追放された調香師の私、ワケあって冷徹な次期魔導士団長のもとで毎日楽しく美味しく働いています。
9.悩める魔導士
薬草雑貨店ルアルディを出たシルヴェリオはすぐに外套を羽織り、フードを被って顔を隠した。
彼を待つ馬車はない。人目につかぬよう、領主邸から歩いてきたのだ。
「あと一押しだが、どうすれば首を縦に振ってくれるのだろうか……」
フレイヤ・ルアルディは想像していた以上に自分を警戒していた。
しかし彼女は調香師としての復帰を望んでいるようだ。こちらの提案に興味を示していたから、次に会う時までに最後の決め手となる何かを用意しておきたい。
(調香師への復帰、工房の用意に、安全の保障……その他に彼女が欲しているものは――)
思案を巡らせていると、パルミロとの会話を思い出す。
パルミロが言うには、フレイヤ・ルアルディは菓子が好きらしい。彼女に頼み込む時はとびきり美味しい菓子を持って行けと言っていた。
(確かにあの時、パルミロが作ったケーキを美味しそうに食べていたな……)
落ち着いた印象の彼女だが、ケーキを見ると子どものように目を輝かせ、そして泣きながら食べていた。
涙を零してもフォークを動かす手を止めず、一口ずつ丁寧に味わっていたのだ。よほど好きなのかもしれない。
(まさか菓子で彼女の心を揺り動かせるとは思えないが……いや、備えておくに越したことはないから、用意しておこう)
相手が貴族であれば、いや、平民であったとしても、高価な宝飾品を贈る方が効果的なのではないかと思っている。しかしパルミロの助言は的確だから信用できる。
「本当に菓子で頷いてくれるのなら面白いな」
たとえ専属調香師の誘いには応じてもらえなくとも、フレイヤの警戒心を解くきっかけにはなるかもしれない。そうすれば、少しずつ彼女に近づいて説得できる可能性がある。
そう結論づけたシルヴェリオは、近くを通りがかったロードンの住民に話しかけた。
「――すまない。女性への贈り物で菓子を買いたいのだが、ロードンで一番人気の菓子店はどこだ?」
***
シルヴェリオが菓子店の中に入っていく様子を、少し離れた場所から見ている人物がいた。姉のヴェーラの秘書、リベラトーレだ。
彼はシルヴェリオが王都を発ってからずっと後をつけており、彼の行動とその周囲を観察している。
「おいおい、嘘だろう?」
リベラトーレは片眼鏡を掛け直し、シルヴェリオが入っていった店の看板をまじまじと見つめた。
「薬草雑貨店にいる美人店員に契約書を渡したかと思えば、今度は贈り物を買うために菓子店に行くなんて……よほどあの子に惚れているんだな」
外から店内の様子を見てみた時は、シルヴェリオは大人しそうな店員に何やら熱心に話しかけていた。
店員は初めこそシルヴェリオに好意的だったが、次第に驚きや躊躇いを見せるようになっていた。
「ネストレ殿下にかけられている呪いを解ける人物を迎えに行くと言っていたが……あのお嬢ちゃんがその人物なのか?」
話の内容までは聞き取れなかったが、シルヴェリオが魔法で書類を作っていた。あの書類に書かれている内容がとても気になる。
「それにしても、いつもすました顔をしてるあのシルヴェリオ様が躍起になって説得しているとはねぇ……あの子、一体何者なんだ?」
見たところ、美人でお淑やかな女性と言うところしかわからない。彼女についても調べた方が良さそうだ。
「ヴェーラ様に面白い報告ができそうだ」
リベラトーレは金色の目を眇め、にんまりと笑った。
彼を待つ馬車はない。人目につかぬよう、領主邸から歩いてきたのだ。
「あと一押しだが、どうすれば首を縦に振ってくれるのだろうか……」
フレイヤ・ルアルディは想像していた以上に自分を警戒していた。
しかし彼女は調香師としての復帰を望んでいるようだ。こちらの提案に興味を示していたから、次に会う時までに最後の決め手となる何かを用意しておきたい。
(調香師への復帰、工房の用意に、安全の保障……その他に彼女が欲しているものは――)
思案を巡らせていると、パルミロとの会話を思い出す。
パルミロが言うには、フレイヤ・ルアルディは菓子が好きらしい。彼女に頼み込む時はとびきり美味しい菓子を持って行けと言っていた。
(確かにあの時、パルミロが作ったケーキを美味しそうに食べていたな……)
落ち着いた印象の彼女だが、ケーキを見ると子どものように目を輝かせ、そして泣きながら食べていた。
涙を零してもフォークを動かす手を止めず、一口ずつ丁寧に味わっていたのだ。よほど好きなのかもしれない。
(まさか菓子で彼女の心を揺り動かせるとは思えないが……いや、備えておくに越したことはないから、用意しておこう)
相手が貴族であれば、いや、平民であったとしても、高価な宝飾品を贈る方が効果的なのではないかと思っている。しかしパルミロの助言は的確だから信用できる。
「本当に菓子で頷いてくれるのなら面白いな」
たとえ専属調香師の誘いには応じてもらえなくとも、フレイヤの警戒心を解くきっかけにはなるかもしれない。そうすれば、少しずつ彼女に近づいて説得できる可能性がある。
そう結論づけたシルヴェリオは、近くを通りがかったロードンの住民に話しかけた。
「――すまない。女性への贈り物で菓子を買いたいのだが、ロードンで一番人気の菓子店はどこだ?」
***
シルヴェリオが菓子店の中に入っていく様子を、少し離れた場所から見ている人物がいた。姉のヴェーラの秘書、リベラトーレだ。
彼はシルヴェリオが王都を発ってからずっと後をつけており、彼の行動とその周囲を観察している。
「おいおい、嘘だろう?」
リベラトーレは片眼鏡を掛け直し、シルヴェリオが入っていった店の看板をまじまじと見つめた。
「薬草雑貨店にいる美人店員に契約書を渡したかと思えば、今度は贈り物を買うために菓子店に行くなんて……よほどあの子に惚れているんだな」
外から店内の様子を見てみた時は、シルヴェリオは大人しそうな店員に何やら熱心に話しかけていた。
店員は初めこそシルヴェリオに好意的だったが、次第に驚きや躊躇いを見せるようになっていた。
「ネストレ殿下にかけられている呪いを解ける人物を迎えに行くと言っていたが……あのお嬢ちゃんがその人物なのか?」
話の内容までは聞き取れなかったが、シルヴェリオが魔法で書類を作っていた。あの書類に書かれている内容がとても気になる。
「それにしても、いつもすました顔をしてるあのシルヴェリオ様が躍起になって説得しているとはねぇ……あの子、一体何者なんだ?」
見たところ、美人でお淑やかな女性と言うところしかわからない。彼女についても調べた方が良さそうだ。
「ヴェーラ様に面白い報告ができそうだ」
リベラトーレは金色の目を眇め、にんまりと笑った。