追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
89.香水瓶の打合せ
フレイヤとオルフェンを乗せた馬車が王宮に辿り着き、出入口の前で停まる。
馬車から五歩ほど離れた場所に、魔導士の制服を着たシルヴェリオの姿を見つけた。
相変わらず王宮に来ると緊張してしまうフレイヤだが、シルヴェリオを見遣ると安堵して硬い表情を解いた。
いつからそうなったのだろうか。
決定的な出来事がどれだったのかフレイヤ自身にもわからないが、シルヴェリオがそばにいると安心感を覚えるようになった。
(きっと、シルヴェリオ様は貴族の身分であっても平民に対して驕った態度にならない公正な性格だとわかっているから、安心できるのかもしれない)
彼と過ごした時間がその安心感を育ててくれたのだろう。
そう考えていると、御者が馬車の扉を開く。
開かれた扉の先にはシルヴェリオがいて、ごく自然な所作でフレイヤに手を差し伸べた。
今までに何度か彼にエスコートしてもらったが、未だにこのやり取りが慣れない。
照れくささを感じながら、フレイヤは片手に香水瓶が入ったトランクを、そしてもう片方の手をシルヴェリオの掌の上に乗せて馬車から降りる。
「シルヴェリオ様、迎えに来ていただいてありがとうございます」
「オルフェンのお守をしながら慣れない王宮を見知ったばかりの宰相補佐官と一緒に歩かせてしまっては、君の気苦労が絶えないからな」
「そ、その通りです。想像しただけで頭痛がします」
本来はシルヴェリオは職場である王宮内の魔導士団の施設から今回の打合せの会場である会議室に直行し、フレイヤたちは競技会の時に司会を務めていた宰相補佐官に迎えに来てもらう手筈だったのだが、シルヴェリオが自分が迎えに行くと宰相に言ったのだ。
「それに、平民の私には王宮に足を踏み入れるだけでとても緊張してしまうのですが、シルヴェリオ様の姿が見えた途端に安心しました」
「――っ」
シルヴェリオは息を呑むと、空いている方の手で口元を覆う。しかし隠せていない耳は、微かに赤くなっているのが見える。
照れているのだ。そうわかると、フレイヤはシルヴェリオにより親近感を覚えた。
「……それならよかった。これからも王宮に出向いてもらう時は迎えに行くから安心してくれ」
「はい、これからもよろしくお願いします」
フレイヤの後に続いて馬車を降りたオルフェンは、フレイヤとシルヴェリオの姿を見て溜息をつく。
『はぁ。シルヴェリオったら、フレイヤの言葉に浮かれすぎじゃない?』
急にオルフェンに話を振られた御者は頷きかけてしまい、曖昧に微笑んで誤魔化すのだった。
***
フレイヤとシルヴェリオとオルフェンは、会議室に辿り着いた。
精緻な彫刻が施された美しい白色の扉の前に立つと、フレイヤの心臓は駆け足になり始める。
シルヴェリオが扉の前に立つ騎士に声をかけると、騎士が扉を開き、目の前に広い会議室が現れる。
薄く植物の意匠が描かれた白い壁紙と落ち着いた深い青色の絨毯は宰相の執務室と同じだ。王宮内の装飾はどこもそのように揃えているのだ。
最大で二十人は収容できるというその会議室に、今いるのは宰相と外務大臣と宰相補佐だけ。
フレイヤとシルヴェリオとオルフェンが座ったとしても、まだまだ席が余っている。
広く重厚感のある部屋に圧倒されながらも、フレイヤは貴族令嬢に負けない美しい礼をとった。
宰相と外務大臣たちの口から、「ほう」と感嘆の息が零れる。
今までに数々の貴族令嬢と挨拶を交わしてきた彼らから見ても、フレイヤの所作は非の打ちどころがなかった。
「この度はお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、香水瓶のデザインをご覧ください」
フレイヤはトランクから三つのデザイン画と見本の瓶を取り出して並べる。
香水瓶のデザイン一つ一つについて、丁寧に仕様やデザインの意図を説明した。
宰相も大臣も宰相補佐官も、熱心にフレイヤの説明を聞いてくれる。
一方でオルフェンは退屈したのか、机の上に魔法で取り寄せた枕を置いて、昼寝を始めてしまった。
シルヴェリオはそんなオルフェンを見て溜息をついた。大切な打合せの最中に堂々と昼寝をするなんて、これがもしも部下だったら叱責していたところだ。
しかしオルフェンは彼の部下ではなく、あくまでフレイヤの契約した妖精。
妖精とは自由気ままな生き物だから仕方がないのだ。
枕に顔を埋めてスヤスヤと気持ちよさそうに眠るオルフェンの姿を見たフレイヤはぎょっとしたが、シルヴェリオに視線で促されたため、香水瓶の説明を続けるのだった。
フレイヤが説明を終えると、外務大臣がにこにこと微笑んでフレイヤに話しかけた。
「どれも素晴らしいデザインだね。ルアルディ殿はどのデザインが今回の香水に相応しいと思う?」
「私は二つ目のデザインが今回の香水に相応しいと思います。老若男女問わず持ちやすいデザインですので、貴賓に渡す香水に最適です」
「ふむ、渡す相手のことも考えての選定か。たしかに、デザインが極端に繊細であったり豪奢であれば、受け取る側の好みに合わない可能性があるな。君の意見をそのまま国王陛下と王妃殿下に伝えよう」
「――っ、ありがとうございます!」
まさかこんなにもすんなりと意見を通してもらえるとは思ってもみなかったため、フレイヤは驚き半分、喜び半分といった表情で礼を言う。
「最終的に判断するのは国王陛下と王妃殿下だ。私が陛下たちに見せた後、結果がわかったら魔法でコルティノーヴィス卿に知らせよう」
「よろしくお願いします」
シルヴェリオはそう言うと、オルフェンを小突いて起こす。
「打ち合わせが終わったから、騎士団の本部へ向かうぞ」
『はあ、面倒だな』
そう言いながらも、オルフェンは欠伸を噛み殺しながらゆっくりと立ち上がる。
「フレイさんもよろしく頼む」
「はい」
ついに騎士団の本部にまで足を踏み入れることになる。
少し前のフレイヤにとっては一生縁がないはずだった場所だ。
フレイヤは緊張した面持ちで頷き、シルヴェリオと一緒に宰相たちに礼をして部屋を出た。
馬車から五歩ほど離れた場所に、魔導士の制服を着たシルヴェリオの姿を見つけた。
相変わらず王宮に来ると緊張してしまうフレイヤだが、シルヴェリオを見遣ると安堵して硬い表情を解いた。
いつからそうなったのだろうか。
決定的な出来事がどれだったのかフレイヤ自身にもわからないが、シルヴェリオがそばにいると安心感を覚えるようになった。
(きっと、シルヴェリオ様は貴族の身分であっても平民に対して驕った態度にならない公正な性格だとわかっているから、安心できるのかもしれない)
彼と過ごした時間がその安心感を育ててくれたのだろう。
そう考えていると、御者が馬車の扉を開く。
開かれた扉の先にはシルヴェリオがいて、ごく自然な所作でフレイヤに手を差し伸べた。
今までに何度か彼にエスコートしてもらったが、未だにこのやり取りが慣れない。
照れくささを感じながら、フレイヤは片手に香水瓶が入ったトランクを、そしてもう片方の手をシルヴェリオの掌の上に乗せて馬車から降りる。
「シルヴェリオ様、迎えに来ていただいてありがとうございます」
「オルフェンのお守をしながら慣れない王宮を見知ったばかりの宰相補佐官と一緒に歩かせてしまっては、君の気苦労が絶えないからな」
「そ、その通りです。想像しただけで頭痛がします」
本来はシルヴェリオは職場である王宮内の魔導士団の施設から今回の打合せの会場である会議室に直行し、フレイヤたちは競技会の時に司会を務めていた宰相補佐官に迎えに来てもらう手筈だったのだが、シルヴェリオが自分が迎えに行くと宰相に言ったのだ。
「それに、平民の私には王宮に足を踏み入れるだけでとても緊張してしまうのですが、シルヴェリオ様の姿が見えた途端に安心しました」
「――っ」
シルヴェリオは息を呑むと、空いている方の手で口元を覆う。しかし隠せていない耳は、微かに赤くなっているのが見える。
照れているのだ。そうわかると、フレイヤはシルヴェリオにより親近感を覚えた。
「……それならよかった。これからも王宮に出向いてもらう時は迎えに行くから安心してくれ」
「はい、これからもよろしくお願いします」
フレイヤの後に続いて馬車を降りたオルフェンは、フレイヤとシルヴェリオの姿を見て溜息をつく。
『はぁ。シルヴェリオったら、フレイヤの言葉に浮かれすぎじゃない?』
急にオルフェンに話を振られた御者は頷きかけてしまい、曖昧に微笑んで誤魔化すのだった。
***
フレイヤとシルヴェリオとオルフェンは、会議室に辿り着いた。
精緻な彫刻が施された美しい白色の扉の前に立つと、フレイヤの心臓は駆け足になり始める。
シルヴェリオが扉の前に立つ騎士に声をかけると、騎士が扉を開き、目の前に広い会議室が現れる。
薄く植物の意匠が描かれた白い壁紙と落ち着いた深い青色の絨毯は宰相の執務室と同じだ。王宮内の装飾はどこもそのように揃えているのだ。
最大で二十人は収容できるというその会議室に、今いるのは宰相と外務大臣と宰相補佐だけ。
フレイヤとシルヴェリオとオルフェンが座ったとしても、まだまだ席が余っている。
広く重厚感のある部屋に圧倒されながらも、フレイヤは貴族令嬢に負けない美しい礼をとった。
宰相と外務大臣たちの口から、「ほう」と感嘆の息が零れる。
今までに数々の貴族令嬢と挨拶を交わしてきた彼らから見ても、フレイヤの所作は非の打ちどころがなかった。
「この度はお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、香水瓶のデザインをご覧ください」
フレイヤはトランクから三つのデザイン画と見本の瓶を取り出して並べる。
香水瓶のデザイン一つ一つについて、丁寧に仕様やデザインの意図を説明した。
宰相も大臣も宰相補佐官も、熱心にフレイヤの説明を聞いてくれる。
一方でオルフェンは退屈したのか、机の上に魔法で取り寄せた枕を置いて、昼寝を始めてしまった。
シルヴェリオはそんなオルフェンを見て溜息をついた。大切な打合せの最中に堂々と昼寝をするなんて、これがもしも部下だったら叱責していたところだ。
しかしオルフェンは彼の部下ではなく、あくまでフレイヤの契約した妖精。
妖精とは自由気ままな生き物だから仕方がないのだ。
枕に顔を埋めてスヤスヤと気持ちよさそうに眠るオルフェンの姿を見たフレイヤはぎょっとしたが、シルヴェリオに視線で促されたため、香水瓶の説明を続けるのだった。
フレイヤが説明を終えると、外務大臣がにこにこと微笑んでフレイヤに話しかけた。
「どれも素晴らしいデザインだね。ルアルディ殿はどのデザインが今回の香水に相応しいと思う?」
「私は二つ目のデザインが今回の香水に相応しいと思います。老若男女問わず持ちやすいデザインですので、貴賓に渡す香水に最適です」
「ふむ、渡す相手のことも考えての選定か。たしかに、デザインが極端に繊細であったり豪奢であれば、受け取る側の好みに合わない可能性があるな。君の意見をそのまま国王陛下と王妃殿下に伝えよう」
「――っ、ありがとうございます!」
まさかこんなにもすんなりと意見を通してもらえるとは思ってもみなかったため、フレイヤは驚き半分、喜び半分といった表情で礼を言う。
「最終的に判断するのは国王陛下と王妃殿下だ。私が陛下たちに見せた後、結果がわかったら魔法でコルティノーヴィス卿に知らせよう」
「よろしくお願いします」
シルヴェリオはそう言うと、オルフェンを小突いて起こす。
「打ち合わせが終わったから、騎士団の本部へ向かうぞ」
『はあ、面倒だな』
そう言いながらも、オルフェンは欠伸を噛み殺しながらゆっくりと立ち上がる。
「フレイさんもよろしく頼む」
「はい」
ついに騎士団の本部にまで足を踏み入れることになる。
少し前のフレイヤにとっては一生縁がないはずだった場所だ。
フレイヤは緊張した面持ちで頷き、シルヴェリオと一緒に宰相たちに礼をして部屋を出た。