらい状況で、普段なら取り合わないであろう不確かな状況にも賭けてみたい。
「決まりだな。フレイちゃんに頼み込むときは、とびっきり美味い菓子を持って行けよ」
「は?」
「フレイちゃんはお菓子が大好きなんだ」
「安い交渉材料だな。そんなもので作ってもらえるのか?」
「ああ、もちろん」
「……いや、ダメだろ」
自国の王子を助けてもらおうとしているのに、菓子折だけで仕事を頼むのはいかがなものだろうか。
シルヴェリオは溜息をつくと、フレイヤに依頼する条件を真剣に考え始めたのだった。
***
夜更けになる頃、食後の一杯を飲み終えたシルヴェリオは、フレイヤから貰った飴色の香水瓶を魔導士団の制服の胸ポケットの中に入れた。その様子を見守っていたパルミロは唇の端を持ち上げてニヤニヤと笑う。
フレイヤには「香りなんかで改善できるのか」と言っていたシルヴェリオだが、その香り水を持ち帰るということは、彼女が作る香りの力を少しは信じてくれたらしい。
「フレイちゃんによろしく言ってくれよ」
「ああ、わかった」
店を出る彼の背を見送り、パルミロは独り言ちる。
「フレイちゃんって、シルの好みど真ん中だと思うんだよなぁ」
二人は正反対に見えて、どこか似ている。
真っ直ぐな性格で努力家で、客の悩みに真剣に向き合う、心優しいフレイヤ。対してシルヴェリオは生真面目で融通が利かないが、心根が優しい。
これまでにシルヴェリオの浮いた話や好みの女性の話を聞いたことがないし、本人に聞いたところで「わからない」としか言わないのだが、シルヴェリオの為人を知っているからこそわかる。フレイヤは間違いなくシルヴェリオの好みだろう。
「さてさて、どうなるものかねぇ」
パルミロはコルティノーヴィス産のワイン『バラの宝石』を取り出し、ワイングラスに注ぐ。
ふわりと広がるバラの香りを堪能すると少しだけグラスを掲げ、フレイヤとシルヴェリオの幸せを願って乾杯するのだった。
「フレイちゃん、元気でな。王都に来ることがあったらまたおいで。その時はとびっきり美味しいご飯をご馳走するからよ」
「ありがとう。一番に会いに行くね」
「……待ってるからな。何かあったらいつでもおいで」
――まだ、調香師に戻れる道はあるのではないだろうか。
可能性があるのならフレイヤを引き留めたいが、彼女に半端な希望を抱かせたくない。
己の無力さを実感して苦い思いを噛み締めたパルミロは、涙を我慢してフレイヤを見送り、彼女の姿が見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
***
しばらくして、パルミロは店内に戻ってきた。微かに赤くなった目を服の袖で拭いつつ、カウンター席に座っているシルに声をかける。
「シル、腹を空かせているところ料理を待たせてすまない」
「さほど空腹ではないから気にするな」
「気を遣ってくれてありがとうよ。急いで仕上げるからもう少し待ってくれ」
パルミロは眉尻を下げ、かつて魔導士団に所属していた頃にできた後輩に笑いかけた。
もともとは魔導士として働いていたパルミロだが、六年前の巨大蛸討伐の際に魔力を限界まで使い切ったことが原因で魔力回路の破損してしまい、魔法を使えなくなったため魔導士団を引退した。シルとは部隊が同じで、彼が入団した時からの付き合いだ。
シル――本当の名はシルヴェリオ・コルティノーヴィスは、伯爵家の長男だが跡継ぎではない。彼は父親である前コルティノーヴィス伯爵の血を引いているものの、母親は正妻ではなく愛人。その生まれに負い目を感じている彼は、幼い頃に爵位の継承権を放棄しているのだ。
噂によると、まだ五歳の頃に一族が集まる場でそう宣言したらしい。
物心がついたばかりの少年が自身の生まれに負い目を感じて自らの手で当主の道を閉ざすなんて、いったいどのようなことがあったのだろうかと、パルミロは幼い頃のシルヴェリオを思うのだった。
パルミロにとってシルヴェリオは放っておけない後輩だ。平民の自分に対しても敬意を持って接してくれる心根が優しいというのに、生真面目で融通が利かない性格のせいで誤解されがちだから損をしている。そんなシルヴェリオを、パルミロは魔導士団を引退した今でも気にかけている。
「それにしても、パルミロはああいうお淑やかな美人が好みだったのか。魔導士団で聞いていた話と違うな」
「おいおい、俺は純粋にフレイちゃんを応援しているんだよ。好いていたから応援していたんじゃないぞ」
「へぇ? 泣いて戻ってきたのは失恋したからではなかったのか?」
「誓ってもいいぞ。俺の唯一はフラウラだけだ。あいつとの繋がりが消えたからといって乗り換えたりはしない」
「……まるで恋人のような言い方だな。フラウラはお前の使い魔だろ?」
「元、使い魔な……」
パルミロの元使い魔は、フラウラという名の雌の妖精猫だ。
二人が契約を結んだきっかけは、パルミロが学生だった頃に怪我をしていたフラウラを助けたことだった。
妖精猫のフラウラは人間の食べ物が大好きだった。その中でも特にパルミロが作る料理を好んでおり、折に触れてはパルミロに、「もしも魔導士団を引退したらレストランを開いて美味しいご飯をたくさん作ってほしい」と言っていたのだ。しかしパルミロが魔法を使えなくなり、フラウラとの契約が消失してしまうと、彼女はパルミロのもとを去ってしまった。それでもパルミロはフラウラとの約束を守り、彼女が戻ってくるのを待っている。いつか彼女が戻ってきてくれると信じているのだ。
「ともかく、俺は親戚のお兄ちゃんくらいの気持ちでフレイちゃんを応援していただけだ。あの子は優しくて真っ直ぐな性格だから、努力が報われて欲しかったんだよ」
「相変わらずお人好しだな。まあ、俺のような人間にまで良くしているんだから、筋金入りの称号が付きそうだ」
「おいおい。言っておくが、俺は誰これ構わず親切にするような性格じゃないぞ? シルがいいやつだから俺も良くしているだけだ」
「……俺がいいやつ……か」
シルヴェリオは小さく溜息を吐いて、テーブルの上に頬杖をつく。
「……そう思っているのは、パルミロとネストレ殿下くらいだ。……それなのに俺は……、殿下を守れなかった」
「シル……、自分を責めるな。お前がネストレ殿下をあんな状態にしたわけではないんだから」
エイレーネ王国には四人の王子がいる。その内の一人、第二王子のネストレ・エイレーネは、シルヴェリオと同じ二十四歳の青年だ。
彼らは同じ学園に通っていたこともあり、顔見知りだった。ネストレは人付き合いが苦手なシルヴェリオを気にかけ、折に触れては彼に絡んでいた。
学園を卒業してからも二人の交流は続いていた。といっても、仕事で偶然顔を合わせた時に話し合うくらいではあるのだが。
シルヴェリオは魔導士団、ネストレは騎士団に入団していたため、魔物討伐や災害地域の支援に出動する度に顔を合わせては雑談をしていたのだった。
人によれば対して親しい間柄ではないと思うかもしれない。しかし交友関係が狭いシルヴェリオにとって、ネストレは身近な存在なのだ。
――そのネストレが、一年前に共に参加した火の死霊竜の討伐で竜の呪いを受けた。
シルヴェリオの魔法で深手を負った火の死霊竜が反撃で放ったその一撃を、ネストレがシルヴェリオを庇って受けたのだ。
ネストレは黒い炎に包まれたが奇跡的にも火傷はなかった。しかし黒い炎から救い出されて以来、彼は深い眠りから覚めないでいる。
自責の念に囚われたシルヴェリオはその討伐から帰って以来ずっと、任務の傍らネストレにかけられた呪いを解く方法を探しているのだ。
「それにお前はフレイちゃんから香り水を貰ったから、もしかするとネストレ殿下を目覚めさせられる方法を見つけられるかもしれないぞ」
「……どういうことだ?」
シルヴェリオは眉を顰め、フレイヤから貰った飴色の香水瓶を一瞥する。
調香師の道を閉ざされた彼女と自信が抱える悩みが交差するなんてあり得ないと思う彼は、パルミロの言葉の意味を測りかねた。
「俺たちの間で密かに噂になっているんだけどよ、フレイちゃんが作る香水には特別な力があるのさ。あの子から香水を貰った人は願い事が叶ったり、悩み事が解決するらしい。だから王都の中には、フレイちゃんを祝福の調香師って呼んで崇拝している奴だっているんだ」
「ただの偶然だろ。本当にそうなら、あの子は貴族の後ろ盾を手に入れて調香師を続けられたんじゃないか?」
「いいや、それが偶然じゃないんだよ。俺が知っているだけでも八人はフレイちゃんの香水に助けられているんだ。俺はフレイちゃんから貰った香水のおかげで気分転換しやすくなったんだ。自営業だとどうしても仕事のことが頭から離れなくなってしまって困っていたから助かったよ。そういや、向かいの食堂の女将さんは長年悩まされていた頭痛が治ったらしいし、大通りにあるパン屋で働いているフィオナちゃんは好きな人と両想いになれたそうだぞ。それに、傭兵団のレオニダは上司を亡くしてから気を病んで仕事に出られなくなっていたんだが、フレイちゃんの香水のおかげで立ち直れたらしい。あとは――」
「その者たちは本当に皆、香水を貰ってから状況が改善したのか?」
「ああ、そうだと聞いている」
「……なるほど。試してみる価値はあるかもしれないな」
本音を言うと、やはりただの偶然ではないかと思っている。しかし解決策を掴めずにいるシルヴェリオは藁にも縋りたいくらい状況で、普段なら取り合わないであろう不確かな状況にも賭けてみたい。
「決まりだな。フレイちゃんに頼み込むときは、とびっきり美味い菓子を持って行けよ」
「は?」
「フレイちゃんはお菓子が大好きなんだ」
「安い交渉材料だな。そんなもので作ってもらえるのか?」
「ああ、もちろん」
「……いや、ダメだろ」
自国の王子を助けてもらおうとしているのに、菓子折だけで仕事を頼むのはいかがなものだろうか。
シルヴェリオは溜息をつくと、フレイヤに依頼する条件を真剣に考え始めたのだった。
***
夜更けになる頃、食後の一杯を飲み終えたシルヴェリオは、フレイヤから貰った飴色の香水瓶を魔導士団の制服の胸ポケットの中に入れた。その様子を見守っていたパルミロは唇の端を持ち上げてニヤニヤと笑う。
フレイヤには「香りなんかで改善できるのか」と言っていたシルヴェリオだが、その香り水を持ち帰るということは、彼女が作る香りの力を少しは信じてくれたらしい。
「フレイちゃんによろしく言ってくれよ」
「ああ、わかった」
店を出る彼の背を見送り、パルミロは独り言ちる。
「フレイちゃんって、シルの好みど真ん中だと思うんだよなぁ」
二人は正反対に見えて、どこか似ている。
真っ直ぐな性格で努力家で、客の悩みに真剣に向き合う、心優しいフレイヤ。対してシルヴェリオは生真面目で融通が利かないが、心根が優しい。
これまでにシルヴェリオの浮いた話や好みの女性の話を聞いたことがないし、本人に聞いたところで「わからない」としか言わないのだが、シルヴェリオの為人を知っているからこそわかる。フレイヤは間違いなくシルヴェリオの好みだろう。
「さてさて、どうなるものかねぇ」
パルミロはコルティノーヴィス産のワイン『バラの宝石』を取り出し、ワイングラスに注ぐ。
ふわりと広がるバラの香りを堪能すると少しだけグラスを掲げ、フレイヤとシルヴェリオの幸せを願って乾杯するのだった。