追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
67.魔法石に込める想い
シルヴェリオは今日も魔導士の仕事を終えてからコルティノーヴィス香水工房に立ち寄る。そこまでは日課だ。
今宵は香水工房を出ると、コルティノーヴィス伯爵家の馬車に乗って屋敷に帰る。
四日前――フレイヤに護符を贈ると宣言してからというもの、毎日ここに帰ってきている。
護符の土台となる宝飾品を購入するためヴェーラに相談したところ、取り寄せてもらうことになったのだ。
張り切ったヴェーラがあちこちから様々な宝飾品を取り寄せてくれたのだが、おかげで迷いに迷って決まらない。
こうしてシルヴェリオは毎夜、宝飾品と顔を合わせては内心頭を抱えている。
明日にはフレイヤとオルフェンと共にコルティノーヴィス伯爵領へと発つため、今日決められなければ護符の制作がさらに後ろ倒しになってしまう。
「おかえり、シルヴェリオ。待っていたよ」
シルヴェリオが屋敷の中に入ると、待ち構えていたかのように現れたヴェーラが美しく微笑みかけた。
以前も微笑みで迎えてくれたが、お互いの胸の内を明かしてからはどことなく柔らかくなった。
ここ最近は可愛い弟が頻繁に屋敷に帰ってくるようになり、ヴェーラは毎日楽しそうだ。
シルヴェリオはややぎこちないものの、以前より寛いだ様子でヴェーラと言葉を交わす。
屋敷の使用人たちは二人が話している様子を微笑ましく見守っている。
しかしヴェーラの秘書をしているリベラトーレは、愛する主が弟ばかり構うものだから面白くない。ヴェーラがシルヴェリオに微笑みかける度に、むむと口元をへの字に曲げているのだった。
「今日もうちの商団に所属している商会からかき集めてきた。私の執務室に運ばせたから見てくれ」
執務室へ行くと大きなテーブルが用意されており、その上に所狭しと宝飾品が並んでいる。
ヴェーラはシルヴェリオから護符にする宝飾品を探していると聞いて以来、宝飾品を取り寄せてはこうして並べ、シルヴェリオに確認させている。
贈る相手はフレイヤだと聞いていたから、女性ものの宝飾品を揃えた。
サイズは以前、コルティノーヴィス香水工房の制服を作る際に採寸したから全てフレイヤに合わせたものばかりだ。
耳飾り、首飾り、腕輪や指輪、髪飾りもある。
ベースは金銀様々で、それらには色付きの魔法石が嵌めこまれている。
この魔法石に防御魔法や守護魔法をかけることで護符が作られるのだ。
シルヴェリオは眉根を寄せつつ、並ぶ宝飾品を眺める。
自分用の護符を作る時は極めてシンプルな物を選んでいるが、人に贈る物はどうしたものかと悩んでいる。
シンプルなデザインを選ぶと無難だが、果たしてフレイヤがシンプルなデザインを好むかわからない。
いっそ本人に聞こうかとも思ったが、遠慮しがちなフレイヤは恐縮して無難な物を選ぶような気がしたから止めた。負担を感じさせたくはない。
「さあ、どれにする? 気に入るものがないなら再度探すから言ってくれ」
「……この中で女性に人気がある物はどれですか?」
連日見ているとなにがなにやらわからなくなってきた。
シルヴェリオは助けを求めるようにヴェーラに問う。
宝飾品に関しては門外漢。
どのような品がいいのかも、デザインはどうすればいいのかもさっぱりわからない。
「あそこにある花の形に彫られた魔法石を使用した首飾りは安定で人気だ」
「なるほど……」
見遣ると、美しいカッティングの魔法石が室内にあるシャンデリアの光を受けて煌めいている。
たしかに美しい品だが、この魔法石を見るとフレイヤがハルモニアから贈られたあの首飾りを思い出してしまう。
「ルアルディ殿は普段の服装が簡素だから、この首飾りがよく似合うかもしれない。これにするかい?」
「いえ、首飾り以外にします……」
もしも首飾りを贈ると、あの首飾りに対抗しているようで選ぶのは憚れる。
自分はただ、部下を守るために護符を贈るのだ。友人を騙して伴侶の証を身につけさせている、あの半人半馬族とは違う。
「それなら指輪はどうだ? いや、そうしよう。魔除けとして指輪の裏側にシルヴェリオの名を彫るのはどうだろうか?」
「婚姻の指輪ではないので、俺の名前を彫る必要なないかと――」
ヴェーラがやや押し売り気味に勧めるため、シルヴェリオは思わずたじろいだ。
エイレーネ王国では、夫婦は婚姻の誓いを交わす際に互いに指輪を贈り合う。その指輪の裏側には送り主の名を刻むのだ。
「いや、必要だ。虫除けに効くぞ」
「虫除けの護符を作るつもりはないので結構です。うちの工房には香水の中に虫が入り込まないよう虫除けの魔法をかけているので、わざわざ護符に付与する必要はありません」
「その虫ではなくてだな……」
ヴェーラとシルヴェリオの間で虫除けの意味が異なっている。
きっぱりと断るシルヴェリオにヴェーラは説明しようとしたが、そばで見守っていたリベラトーレが淹れたてのお茶をヴェーラに差し出すことで話を止めた。
「ヴェーラ様、そこまでにしてください。シルヴェリオ様が困っていますよ」
ヴェーラはリベラトーレとシルヴェリオの顔を交互に見る。
確かに可愛い弟は少し困惑の色を滲ませている。
「……すまない、シルヴェリオ。熱くなりすぎてしまった」
しゅんとしおらしい表情でお茶を受け取る。
リベラトーレの助け舟のおかげでシルヴェリオは再び品選びに戻った。
(髪飾り……は髪を下ろす時にはつけないだろうし、指輪か腕輪がいいだろうな)
机の上に視線を落としたシルヴェリオは、華奢で星を模した装飾が凝らされた銀色のバングルに気付く。
中央に並ぶ星の装飾の中に、それぞれ色違いの魔法石が嵌めこまれている。
星の意匠は、調香した香りで人々を助けるフレイヤに相応しく感じた。
夜空に浮かぶ星は時に方角を示して人々を助け、また時にそのきらめきが人々の心の拠り所となる。
華奢なデザインだから腕に着けていても調香の邪魔にならないだろう。
じっとバングルを見つめるシルヴェリオの視線に、ヴェーラが気付く。
「ミスリル製だからそう簡単には壊れないはずだ。それに、星は花と同じくらい好まれる意匠だ」
「……これにします」
シルヴェリオはその場で支払いを済ませると、自室でバングルに魔法をかけた。
バングルに嵌めこまれている魔法石一つ一つに触れて、丁寧に防御魔法や守護魔法をかけていく。
魔法をかけている間、ふと初めて出会った日のフレイヤと交わした会話を思い出す。
あの時、彼女は自分が調香師を続けられないかもしれないと絶望を抱えていたのにも関わらず、体調の悪いシルヴェリオを想って香り水をくれた。
どんなに辛くても、他人のことを考えてしまう。
たとえ危険に晒されようと、他人のために動いてしまうのだ。
「自分のことに集中するようにと言いたいところだが……そんなフレイさんに救われたのも事実だ」
以前なら優しさを軟弱さと思っていたこともあった。
だけど今は違う。
心優しいフレイヤは見守っていきたいと思う。
シルヴェリオはフレイヤの安全を願い、また一つ魔法石に魔法をかけた。
今宵は香水工房を出ると、コルティノーヴィス伯爵家の馬車に乗って屋敷に帰る。
四日前――フレイヤに護符を贈ると宣言してからというもの、毎日ここに帰ってきている。
護符の土台となる宝飾品を購入するためヴェーラに相談したところ、取り寄せてもらうことになったのだ。
張り切ったヴェーラがあちこちから様々な宝飾品を取り寄せてくれたのだが、おかげで迷いに迷って決まらない。
こうしてシルヴェリオは毎夜、宝飾品と顔を合わせては内心頭を抱えている。
明日にはフレイヤとオルフェンと共にコルティノーヴィス伯爵領へと発つため、今日決められなければ護符の制作がさらに後ろ倒しになってしまう。
「おかえり、シルヴェリオ。待っていたよ」
シルヴェリオが屋敷の中に入ると、待ち構えていたかのように現れたヴェーラが美しく微笑みかけた。
以前も微笑みで迎えてくれたが、お互いの胸の内を明かしてからはどことなく柔らかくなった。
ここ最近は可愛い弟が頻繁に屋敷に帰ってくるようになり、ヴェーラは毎日楽しそうだ。
シルヴェリオはややぎこちないものの、以前より寛いだ様子でヴェーラと言葉を交わす。
屋敷の使用人たちは二人が話している様子を微笑ましく見守っている。
しかしヴェーラの秘書をしているリベラトーレは、愛する主が弟ばかり構うものだから面白くない。ヴェーラがシルヴェリオに微笑みかける度に、むむと口元をへの字に曲げているのだった。
「今日もうちの商団に所属している商会からかき集めてきた。私の執務室に運ばせたから見てくれ」
執務室へ行くと大きなテーブルが用意されており、その上に所狭しと宝飾品が並んでいる。
ヴェーラはシルヴェリオから護符にする宝飾品を探していると聞いて以来、宝飾品を取り寄せてはこうして並べ、シルヴェリオに確認させている。
贈る相手はフレイヤだと聞いていたから、女性ものの宝飾品を揃えた。
サイズは以前、コルティノーヴィス香水工房の制服を作る際に採寸したから全てフレイヤに合わせたものばかりだ。
耳飾り、首飾り、腕輪や指輪、髪飾りもある。
ベースは金銀様々で、それらには色付きの魔法石が嵌めこまれている。
この魔法石に防御魔法や守護魔法をかけることで護符が作られるのだ。
シルヴェリオは眉根を寄せつつ、並ぶ宝飾品を眺める。
自分用の護符を作る時は極めてシンプルな物を選んでいるが、人に贈る物はどうしたものかと悩んでいる。
シンプルなデザインを選ぶと無難だが、果たしてフレイヤがシンプルなデザインを好むかわからない。
いっそ本人に聞こうかとも思ったが、遠慮しがちなフレイヤは恐縮して無難な物を選ぶような気がしたから止めた。負担を感じさせたくはない。
「さあ、どれにする? 気に入るものがないなら再度探すから言ってくれ」
「……この中で女性に人気がある物はどれですか?」
連日見ているとなにがなにやらわからなくなってきた。
シルヴェリオは助けを求めるようにヴェーラに問う。
宝飾品に関しては門外漢。
どのような品がいいのかも、デザインはどうすればいいのかもさっぱりわからない。
「あそこにある花の形に彫られた魔法石を使用した首飾りは安定で人気だ」
「なるほど……」
見遣ると、美しいカッティングの魔法石が室内にあるシャンデリアの光を受けて煌めいている。
たしかに美しい品だが、この魔法石を見るとフレイヤがハルモニアから贈られたあの首飾りを思い出してしまう。
「ルアルディ殿は普段の服装が簡素だから、この首飾りがよく似合うかもしれない。これにするかい?」
「いえ、首飾り以外にします……」
もしも首飾りを贈ると、あの首飾りに対抗しているようで選ぶのは憚れる。
自分はただ、部下を守るために護符を贈るのだ。友人を騙して伴侶の証を身につけさせている、あの半人半馬族とは違う。
「それなら指輪はどうだ? いや、そうしよう。魔除けとして指輪の裏側にシルヴェリオの名を彫るのはどうだろうか?」
「婚姻の指輪ではないので、俺の名前を彫る必要なないかと――」
ヴェーラがやや押し売り気味に勧めるため、シルヴェリオは思わずたじろいだ。
エイレーネ王国では、夫婦は婚姻の誓いを交わす際に互いに指輪を贈り合う。その指輪の裏側には送り主の名を刻むのだ。
「いや、必要だ。虫除けに効くぞ」
「虫除けの護符を作るつもりはないので結構です。うちの工房には香水の中に虫が入り込まないよう虫除けの魔法をかけているので、わざわざ護符に付与する必要はありません」
「その虫ではなくてだな……」
ヴェーラとシルヴェリオの間で虫除けの意味が異なっている。
きっぱりと断るシルヴェリオにヴェーラは説明しようとしたが、そばで見守っていたリベラトーレが淹れたてのお茶をヴェーラに差し出すことで話を止めた。
「ヴェーラ様、そこまでにしてください。シルヴェリオ様が困っていますよ」
ヴェーラはリベラトーレとシルヴェリオの顔を交互に見る。
確かに可愛い弟は少し困惑の色を滲ませている。
「……すまない、シルヴェリオ。熱くなりすぎてしまった」
しゅんとしおらしい表情でお茶を受け取る。
リベラトーレの助け舟のおかげでシルヴェリオは再び品選びに戻った。
(髪飾り……は髪を下ろす時にはつけないだろうし、指輪か腕輪がいいだろうな)
机の上に視線を落としたシルヴェリオは、華奢で星を模した装飾が凝らされた銀色のバングルに気付く。
中央に並ぶ星の装飾の中に、それぞれ色違いの魔法石が嵌めこまれている。
星の意匠は、調香した香りで人々を助けるフレイヤに相応しく感じた。
夜空に浮かぶ星は時に方角を示して人々を助け、また時にそのきらめきが人々の心の拠り所となる。
華奢なデザインだから腕に着けていても調香の邪魔にならないだろう。
じっとバングルを見つめるシルヴェリオの視線に、ヴェーラが気付く。
「ミスリル製だからそう簡単には壊れないはずだ。それに、星は花と同じくらい好まれる意匠だ」
「……これにします」
シルヴェリオはその場で支払いを済ませると、自室でバングルに魔法をかけた。
バングルに嵌めこまれている魔法石一つ一つに触れて、丁寧に防御魔法や守護魔法をかけていく。
魔法をかけている間、ふと初めて出会った日のフレイヤと交わした会話を思い出す。
あの時、彼女は自分が調香師を続けられないかもしれないと絶望を抱えていたのにも関わらず、体調の悪いシルヴェリオを想って香り水をくれた。
どんなに辛くても、他人のことを考えてしまう。
たとえ危険に晒されようと、他人のために動いてしまうのだ。
「自分のことに集中するようにと言いたいところだが……そんなフレイさんに救われたのも事実だ」
以前なら優しさを軟弱さと思っていたこともあった。
だけど今は違う。
心優しいフレイヤは見守っていきたいと思う。
シルヴェリオはフレイヤの安全を願い、また一つ魔法石に魔法をかけた。