追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
62.もう少し一緒にいるための言い訳マカロン
楽しい夕食を終えたフレイヤは、パルミロの店を後にする。
「夜遅いから家まで送る。うちの馬車を使うといい」
「お気遣いありがとうございます。ただ、ここから家まで近いので歩いて帰れますよ。それに、オルフェンも一緒ですから大丈夫です」
「……っ」
シルヴェリオは小さく息を呑んだ。フレイヤは自分よりオルフェンを頼ろうとしていることに衝撃を受けたのだ。
「本気で、オルフェンと一緒に住むつもりなのか?」
「はい、契約している妖精と一緒に住むの人間は多いそうですし……私の祖父を失って落ち込んでいるオルフェンを一人にするのは忍びないので」
「今日会ったばかりの、それも一時的ではあったが君を結界の中に留めようとした妖精と一緒に住むなんて危険だ」
シルヴェリオに危険だと言われたオルフェンは、口を尖らせて心外だと抗議するのだった。
そんなやり取りを見たフレイヤは、くすくすと可笑しそうに笑う。
「あの時は閉じ込められたわけではありませんし、きっと危ない妖精ではありませんよ。だって、祖父の友人ですから」
「……たとえ祖父の友人だとしても、種族が違うのだからもう少し警戒すべきだ」
それにオルフェンは人型の妖精で、性別は雄。人間の男性と一緒に暮らすことと同じように思えてならない。
シルヴェリオがそう言うや否や、オルフェンが二人の間に割って入ってきた。
オルフェンはフレイヤに「ねぇ」と呼びかけ、彼女の肩にトンと自分の額をくっつける。
『もう帰ろうよ。お腹いっぱいで眠くなっちゃった』
「すみません、オルフェンは森から王都に出て来て疲れていますよね。それでは、帰りましょうか」
フレイヤは今すぐにでも帰ってしまいそうだ。しかしシルヴェリオとしては、このままフレイヤとオルフェンを二人で帰らせるわけにはいかない。
その逸る想いの正体がオルフェンへの嫉妬であることに、シルヴェリオはまだ気づいていない。
本当は、オルフェンとフレイヤが二人きりでいる時間を少しでも削りたかった。
シルヴェリオはオルフェンの肩を掴むと、フレイヤから引き剥がす。
「フレイさん、待ってくれ。フレイさんに菓子を贈りたいから、一緒に店に立ち寄ってほしい」
「お菓子……!」
その魅惑的な単語を耳にした途端、フレイヤの若草色の目がキラキラと光を持つ。しかしはたと、今朝コルティノーヴィス伯爵家の執事頭のカルロから美味しいマドレーヌを受け取っていたことを思い出す。
もしかすると、なにか行き違いがあってシルヴェリオはそのことを知らないのかもしれない。そして責任感の強いシルヴェリオは、契約通りフレイヤに菓子を渡そうとしているのだろう。
そうと分かっていながら受け取るなんてできない。
フレイヤは慌てて首を横に振った。
「で、でも、今日のお菓子はもういただきましたよ?」
「契約とは別だ。パルミロとフラウラの再会を手伝ってくれた礼に贈らせてほしい」
「それは……私もパルミロさんにお世話になっているから恩返ししたかっただけですので、気にしないでください」
「礼をしないと俺の気が済まないんだ。俺の我儘に付き合うと思って受け取ってくれ」
「わかりました。そこまでパルミロさんの再会を喜んでいるなんて、シルヴェリオ様は本当に仲間想いですね」
「……そうではない」
むしろパルミロを言い訳にしてフレイヤを送ろうとしているのだ。そんな事情を知らないフレイヤから尊敬の籠った眼差しで見つめられると、些か後ろめたさを感じるのだった。
どうにかフレイヤを説得できたシルヴェリオは、フレイヤとオルフェンを馬車に乗せて王都の中でも高級な店が並ぶ通りへと向かった。
道中、オルフェンはすっかり睡魔に負けて、ぐっすりと眠ってしまった。
「オルフェン、家に着いた時には起きてくださいね。私では運べませんから」
『むにゃ……』
フレイヤが呼びかけても、夢の世界にいるオルフェンは全く聞いていない。
「その時は、うちの屋敷に運んでおく。客間が余っているからそこに寝かせよう」
シルヴェリオはフレイヤにそう提案しつつ、むしろそうしたいと思うのだった。
馬車は五分ほど走ると、淡い紫色の外壁の店の前に停まった。
扉が開いて外に出たフレイヤは、店の壁にかかる看板の名前を見て小さく声を上げた。
「私、このお店を知っています! ここのマカロンは色とりどりで花のように美しいと聞いたことがあるんです」
「そうらしい。それにこの店は夜遅くまで開いていることでも有名だそうだ」
シルヴェリオはフレイヤをエスコートして馬車から下ろす。
「オルフェンは……眠っているのでお留守番してもらいましょうか」
「そうしよう。どのみち、あいつが来ると目立つから厄介だ」
二人は店内に入った。
今は夜遅くだというのに、店内には貴族らしい豪奢な服に身を包んだ客が数名いる。
彼らはシルヴェリオの姿を見るなり会話を止めて、じっとシルヴェリオの様子を窺う。
エイレーネ王国の貴族令嬢たちの憧れの存在であるシルヴェリオが、社交界では見かけたことがない美しい女性を伴って店を訪ねた理由を探りたいのだ。
フレイヤはそのような好奇を含んだ視線に気づかず、ショーウィンドウの中にある色とりどりのマカロンに視線が釘付けだ。
一方で視線に気づいたシルヴェリオは、絶対零度の冷たい眼差しで応酬して視線を退けるのだった。
「好きなものを好きなだけ選ぶといい」
「自由度が高すぎてとても迷います」
とはいえ高級そうなマカロンをたくさん買ってもらうのは気が引けた。
フレイヤは薄紅色のマカロンとレモン色のマカロンを選ぶと、シルヴェリオに伝える。するとシルヴェリオは店員に注文すると同時にフレイヤが最後まで迷っていた水色のマカロンを一つ追加させるのだった。
シルヴェリオはフレイヤの遠慮を感じ取っていたのだ。
「それでは、準備するのでお待ちください」
店員はマカロンを入れた箱の蓋を閉めると、淡い紫色の包装紙と濃い紫のリボンと色んな色の小花のドライフラワーを用意する。
お菓子の箱をラッピングするには豪華な装飾たちが並べられている様子をみたフレイヤが大きく目を見開いた。
「わあ、あんなにも素敵に包んでもらうと、もったいなくて開けられないかもしれません」
「しかし……そうすると菓子が食べられないまま腐ってしまうのでは?」
「もちろん、家に帰ったら開けて食べますよ! 食べ損ねたら一生後悔しますから!」
力強く宣言するフレイヤを、シルヴェリオは深い青色の目を柔らかく眇めた。
「ふっ、それを聞いて安心した。菓子を食べないかもしれないなんて、フレイさんらしくないことを言うと思っていた」
「まるで私が食い意地を張っているように言わないでください」
「気を悪くさせて済まない。食い意地を張っているとは思っていないから安心してくれ」
本当に、そうなのだろうか。
フレイヤは恨めし気な目でシルヴェリオに抗議する。
シルヴェリオはその様子に笑みを深めると、フレイヤに掌を差し出した。それはあたかも、貴婦人をダンスに誘う所作のようだった。
「フレイさんには万全の状態で仕事に励んでほしい。だから防御魔法をかけさせてくれないだろうか?」
「防御魔法?」
「俺はやはり、オルフェンをフレイさんの近くに置いておくのが不安だ。もしもの時のために、フレイさんを守る魔法をかけておきたい。……本当は護符の類を渡したいのだが、今すぐ用意できないからそれは後日にする」
シルヴェリオは一瞬、フレイヤの首元にある首飾りを見た。
「貰ってばかりなのは悪いですので、用意していただかなくて大丈夫ですよ。それに、護符ならハルモニアがくれた首飾りもありますから」
「……」
シルヴェリオはうぐっと言葉を詰まらせた。
そんな彼を見守っていた客の貴族たちや店員は、密かに同情したのだった。
シルヴェリオはほろ苦い思いを持ったまま、フレイヤに防御魔法を三重にしてかけた。
店を出たフレイヤとシルヴェリオは再び馬車に乗った。
オルフェンはまだ夢の中だ。
フレイヤは家に向かう間に何度も呼びかけて、どうにかオルフェンを起こした。
やがてフレイヤの家の前で馬車が停まると、シルヴェリオがまたフレイヤをエスコートして馬車から下ろす。
「フレイさん、なにかあったら防御魔法が守ってくれるし俺が駆けつけるが……気を付けてくれ」
そっとフレイヤに囁くと、彼女がオルフェンと一緒に家の中に入るまで見守った。
***
家に帰ったフレイヤは二人分のお茶を淹れると、シルヴェリオに買ってもらったマカロンの包みを丁寧に開ける。
恭しくリボンを解いて箱を開けるその姿は、なにかの儀式をしているようにも見えた。
気になったオルフェンがフレイヤに話しかける。
『ねえ、それはなに?』
「シルヴェリオ様がくれたマカロンです。オルフェンも食べますか?」
『食べたい! ねえ、あそこにあるのもいい?』
オルフェンはテーブルの少し離れたところに置いてある、マドレーヌが入った白い陶器の器を指差す。
「いいですよ。一緒に食べましょう」
『これって何なの?』
「マドレーヌです。今朝一つ食べたのですが、ほんのりレモンが香って美味しいですよ。シルヴェリオ様がコルティノーヴィス伯爵家の執事頭のカルロさんにここに届けるよう言ってくださったんです」
『ふ~ん。どうしてシルヴェリオはわざわざ人を使ってまでフレイヤにそれをあげるの? もしかして、二人は恋人?』
「そういう雇用契約だからですよ。毎日お菓子をくれることになっているんです」
『へ~。人間がそういう契約をしているのなんて初めて知ったよ。面白いね』
人間にはさほど興味がないオルフェンにとって、それがいかに特殊な契約であるのかわからない。
『ねえ、フレイヤ。僕に敬語を使うのは止めて? 敬語で話されると、心の距離を感じるんだよね』
「わかった。すぐには慣れないかもしれないけれど、敬語を止めるね」
フレイヤにとって取り留めもないこの会話が明日、シルヴェリオの気持ちをかき乱すことなるのだった。
「夜遅いから家まで送る。うちの馬車を使うといい」
「お気遣いありがとうございます。ただ、ここから家まで近いので歩いて帰れますよ。それに、オルフェンも一緒ですから大丈夫です」
「……っ」
シルヴェリオは小さく息を呑んだ。フレイヤは自分よりオルフェンを頼ろうとしていることに衝撃を受けたのだ。
「本気で、オルフェンと一緒に住むつもりなのか?」
「はい、契約している妖精と一緒に住むの人間は多いそうですし……私の祖父を失って落ち込んでいるオルフェンを一人にするのは忍びないので」
「今日会ったばかりの、それも一時的ではあったが君を結界の中に留めようとした妖精と一緒に住むなんて危険だ」
シルヴェリオに危険だと言われたオルフェンは、口を尖らせて心外だと抗議するのだった。
そんなやり取りを見たフレイヤは、くすくすと可笑しそうに笑う。
「あの時は閉じ込められたわけではありませんし、きっと危ない妖精ではありませんよ。だって、祖父の友人ですから」
「……たとえ祖父の友人だとしても、種族が違うのだからもう少し警戒すべきだ」
それにオルフェンは人型の妖精で、性別は雄。人間の男性と一緒に暮らすことと同じように思えてならない。
シルヴェリオがそう言うや否や、オルフェンが二人の間に割って入ってきた。
オルフェンはフレイヤに「ねぇ」と呼びかけ、彼女の肩にトンと自分の額をくっつける。
『もう帰ろうよ。お腹いっぱいで眠くなっちゃった』
「すみません、オルフェンは森から王都に出て来て疲れていますよね。それでは、帰りましょうか」
フレイヤは今すぐにでも帰ってしまいそうだ。しかしシルヴェリオとしては、このままフレイヤとオルフェンを二人で帰らせるわけにはいかない。
その逸る想いの正体がオルフェンへの嫉妬であることに、シルヴェリオはまだ気づいていない。
本当は、オルフェンとフレイヤが二人きりでいる時間を少しでも削りたかった。
シルヴェリオはオルフェンの肩を掴むと、フレイヤから引き剥がす。
「フレイさん、待ってくれ。フレイさんに菓子を贈りたいから、一緒に店に立ち寄ってほしい」
「お菓子……!」
その魅惑的な単語を耳にした途端、フレイヤの若草色の目がキラキラと光を持つ。しかしはたと、今朝コルティノーヴィス伯爵家の執事頭のカルロから美味しいマドレーヌを受け取っていたことを思い出す。
もしかすると、なにか行き違いがあってシルヴェリオはそのことを知らないのかもしれない。そして責任感の強いシルヴェリオは、契約通りフレイヤに菓子を渡そうとしているのだろう。
そうと分かっていながら受け取るなんてできない。
フレイヤは慌てて首を横に振った。
「で、でも、今日のお菓子はもういただきましたよ?」
「契約とは別だ。パルミロとフラウラの再会を手伝ってくれた礼に贈らせてほしい」
「それは……私もパルミロさんにお世話になっているから恩返ししたかっただけですので、気にしないでください」
「礼をしないと俺の気が済まないんだ。俺の我儘に付き合うと思って受け取ってくれ」
「わかりました。そこまでパルミロさんの再会を喜んでいるなんて、シルヴェリオ様は本当に仲間想いですね」
「……そうではない」
むしろパルミロを言い訳にしてフレイヤを送ろうとしているのだ。そんな事情を知らないフレイヤから尊敬の籠った眼差しで見つめられると、些か後ろめたさを感じるのだった。
どうにかフレイヤを説得できたシルヴェリオは、フレイヤとオルフェンを馬車に乗せて王都の中でも高級な店が並ぶ通りへと向かった。
道中、オルフェンはすっかり睡魔に負けて、ぐっすりと眠ってしまった。
「オルフェン、家に着いた時には起きてくださいね。私では運べませんから」
『むにゃ……』
フレイヤが呼びかけても、夢の世界にいるオルフェンは全く聞いていない。
「その時は、うちの屋敷に運んでおく。客間が余っているからそこに寝かせよう」
シルヴェリオはフレイヤにそう提案しつつ、むしろそうしたいと思うのだった。
馬車は五分ほど走ると、淡い紫色の外壁の店の前に停まった。
扉が開いて外に出たフレイヤは、店の壁にかかる看板の名前を見て小さく声を上げた。
「私、このお店を知っています! ここのマカロンは色とりどりで花のように美しいと聞いたことがあるんです」
「そうらしい。それにこの店は夜遅くまで開いていることでも有名だそうだ」
シルヴェリオはフレイヤをエスコートして馬車から下ろす。
「オルフェンは……眠っているのでお留守番してもらいましょうか」
「そうしよう。どのみち、あいつが来ると目立つから厄介だ」
二人は店内に入った。
今は夜遅くだというのに、店内には貴族らしい豪奢な服に身を包んだ客が数名いる。
彼らはシルヴェリオの姿を見るなり会話を止めて、じっとシルヴェリオの様子を窺う。
エイレーネ王国の貴族令嬢たちの憧れの存在であるシルヴェリオが、社交界では見かけたことがない美しい女性を伴って店を訪ねた理由を探りたいのだ。
フレイヤはそのような好奇を含んだ視線に気づかず、ショーウィンドウの中にある色とりどりのマカロンに視線が釘付けだ。
一方で視線に気づいたシルヴェリオは、絶対零度の冷たい眼差しで応酬して視線を退けるのだった。
「好きなものを好きなだけ選ぶといい」
「自由度が高すぎてとても迷います」
とはいえ高級そうなマカロンをたくさん買ってもらうのは気が引けた。
フレイヤは薄紅色のマカロンとレモン色のマカロンを選ぶと、シルヴェリオに伝える。するとシルヴェリオは店員に注文すると同時にフレイヤが最後まで迷っていた水色のマカロンを一つ追加させるのだった。
シルヴェリオはフレイヤの遠慮を感じ取っていたのだ。
「それでは、準備するのでお待ちください」
店員はマカロンを入れた箱の蓋を閉めると、淡い紫色の包装紙と濃い紫のリボンと色んな色の小花のドライフラワーを用意する。
お菓子の箱をラッピングするには豪華な装飾たちが並べられている様子をみたフレイヤが大きく目を見開いた。
「わあ、あんなにも素敵に包んでもらうと、もったいなくて開けられないかもしれません」
「しかし……そうすると菓子が食べられないまま腐ってしまうのでは?」
「もちろん、家に帰ったら開けて食べますよ! 食べ損ねたら一生後悔しますから!」
力強く宣言するフレイヤを、シルヴェリオは深い青色の目を柔らかく眇めた。
「ふっ、それを聞いて安心した。菓子を食べないかもしれないなんて、フレイさんらしくないことを言うと思っていた」
「まるで私が食い意地を張っているように言わないでください」
「気を悪くさせて済まない。食い意地を張っているとは思っていないから安心してくれ」
本当に、そうなのだろうか。
フレイヤは恨めし気な目でシルヴェリオに抗議する。
シルヴェリオはその様子に笑みを深めると、フレイヤに掌を差し出した。それはあたかも、貴婦人をダンスに誘う所作のようだった。
「フレイさんには万全の状態で仕事に励んでほしい。だから防御魔法をかけさせてくれないだろうか?」
「防御魔法?」
「俺はやはり、オルフェンをフレイさんの近くに置いておくのが不安だ。もしもの時のために、フレイさんを守る魔法をかけておきたい。……本当は護符の類を渡したいのだが、今すぐ用意できないからそれは後日にする」
シルヴェリオは一瞬、フレイヤの首元にある首飾りを見た。
「貰ってばかりなのは悪いですので、用意していただかなくて大丈夫ですよ。それに、護符ならハルモニアがくれた首飾りもありますから」
「……」
シルヴェリオはうぐっと言葉を詰まらせた。
そんな彼を見守っていた客の貴族たちや店員は、密かに同情したのだった。
シルヴェリオはほろ苦い思いを持ったまま、フレイヤに防御魔法を三重にしてかけた。
店を出たフレイヤとシルヴェリオは再び馬車に乗った。
オルフェンはまだ夢の中だ。
フレイヤは家に向かう間に何度も呼びかけて、どうにかオルフェンを起こした。
やがてフレイヤの家の前で馬車が停まると、シルヴェリオがまたフレイヤをエスコートして馬車から下ろす。
「フレイさん、なにかあったら防御魔法が守ってくれるし俺が駆けつけるが……気を付けてくれ」
そっとフレイヤに囁くと、彼女がオルフェンと一緒に家の中に入るまで見守った。
***
家に帰ったフレイヤは二人分のお茶を淹れると、シルヴェリオに買ってもらったマカロンの包みを丁寧に開ける。
恭しくリボンを解いて箱を開けるその姿は、なにかの儀式をしているようにも見えた。
気になったオルフェンがフレイヤに話しかける。
『ねえ、それはなに?』
「シルヴェリオ様がくれたマカロンです。オルフェンも食べますか?」
『食べたい! ねえ、あそこにあるのもいい?』
オルフェンはテーブルの少し離れたところに置いてある、マドレーヌが入った白い陶器の器を指差す。
「いいですよ。一緒に食べましょう」
『これって何なの?』
「マドレーヌです。今朝一つ食べたのですが、ほんのりレモンが香って美味しいですよ。シルヴェリオ様がコルティノーヴィス伯爵家の執事頭のカルロさんにここに届けるよう言ってくださったんです」
『ふ~ん。どうしてシルヴェリオはわざわざ人を使ってまでフレイヤにそれをあげるの? もしかして、二人は恋人?』
「そういう雇用契約だからですよ。毎日お菓子をくれることになっているんです」
『へ~。人間がそういう契約をしているのなんて初めて知ったよ。面白いね』
人間にはさほど興味がないオルフェンにとって、それがいかに特殊な契約であるのかわからない。
『ねえ、フレイヤ。僕に敬語を使うのは止めて? 敬語で話されると、心の距離を感じるんだよね』
「わかった。すぐには慣れないかもしれないけれど、敬語を止めるね」
フレイヤにとって取り留めもないこの会話が明日、シルヴェリオの気持ちをかき乱すことなるのだった。