追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
61.ケット・シーの帰還
王都に着くと、すでに夜になっていた。レンゾは家で最愛の家族が待っているため、フレイヤたちに別れを告げて帰宅する。
そうして、フレイヤとシルヴェリオとフラウラとオルフェンは、パルミロが切り盛りしているレストラン<気ままな妖精猫亭>の前まで辿り着いた。
「フラウラ、心の準備はできた?」
フレイヤが問いかけると、フラウラは耳をぴんと立てて『うん』と元気よく返す。
「じゃあ、開けるよ!」
フレイヤが店の扉を開けると、取り付けられてある鈴がカランと軽やかに鳴る。
まだ開店してすぐの時間のためか、店内に客はいなかった。
カウンターの向こうで食器を布で拭いていたパルミロが、顔を上げるとニカリと歯を見せて笑う。
「おお、フレイちゃんにシル! ――と、そちらのやたら眩しい兄ちゃんは?」
パルミロの視線はすぐにオルフェンへと向けられる。
気になってしまうのも無理はない。なんせオルフェンは整い過ぎる顔立ちと、ほんのりと光を帯びた白金色の髪でかなり目立つのだ。おまけに彼の服装はエイレーネ王国では珍しい形のため、異彩を放っている。
「ええと、彼はオルフェンと言う名前の妖精です」
「オルフェンって……西の森に住むあの長命妖精のオルフェンか……。噂で聞いていたのと印象が違うな。もっと凄みのある妖精だと思っていたよ」
「もしかして、オルフェンを知っているんですか?」
「ああ、フラウラや他の妖精たちからオルフェンの話を聞いたことがあったんだよ」
レンゾが妖精たちからオルフェンの噂を聞いていたように、かつて妖精の姿を見ることができたパルミロもまた、妖精たちからオルフェンの噂を聞いたことがあったらしい。
(オルフェンってかなり有名人だったんだ……)
フレイヤはオルフェンの顔を盗み見たが、彼は店内の内装を興味深そうに眺めている。オルフェン本人は自分に関する噂なんて全く興味がなさそうだ。
「ところで、俺でも長命妖精のオルフェンの姿が見えるということは、シルが使い魔にしたのか?」
「……俺じゃない」
シルヴェリオがぶっきらぼうに答える。その声にはどこか、苛立ちが滲んでいた。
『ええっ、なんで僕がこの怒りん坊なんかと契約しなきゃいけないの? 僕はフレイヤが気に入ったから魔法でフレイヤとの間に繋がりを作ったのさ』
オルフェンの方も心外だと言わんばかりに頬を膨らませている。
「魔法で繋がりを作る……契約魔法を妖精側から持ちかけたのか?」
『契約魔法じゃないよ。繋がりだけを作る魔法さ』
「そ、そんなことができるのか?!」
『妖精の魔法ならできるよ。と言っても、この魔法を知っている妖精が少ないけどね』
「もし可能なら、その魔法を……俺に教えてくれないか? 俺には大切な妖精がいるんだ。俺が魔法を使えなくなってから見えなくなってしまったけど、……またあいつに会いたいんだ」
フレイヤの足元にいたフラウラが、『パルミロ……』と感極まって呟く。しかしその声は、パルミロに届かなかった。
『嫌だ。君に教える義理なんてないし、教えたところで僕になんの得があるの? それに、君はその魔法を知ったところで使えやしないよ。妖精にしか使えない魔法だし、君はそもそも魔法が使えなくなっちゃったんでしょ?』
「オルフェン、そんな言い方をしなくてもいじゃないですか!」
フレイヤがオルフェンを嗜める。
パルミロが妖精との繋がりを作る魔法を知りたい理由は、彼がフラウラともう一度会いたいから。それなのに必死で頼み込むパルミロを冷たく断るオルフェンの態度はあんまりだと思ったのだ。
「いいんだ、フレイちゃん。オルフェンの言う通りだよ。俺が知ったところで、フラウラに伝える術がないからよ」
パルミロは力なく肩を竦めると、オルフェンに手を差し出す。
「挨拶が遅れてしまったな。俺はパルミロだ。よろしく」
『んー、よろしくー』
オルフェンはパルミロの手を無視してさっさとカウンター席の椅子に座ってしまった。
まるで礼儀を学ぶ前の子どもだ。
「もうっ、パルミロさんの挨拶を無視してはいけませんよ」
「ははっ、気にしなくていいよ。妖精はみんなオルフェンみたいなもんだ。挨拶なんて人間の都合でしかないからな」
パルミロは慣れているようで、フレイヤの不安を吹き飛ばすように笑う。
彼の言う通り、人間の挨拶なんて妖精のオルフェンにとっては知ったことではないのだ。
しかし妖精の文化に不慣れなフレイヤは戸惑うばかりだった。
パルミロやレンゾのように妖精たちの文化に慣れるのには時間がかかりそうだ。幼い頃から妖精が見えて彼らの文化に触れてきたパルミロたちとは違い、大人になってから妖精の世界と接することになったフレイヤには慣れないことばかりなのだ。
「さあさあ、フレイちゃんとシルも椅子に掛けてくれ。今日はなにが食いたい?」
「パルミロに任せる」
「私も、パルミロさんのお任せで」
『フレイヤがそうするなら、僕もおまかせで~』
「おう、任せな。三人にのためにとっておきの美味いもんを作るから待っていてくれ」
パルミロは張り切り、シャツの袖口を捲る。
「さ~て、今日はいい魚が入ったから、メインは魚がいいな」
頭の中でメニューを思い描いていたその時、ちょい、とプニプニとした温かななにかが自分の手の甲に触れる。懐かしく、愛おしい感覚だった。
「まさか……、いや、嘘だろ?」
ゆっくりと視線を卸すと、黒い毛並みを持つ小柄な猫妖精――フラウラが自分の手を握っているではないか。
パルミロはゆっくりと、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込み、フラウラに目線を合わせる。フラウラはイチゴのように赤い目をゆっくりと閉じると、再びその目にパルミロの姿を映した。
「――っ、フラウラだよな?」
『そうよ』
フラウラはパルミロの膝の上にぴょんと飛び乗ると、彼の顎から頬にかけてスリスリと頬擦りをして甘えた。
ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてくる。ずっと待ちわびていたその小さな振動に、パルミロの目から涙が零れ落ちる。
パルミロはゆっくりと両手を動かすと、その存在を確かめるようにフラウラを抱きしめた。
「俺は幻でも見ているのか?」
『幻じゃないわ。私はちゃんとここにいるわよ』
「だって、俺は魔法が使えなくなって、フラウラの姿を見れなくなってしまったのに……」
『あのね、私が魔法でパルミロと繋がりを作ったの。フレイヤとシルヴェリオたちに協力してもらって、そこにいるオルフェンから魔法を教えてもらったの』
フラウラはオルフェンに教えられた通りに魔法を使った。
パルミロが自分に気づいてくれるまでは、成功したかどうかわからず、ドキドキしていたものだ。
『魔法が使えなくなってから、そばにいられなくてごめんね。パルミロがまた私を見れるようになる方法を探していたの。パルミロと話せないままでいるなんて嫌だったから。……だけど本当は、ずっとパルミロのそばにいたかったわ』
「……そうだったのか。俺のためにずっと方法を探してくれて、本当にありがとう」
パルミロはフラウラの小さくてふわふわな額にそっとキスをした。
「フレイちゃんとシルもありがとうな。……この恩は絶対に、忘れない」
「恩だなんて……いつもパルミロさんにお世話になっているから、その恩返しですよ」
「俺も、そんなところだ」
「二人とも……本当にありがとう」
パルミロは手の甲で涙を拭うと、いつものようにニカリと笑う。
『ねえねえ、私もパルミロのご飯たべたい! もうお腹ペコペコで倒れそうだよ!』
「ああ、待っていてくれ。フラウラに食べてもらいたかったものを、たくさん作るからよ」
そう言い、パルミロはフラウラを肩に乗せたまま料理を始めた。時おり、フラウラが甘えて彼の頬にする寄ると、パルミロもまた彼女のふわふわな体に頬を寄せるのだった。
フレイヤはその様子を見て涙ぐむ。そんな彼女に、シルヴェリオは上着から取り出したハンカチをそっと渡した。
「あ、ありがとうございます。でも、こんなにも素敵なハンカチを汚してしまうわけにはいきませんので――」
「いいから使ってくれ。……ずっと涙を流したままでいられると、落ち着かないからな」
「すみません。今度洗って返します」
フレイヤはペコリと頭を下げると、シルヴェリオから受け取ったハンカチを目に押し当てた。
その日、<気ままな妖精猫亭>は珍しく臨時休業した。
しかし店内は光が灯って明るく、中からは陽気で賑やかな話し声が聞こえたそうだ。
そうして、フレイヤとシルヴェリオとフラウラとオルフェンは、パルミロが切り盛りしているレストラン<気ままな妖精猫亭>の前まで辿り着いた。
「フラウラ、心の準備はできた?」
フレイヤが問いかけると、フラウラは耳をぴんと立てて『うん』と元気よく返す。
「じゃあ、開けるよ!」
フレイヤが店の扉を開けると、取り付けられてある鈴がカランと軽やかに鳴る。
まだ開店してすぐの時間のためか、店内に客はいなかった。
カウンターの向こうで食器を布で拭いていたパルミロが、顔を上げるとニカリと歯を見せて笑う。
「おお、フレイちゃんにシル! ――と、そちらのやたら眩しい兄ちゃんは?」
パルミロの視線はすぐにオルフェンへと向けられる。
気になってしまうのも無理はない。なんせオルフェンは整い過ぎる顔立ちと、ほんのりと光を帯びた白金色の髪でかなり目立つのだ。おまけに彼の服装はエイレーネ王国では珍しい形のため、異彩を放っている。
「ええと、彼はオルフェンと言う名前の妖精です」
「オルフェンって……西の森に住むあの長命妖精のオルフェンか……。噂で聞いていたのと印象が違うな。もっと凄みのある妖精だと思っていたよ」
「もしかして、オルフェンを知っているんですか?」
「ああ、フラウラや他の妖精たちからオルフェンの話を聞いたことがあったんだよ」
レンゾが妖精たちからオルフェンの噂を聞いていたように、かつて妖精の姿を見ることができたパルミロもまた、妖精たちからオルフェンの噂を聞いたことがあったらしい。
(オルフェンってかなり有名人だったんだ……)
フレイヤはオルフェンの顔を盗み見たが、彼は店内の内装を興味深そうに眺めている。オルフェン本人は自分に関する噂なんて全く興味がなさそうだ。
「ところで、俺でも長命妖精のオルフェンの姿が見えるということは、シルが使い魔にしたのか?」
「……俺じゃない」
シルヴェリオがぶっきらぼうに答える。その声にはどこか、苛立ちが滲んでいた。
『ええっ、なんで僕がこの怒りん坊なんかと契約しなきゃいけないの? 僕はフレイヤが気に入ったから魔法でフレイヤとの間に繋がりを作ったのさ』
オルフェンの方も心外だと言わんばかりに頬を膨らませている。
「魔法で繋がりを作る……契約魔法を妖精側から持ちかけたのか?」
『契約魔法じゃないよ。繋がりだけを作る魔法さ』
「そ、そんなことができるのか?!」
『妖精の魔法ならできるよ。と言っても、この魔法を知っている妖精が少ないけどね』
「もし可能なら、その魔法を……俺に教えてくれないか? 俺には大切な妖精がいるんだ。俺が魔法を使えなくなってから見えなくなってしまったけど、……またあいつに会いたいんだ」
フレイヤの足元にいたフラウラが、『パルミロ……』と感極まって呟く。しかしその声は、パルミロに届かなかった。
『嫌だ。君に教える義理なんてないし、教えたところで僕になんの得があるの? それに、君はその魔法を知ったところで使えやしないよ。妖精にしか使えない魔法だし、君はそもそも魔法が使えなくなっちゃったんでしょ?』
「オルフェン、そんな言い方をしなくてもいじゃないですか!」
フレイヤがオルフェンを嗜める。
パルミロが妖精との繋がりを作る魔法を知りたい理由は、彼がフラウラともう一度会いたいから。それなのに必死で頼み込むパルミロを冷たく断るオルフェンの態度はあんまりだと思ったのだ。
「いいんだ、フレイちゃん。オルフェンの言う通りだよ。俺が知ったところで、フラウラに伝える術がないからよ」
パルミロは力なく肩を竦めると、オルフェンに手を差し出す。
「挨拶が遅れてしまったな。俺はパルミロだ。よろしく」
『んー、よろしくー』
オルフェンはパルミロの手を無視してさっさとカウンター席の椅子に座ってしまった。
まるで礼儀を学ぶ前の子どもだ。
「もうっ、パルミロさんの挨拶を無視してはいけませんよ」
「ははっ、気にしなくていいよ。妖精はみんなオルフェンみたいなもんだ。挨拶なんて人間の都合でしかないからな」
パルミロは慣れているようで、フレイヤの不安を吹き飛ばすように笑う。
彼の言う通り、人間の挨拶なんて妖精のオルフェンにとっては知ったことではないのだ。
しかし妖精の文化に不慣れなフレイヤは戸惑うばかりだった。
パルミロやレンゾのように妖精たちの文化に慣れるのには時間がかかりそうだ。幼い頃から妖精が見えて彼らの文化に触れてきたパルミロたちとは違い、大人になってから妖精の世界と接することになったフレイヤには慣れないことばかりなのだ。
「さあさあ、フレイちゃんとシルも椅子に掛けてくれ。今日はなにが食いたい?」
「パルミロに任せる」
「私も、パルミロさんのお任せで」
『フレイヤがそうするなら、僕もおまかせで~』
「おう、任せな。三人にのためにとっておきの美味いもんを作るから待っていてくれ」
パルミロは張り切り、シャツの袖口を捲る。
「さ~て、今日はいい魚が入ったから、メインは魚がいいな」
頭の中でメニューを思い描いていたその時、ちょい、とプニプニとした温かななにかが自分の手の甲に触れる。懐かしく、愛おしい感覚だった。
「まさか……、いや、嘘だろ?」
ゆっくりと視線を卸すと、黒い毛並みを持つ小柄な猫妖精――フラウラが自分の手を握っているではないか。
パルミロはゆっくりと、膝から崩れ落ちるようにその場に座り込み、フラウラに目線を合わせる。フラウラはイチゴのように赤い目をゆっくりと閉じると、再びその目にパルミロの姿を映した。
「――っ、フラウラだよな?」
『そうよ』
フラウラはパルミロの膝の上にぴょんと飛び乗ると、彼の顎から頬にかけてスリスリと頬擦りをして甘えた。
ゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてくる。ずっと待ちわびていたその小さな振動に、パルミロの目から涙が零れ落ちる。
パルミロはゆっくりと両手を動かすと、その存在を確かめるようにフラウラを抱きしめた。
「俺は幻でも見ているのか?」
『幻じゃないわ。私はちゃんとここにいるわよ』
「だって、俺は魔法が使えなくなって、フラウラの姿を見れなくなってしまったのに……」
『あのね、私が魔法でパルミロと繋がりを作ったの。フレイヤとシルヴェリオたちに協力してもらって、そこにいるオルフェンから魔法を教えてもらったの』
フラウラはオルフェンに教えられた通りに魔法を使った。
パルミロが自分に気づいてくれるまでは、成功したかどうかわからず、ドキドキしていたものだ。
『魔法が使えなくなってから、そばにいられなくてごめんね。パルミロがまた私を見れるようになる方法を探していたの。パルミロと話せないままでいるなんて嫌だったから。……だけど本当は、ずっとパルミロのそばにいたかったわ』
「……そうだったのか。俺のためにずっと方法を探してくれて、本当にありがとう」
パルミロはフラウラの小さくてふわふわな額にそっとキスをした。
「フレイちゃんとシルもありがとうな。……この恩は絶対に、忘れない」
「恩だなんて……いつもパルミロさんにお世話になっているから、その恩返しですよ」
「俺も、そんなところだ」
「二人とも……本当にありがとう」
パルミロは手の甲で涙を拭うと、いつものようにニカリと笑う。
『ねえねえ、私もパルミロのご飯たべたい! もうお腹ペコペコで倒れそうだよ!』
「ああ、待っていてくれ。フラウラに食べてもらいたかったものを、たくさん作るからよ」
そう言い、パルミロはフラウラを肩に乗せたまま料理を始めた。時おり、フラウラが甘えて彼の頬にする寄ると、パルミロもまた彼女のふわふわな体に頬を寄せるのだった。
フレイヤはその様子を見て涙ぐむ。そんな彼女に、シルヴェリオは上着から取り出したハンカチをそっと渡した。
「あ、ありがとうございます。でも、こんなにも素敵なハンカチを汚してしまうわけにはいきませんので――」
「いいから使ってくれ。……ずっと涙を流したままでいられると、落ち着かないからな」
「すみません。今度洗って返します」
フレイヤはペコリと頭を下げると、シルヴェリオから受け取ったハンカチを目に押し当てた。
その日、<気ままな妖精猫亭>は珍しく臨時休業した。
しかし店内は光が灯って明るく、中からは陽気で賑やかな話し声が聞こえたそうだ。