追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
51.手土産(餌付け)はシャル……なんとかで決まり
シルヴェリオはいつもの仏頂面で、真剣にフレイヤの話に耳を傾けた。
途中、二人の話の内容が気になったレンゾも加わる。二人とも真剣に話を聞くものだからどことなく気恥ずかしくなってしまう。
「あ、あの……仕事を止めてまでするようなお話ではありませんから、このお話は止めませんか?」
「ひとまず聞かせてくれ」
「でも、私の勘違いかもしれませんし、わざわざシルヴェリオ様の時間を削ってまで聞いていただくことではないので――」
「勘違いかどうかは、実際に突き止めなければわからないだろう。そうするにも、君一人で動くのは危ないから俺も調べよう」
もしもただの物音だったら、自分が勝手に勘違いして騒いでいたことになる。それは恥ずかしいから自分だけで解決するべきだろう。
そう思う一方で、家の中に得体のしれない存在がいることが怖いから誰かに助けを求めたい。
相反する想いの板挟みでにっちもさっちもいかなかったというのに、シルヴェリオの一言のおかげで気恥ずかしさはなりを潜めた。
「従業員が困っているのに見過ごすわけにはいかないからな」
「……っ、ありがとうございます」
大したことではないと否定することなく、フレイヤの不安に一緒に向き合ってくれている。
物言いはぶっきらぼうだが、根底にはフレイヤへの気遣いがある。
(シルヴェリオ様って、何でもできるように見えて、意外と不器用なところもあるのかも)
昨夜、パルミロが言った通りだ。ぶっきらぼうな印象が強くて、損をしている。
それはたしかに、勿体ない。
(本当は優しい人だってみんなにわかってもらえるよう、私はシルヴェリオ様のいいところを宣伝していこう)
心の中で密かに決心しつつ、フレイヤは今朝の出来事を話し終えた。
「……なるほど。誰もいないはずの台所から菓子が盗まれて、現場に残されたのはイチゴの香りのみ……か」
「台所にはイチゴを置いていなかったんだね?」
「はい。それなのになぜか、イチゴの匂いがしました。それに、盗まれたお菓子にはイチゴ味のものはなかったんです」
砂糖と一緒に煮詰められたような香りではなかった。よく熟れた、摘みたてのイチゴの匂いだったのだ。
楽しみにしていたイチゴを味わった幽霊もとい泥棒を恨めしく思う。
「このところ庭のイチゴがよく盗まれるので、イチゴ泥棒の犯人も同じ幽霊なのかと思います」
「姿の見えない、イチゴ泥棒か」
シルヴェリオは顎に手を添え、なにやら思案に耽っている。
大抵の人なら、勘違いだろう一蹴するような話だ。正直に言うと、冷徹と称されるシルヴェリオがこんなにも真剣に聞いてくれるとは思ってもみなかった。
「今夜、君の家に行って幽霊を捕まえよう」
「え、あの……」
「俺だけではない。レンゾさんも一緒に来てもらえば問題ないだろう」
未婚の男女が夜に一緒に入れば、自ずと噂が立つ。片方が貴族ならなおさらだ。
シルヴェリオは、フレイヤがそのような外聞を気にしていると捉えたようで、問答無用でレンゾを加える。
フレイヤは慌てて首を横に振った。
「そうではなく――お恥ずかしながら、シルヴェリオ様をもてなせるようなものが全くないので来ていただくわけにはいきません」
「もてなしてもらうつもりはないから気にしなくていい」
「だけど――」
「訪ねるのなら、こちらが手土産を持っていくのが礼儀だろう。……イチゴを食べられたと言っていたな。そういえば、リベラトーレから聞いたが最近イチゴを使った見目の良いケーキが流行っているらしいな」
ケーキの名が聞こえ、フレイヤの耳がぴくりと反応する。
シルヴェリオはその瞬間を見逃さなかった。
「人の名のような名前だったな。……確か、シャルロッテとかシャーロットのような響きだった」
「!!」
ヒントはそれだけで十分だった。
フレイヤの頭の中に、その美しい真名と美味しそうなケーキが思い浮かぶ。
「その麗しい響きはもしや――シャルロットではないでしょうか?!」
シャルロットとは、貴婦人の帽子とも呼ばれる美しい見た目のケーキだ。
ムースの周りをビスキュイと呼ばれるさくっとした生地がぐるりと囲んでいる。
ちなみに、ここ最近王都で流行っているのは、イチゴをムースや飾りつけにふんだんに使った可愛らしい色合いのシャルロットだ。
フレイヤも流行に乗じて食べようと、密かに狙っているケーキでもある。
「ああ、そのような名前だった」
「やはり!」
若草色の目をキラキラと輝かせるフレイヤ。
その姿はシルヴェリオの脳裏に、彼の大切な仔犬を思い描かせる。
やはり、あの仔犬に似ている。淑女に対してそう思うのは失礼なのだが。
シルヴェリオは思わず、片手で口元を覆った。肩が微かに震えている。
「そのシャルロットとやらは絶品らしい。それを手土産に持っていこう」
「ぜひ! お待ちしています!」
元気よく返事をしたフレイヤは、レンゾのもの言いたげな視線にハッとする。
「……フレイヤさん、またお菓子に釣られている……」
「うっ……」
容赦のない指摘に、返す言葉もない。
「決まりだ。仕事が終わったら三人で向かおう」
片手を顔から離したシルヴェリオの口元に、笑みが残っている。
笑われていたのだと気付き、フレイヤの頬にじわじわと熱が広がる。
「~~っ!」
声にならない悲鳴を上げるフレイヤの悲痛な表情もまた、シルヴェリオを笑わせたのだった。
途中、二人の話の内容が気になったレンゾも加わる。二人とも真剣に話を聞くものだからどことなく気恥ずかしくなってしまう。
「あ、あの……仕事を止めてまでするようなお話ではありませんから、このお話は止めませんか?」
「ひとまず聞かせてくれ」
「でも、私の勘違いかもしれませんし、わざわざシルヴェリオ様の時間を削ってまで聞いていただくことではないので――」
「勘違いかどうかは、実際に突き止めなければわからないだろう。そうするにも、君一人で動くのは危ないから俺も調べよう」
もしもただの物音だったら、自分が勝手に勘違いして騒いでいたことになる。それは恥ずかしいから自分だけで解決するべきだろう。
そう思う一方で、家の中に得体のしれない存在がいることが怖いから誰かに助けを求めたい。
相反する想いの板挟みでにっちもさっちもいかなかったというのに、シルヴェリオの一言のおかげで気恥ずかしさはなりを潜めた。
「従業員が困っているのに見過ごすわけにはいかないからな」
「……っ、ありがとうございます」
大したことではないと否定することなく、フレイヤの不安に一緒に向き合ってくれている。
物言いはぶっきらぼうだが、根底にはフレイヤへの気遣いがある。
(シルヴェリオ様って、何でもできるように見えて、意外と不器用なところもあるのかも)
昨夜、パルミロが言った通りだ。ぶっきらぼうな印象が強くて、損をしている。
それはたしかに、勿体ない。
(本当は優しい人だってみんなにわかってもらえるよう、私はシルヴェリオ様のいいところを宣伝していこう)
心の中で密かに決心しつつ、フレイヤは今朝の出来事を話し終えた。
「……なるほど。誰もいないはずの台所から菓子が盗まれて、現場に残されたのはイチゴの香りのみ……か」
「台所にはイチゴを置いていなかったんだね?」
「はい。それなのになぜか、イチゴの匂いがしました。それに、盗まれたお菓子にはイチゴ味のものはなかったんです」
砂糖と一緒に煮詰められたような香りではなかった。よく熟れた、摘みたてのイチゴの匂いだったのだ。
楽しみにしていたイチゴを味わった幽霊もとい泥棒を恨めしく思う。
「このところ庭のイチゴがよく盗まれるので、イチゴ泥棒の犯人も同じ幽霊なのかと思います」
「姿の見えない、イチゴ泥棒か」
シルヴェリオは顎に手を添え、なにやら思案に耽っている。
大抵の人なら、勘違いだろう一蹴するような話だ。正直に言うと、冷徹と称されるシルヴェリオがこんなにも真剣に聞いてくれるとは思ってもみなかった。
「今夜、君の家に行って幽霊を捕まえよう」
「え、あの……」
「俺だけではない。レンゾさんも一緒に来てもらえば問題ないだろう」
未婚の男女が夜に一緒に入れば、自ずと噂が立つ。片方が貴族ならなおさらだ。
シルヴェリオは、フレイヤがそのような外聞を気にしていると捉えたようで、問答無用でレンゾを加える。
フレイヤは慌てて首を横に振った。
「そうではなく――お恥ずかしながら、シルヴェリオ様をもてなせるようなものが全くないので来ていただくわけにはいきません」
「もてなしてもらうつもりはないから気にしなくていい」
「だけど――」
「訪ねるのなら、こちらが手土産を持っていくのが礼儀だろう。……イチゴを食べられたと言っていたな。そういえば、リベラトーレから聞いたが最近イチゴを使った見目の良いケーキが流行っているらしいな」
ケーキの名が聞こえ、フレイヤの耳がぴくりと反応する。
シルヴェリオはその瞬間を見逃さなかった。
「人の名のような名前だったな。……確か、シャルロッテとかシャーロットのような響きだった」
「!!」
ヒントはそれだけで十分だった。
フレイヤの頭の中に、その美しい真名と美味しそうなケーキが思い浮かぶ。
「その麗しい響きはもしや――シャルロットではないでしょうか?!」
シャルロットとは、貴婦人の帽子とも呼ばれる美しい見た目のケーキだ。
ムースの周りをビスキュイと呼ばれるさくっとした生地がぐるりと囲んでいる。
ちなみに、ここ最近王都で流行っているのは、イチゴをムースや飾りつけにふんだんに使った可愛らしい色合いのシャルロットだ。
フレイヤも流行に乗じて食べようと、密かに狙っているケーキでもある。
「ああ、そのような名前だった」
「やはり!」
若草色の目をキラキラと輝かせるフレイヤ。
その姿はシルヴェリオの脳裏に、彼の大切な仔犬を思い描かせる。
やはり、あの仔犬に似ている。淑女に対してそう思うのは失礼なのだが。
シルヴェリオは思わず、片手で口元を覆った。肩が微かに震えている。
「そのシャルロットとやらは絶品らしい。それを手土産に持っていこう」
「ぜひ! お待ちしています!」
元気よく返事をしたフレイヤは、レンゾのもの言いたげな視線にハッとする。
「……フレイヤさん、またお菓子に釣られている……」
「うっ……」
容赦のない指摘に、返す言葉もない。
「決まりだ。仕事が終わったら三人で向かおう」
片手を顔から離したシルヴェリオの口元に、笑みが残っている。
笑われていたのだと気付き、フレイヤの頬にじわじわと熱が広がる。
「~~っ!」
声にならない悲鳴を上げるフレイヤの悲痛な表情もまた、シルヴェリオを笑わせたのだった。