追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
65.シルフに会う方法
「それにしても、どうやってシルフに頼むつもりだ? 精霊とは総じてなかなか会えない生き物のはずだ。なにか当てがあるのか?」
ネストレは興味津々でフレイヤに問う。
彼の言う通り、精霊はそう簡単に会える生き物ではない。しかしフレイヤならなにか方法があるのではないかと、期待と好奇心を抱いている。
なんせ彼女には、ネストレにかけられている呪いを解いて彼を目覚めさせた実績があるのだ。それがさらに彼の期待を膨らませる。
対してフレイヤは、自信なさげに指を捏ねる。
自分の思いついた方法が本当に可能かわからず、自信を持てないでいた。
「ええと……つい昨日、妖精と繋がりができたのです。その妖精がシルフと顔見知りのようでしたので、彼に頼んで呼んでもらおうかと思います」
「妖精との繋がり? 契約ではなく?」
「はい、私が契約したのではなく妖精の方から繋がりを作ってもらったのです」
「……稀にそのようなことがあると聞いていたが、本当にあるのか」
ネストレの銀色の目に尊敬の念が込められる。また一つ、フレイヤを尊敬する要素が増えたらしい。
まるで星を散りばめたかのようにキラキラと輝く眼差しに、フレイヤは思わず片手で庇を作って目を覆う。
煌めくような美貌の王子様に見つめられると目が眩みそうだ。
「精霊と顔見知りということは、それなりに高位の存在の妖精のはずだ。その妖精は今どこに?」
「調香室にいます」
「ぜひ会わせてくれないか?」
「構いませんが……あの、彼は妖精ですので人間の礼儀は不得手でして……」
「気にしなくていい。妖精とはそのような生き物だ。騎士団の同僚たちが連れている妖精たちのおかげで慣れている」
フレイヤはネストレの言葉を聞いてホッとする。今までに経験があるのであれば、たとえオルフェンがフレイヤたちと話す時のようにネストレに接しても大丈夫だろう。
そばで聞いている自分は内心ハラハラと気を揉んでしまうかもしれないが。
そうしてフレイヤは調香室で留守番をしていたオルフェンを呼びに行った。
折よく退屈していたオルフェンは素直に応じてくれる。
オルフェンを連れて応接室に戻ると、ネストレはオルフェンを見るなり瞠目した。ややあって、片手でこめかみを抑える。
「その髪と瞳の色に服装は……嘘だろう? 繋がりを作った妖精とは西の森の長命妖精のことだったのか。名はオルフェンだな?」
『そうだけど、なんで僕の名前を知っているの?』
「俺が火の死霊竜から呪いを受けて眠っていた時、騎士団が君のもとを訪ねたはずだ。君が闇属性の魔法を研究している長命妖精だということは有名なんだよ。だから君の見識を頼ろうとして探しに行ったが、声をかけただけで森からはじき出されたと聞いている」
『あ~、確かに騎士が大勢来た時があったね。面倒ごとになりそうだったから追い返したんだよね』
ふんわりとした口調で当時のことを語るオルフェンの隣で、フレイヤは顔面蒼白で彼らの話を聞いている。
一国の王子の危機に協力しなかったなんて、人間なら不敬罪で投獄されるかもしれない。妖精は許されるだろうかと思うと胃が痛くなる。
ひとまず両手を組んで、女神様に救いを求めた。
「ふむ、大勢で君の家に踏み込んだことに関しては謝罪する。あの時は皆必死で俺を目覚めさせる方法を探していたんだ」
『それで、結局どうやって竜の呪いを解いたの?』
「シルとフレイさんが焚いてくれた銀星杉と神官殿の祈祷おかげだ。彼らが火の死霊竜を眠らせてくれたおかげで俺は呪いから解放された」
『ふ~ん、銀星杉と祈祷か。精神汚染系の呪術に効く方法だね。きっと君がなかなか目覚められなかったのは、その火の死霊竜自体が呪術にかかっていたことが原因で、通常の魔法や祈祷では呪いが解けなかったのかもしれない』
オルフェンの呟きに、シルヴェリオとネストレは顔を見合わせた。
室内の空気がぴんと張り詰める。
「なるほど、やはり呪術に詳しいようだ。その知恵を我々に貸してくれないか? 無論、対価は用意する」
『いいよ。呪術に関することなら事例を知りたいし、気が向いたら教えに行くよ』
オルフェンの自由気ままな回答に、フレイヤは思わずオルフェンの名前を呼んで諫めようとしたが、ネストレが片手を向けて止めた。
気に病まなくていいと伝えるように、微かに唇の端を持ち上げてみせる。
「そうしてくれ。君のことを近衛兵や使用人たちに伝えておこう。気が向いた時にいつでも来るといい。――さて、シルフについての話に戻ろうか」
『シルフの話?』
オルフェンは眉間に皺を寄せる。あからさまに嫌そうな顔だ。
「あのね、オルフェン。シルフに話があるから呼んでほしいのだけど、できる?」
フレイヤが躊躇いがちに聞くと、オルフェンはやや頬を膨らませた。
『できるけど……やだよ。だってあいつ、うるさいから会いたくないもん』
「そこをなんとか、お願い!」
『嫌な物は嫌。他を当たって』
オルフェンはぷいと顔を背ける。断固拒否の意思表明をされてしまい、フレイヤは泣きたくなった。
すると先ほどまで黙って見守りに徹していたシルヴェリオが口を開く。
「……もうひとつ、方法はある。フレイさんの知り合いの――半人半馬族に直接頼めばいい。シルフと会った時、彼女はハルモニアに頼まれたと言っていた。だからあのハルモニアという名の半人半馬族に言えば聞いてくれるはずだ」
「えっ、ハルモニアが?」
いきなり友人の名前が出てきた驚いたが、たしかにシルフと出会った時、彼女はハルモニアを知り合いのようだった。それも、かなり仲が良さそうだ。
半人半馬族は精霊と人間の橋渡し役をしてくれる存在だから、二人が知り合いなのは納得がいく。
「シルフの話から推測すると、あの半人半馬族はセニーゼ商会がフレイさんを悲しませたと思い、腹を立てて君の代わりに報復をしているようだ。だからフレイさんからその必要はないと言えば止めてくれるはずだ」
「そう……だったんですね……」
フレイヤは戸惑いの滲む表情で首飾りに触れる。
親友はフレイヤのために怒ってくれている。その気持ちは嬉しいけれど、いくらなんでもやりすぎだ。
「私、コルティノーヴィス伯爵領へ行ってハルモニアと話してきます」
「俺も一緒に向かう。馬車を手配しておこう」
「い、いいのですか? 魔導士団のお仕事が忙しいかと思いますので、私一人でも大丈夫ですよ?」
「……香水工房に関わることだから、俺も一緒にいた方がいい」
シルヴェリオはやや答えに詰まったが、結局はフレイヤに同行することとなった。
『フレイヤの故郷なら僕も行く!』
「オルフェンは留守番だ。観光しに行くのではない」
『カリオの墓参りに行きたいんだよ。フレイヤの祖父なんだから、そこに墓があるんでしょ?』
「……わかった。その代わり、フレイさんとフレイさんの家族に迷惑をかけないようにな」
シルヴェリオはカリオという人物がフレイヤの祖父であり、オルフェンの友人だったことしか知らない。
二人にとって大切な人物に会いに行くことを止めるのは気が引けた。
彼らのやり取りを遠巻きに見ていたネストレは、組んでいた腕を解いて顎に手を添える。
「なるほど、ルアルディ殿の祖父の名はカリオか……」
頭の中でイェレアス侯爵家の家計図を思い描き、小さく溜息をついた。
その名は彼らの祖父――先代侯爵の行方不明となった弟のそれと全く同じなのだ。
「まだ確証はないが、もしかするとルアルディ殿は――イェレアス侯爵家の系譜に並ぶ血筋かもしれないな」
イェレアス侯爵家はエイレーネ王国では王族に次ぐ力のある家門だ。
その血を受け継いでいる平民がいるとわかると、貴族たちが放っておかないだろう。
それはイェレアス侯爵家も例外ではない。
「これからひと波乱ありそうだな」
ネストレは再度、フレイヤたちを見遣る。
心の中で彼女たちの安寧を願うのだった。
ネストレは興味津々でフレイヤに問う。
彼の言う通り、精霊はそう簡単に会える生き物ではない。しかしフレイヤならなにか方法があるのではないかと、期待と好奇心を抱いている。
なんせ彼女には、ネストレにかけられている呪いを解いて彼を目覚めさせた実績があるのだ。それがさらに彼の期待を膨らませる。
対してフレイヤは、自信なさげに指を捏ねる。
自分の思いついた方法が本当に可能かわからず、自信を持てないでいた。
「ええと……つい昨日、妖精と繋がりができたのです。その妖精がシルフと顔見知りのようでしたので、彼に頼んで呼んでもらおうかと思います」
「妖精との繋がり? 契約ではなく?」
「はい、私が契約したのではなく妖精の方から繋がりを作ってもらったのです」
「……稀にそのようなことがあると聞いていたが、本当にあるのか」
ネストレの銀色の目に尊敬の念が込められる。また一つ、フレイヤを尊敬する要素が増えたらしい。
まるで星を散りばめたかのようにキラキラと輝く眼差しに、フレイヤは思わず片手で庇を作って目を覆う。
煌めくような美貌の王子様に見つめられると目が眩みそうだ。
「精霊と顔見知りということは、それなりに高位の存在の妖精のはずだ。その妖精は今どこに?」
「調香室にいます」
「ぜひ会わせてくれないか?」
「構いませんが……あの、彼は妖精ですので人間の礼儀は不得手でして……」
「気にしなくていい。妖精とはそのような生き物だ。騎士団の同僚たちが連れている妖精たちのおかげで慣れている」
フレイヤはネストレの言葉を聞いてホッとする。今までに経験があるのであれば、たとえオルフェンがフレイヤたちと話す時のようにネストレに接しても大丈夫だろう。
そばで聞いている自分は内心ハラハラと気を揉んでしまうかもしれないが。
そうしてフレイヤは調香室で留守番をしていたオルフェンを呼びに行った。
折よく退屈していたオルフェンは素直に応じてくれる。
オルフェンを連れて応接室に戻ると、ネストレはオルフェンを見るなり瞠目した。ややあって、片手でこめかみを抑える。
「その髪と瞳の色に服装は……嘘だろう? 繋がりを作った妖精とは西の森の長命妖精のことだったのか。名はオルフェンだな?」
『そうだけど、なんで僕の名前を知っているの?』
「俺が火の死霊竜から呪いを受けて眠っていた時、騎士団が君のもとを訪ねたはずだ。君が闇属性の魔法を研究している長命妖精だということは有名なんだよ。だから君の見識を頼ろうとして探しに行ったが、声をかけただけで森からはじき出されたと聞いている」
『あ~、確かに騎士が大勢来た時があったね。面倒ごとになりそうだったから追い返したんだよね』
ふんわりとした口調で当時のことを語るオルフェンの隣で、フレイヤは顔面蒼白で彼らの話を聞いている。
一国の王子の危機に協力しなかったなんて、人間なら不敬罪で投獄されるかもしれない。妖精は許されるだろうかと思うと胃が痛くなる。
ひとまず両手を組んで、女神様に救いを求めた。
「ふむ、大勢で君の家に踏み込んだことに関しては謝罪する。あの時は皆必死で俺を目覚めさせる方法を探していたんだ」
『それで、結局どうやって竜の呪いを解いたの?』
「シルとフレイさんが焚いてくれた銀星杉と神官殿の祈祷おかげだ。彼らが火の死霊竜を眠らせてくれたおかげで俺は呪いから解放された」
『ふ~ん、銀星杉と祈祷か。精神汚染系の呪術に効く方法だね。きっと君がなかなか目覚められなかったのは、その火の死霊竜自体が呪術にかかっていたことが原因で、通常の魔法や祈祷では呪いが解けなかったのかもしれない』
オルフェンの呟きに、シルヴェリオとネストレは顔を見合わせた。
室内の空気がぴんと張り詰める。
「なるほど、やはり呪術に詳しいようだ。その知恵を我々に貸してくれないか? 無論、対価は用意する」
『いいよ。呪術に関することなら事例を知りたいし、気が向いたら教えに行くよ』
オルフェンの自由気ままな回答に、フレイヤは思わずオルフェンの名前を呼んで諫めようとしたが、ネストレが片手を向けて止めた。
気に病まなくていいと伝えるように、微かに唇の端を持ち上げてみせる。
「そうしてくれ。君のことを近衛兵や使用人たちに伝えておこう。気が向いた時にいつでも来るといい。――さて、シルフについての話に戻ろうか」
『シルフの話?』
オルフェンは眉間に皺を寄せる。あからさまに嫌そうな顔だ。
「あのね、オルフェン。シルフに話があるから呼んでほしいのだけど、できる?」
フレイヤが躊躇いがちに聞くと、オルフェンはやや頬を膨らませた。
『できるけど……やだよ。だってあいつ、うるさいから会いたくないもん』
「そこをなんとか、お願い!」
『嫌な物は嫌。他を当たって』
オルフェンはぷいと顔を背ける。断固拒否の意思表明をされてしまい、フレイヤは泣きたくなった。
すると先ほどまで黙って見守りに徹していたシルヴェリオが口を開く。
「……もうひとつ、方法はある。フレイさんの知り合いの――半人半馬族に直接頼めばいい。シルフと会った時、彼女はハルモニアに頼まれたと言っていた。だからあのハルモニアという名の半人半馬族に言えば聞いてくれるはずだ」
「えっ、ハルモニアが?」
いきなり友人の名前が出てきた驚いたが、たしかにシルフと出会った時、彼女はハルモニアを知り合いのようだった。それも、かなり仲が良さそうだ。
半人半馬族は精霊と人間の橋渡し役をしてくれる存在だから、二人が知り合いなのは納得がいく。
「シルフの話から推測すると、あの半人半馬族はセニーゼ商会がフレイさんを悲しませたと思い、腹を立てて君の代わりに報復をしているようだ。だからフレイさんからその必要はないと言えば止めてくれるはずだ」
「そう……だったんですね……」
フレイヤは戸惑いの滲む表情で首飾りに触れる。
親友はフレイヤのために怒ってくれている。その気持ちは嬉しいけれど、いくらなんでもやりすぎだ。
「私、コルティノーヴィス伯爵領へ行ってハルモニアと話してきます」
「俺も一緒に向かう。馬車を手配しておこう」
「い、いいのですか? 魔導士団のお仕事が忙しいかと思いますので、私一人でも大丈夫ですよ?」
「……香水工房に関わることだから、俺も一緒にいた方がいい」
シルヴェリオはやや答えに詰まったが、結局はフレイヤに同行することとなった。
『フレイヤの故郷なら僕も行く!』
「オルフェンは留守番だ。観光しに行くのではない」
『カリオの墓参りに行きたいんだよ。フレイヤの祖父なんだから、そこに墓があるんでしょ?』
「……わかった。その代わり、フレイさんとフレイさんの家族に迷惑をかけないようにな」
シルヴェリオはカリオという人物がフレイヤの祖父であり、オルフェンの友人だったことしか知らない。
二人にとって大切な人物に会いに行くことを止めるのは気が引けた。
彼らのやり取りを遠巻きに見ていたネストレは、組んでいた腕を解いて顎に手を添える。
「なるほど、ルアルディ殿の祖父の名はカリオか……」
頭の中でイェレアス侯爵家の家計図を思い描き、小さく溜息をついた。
その名は彼らの祖父――先代侯爵の行方不明となった弟のそれと全く同じなのだ。
「まだ確証はないが、もしかするとルアルディ殿は――イェレアス侯爵家の系譜に並ぶ血筋かもしれないな」
イェレアス侯爵家はエイレーネ王国では王族に次ぐ力のある家門だ。
その血を受け継いでいる平民がいるとわかると、貴族たちが放っておかないだろう。
それはイェレアス侯爵家も例外ではない。
「これからひと波乱ありそうだな」
ネストレは再度、フレイヤたちを見遣る。
心の中で彼女たちの安寧を願うのだった。