【短編】綿菓子味のキス
夏祭りに、人があふれかえっている。
どうしてだろう? 男子のタンクトップ姿はゆかたよりも露出度が高いのにすごく暑苦しく見える。
有線の音楽が大きな音量で流れているのもちょっと風情がない気がするし。
だけど、今日の桜井とわたしの二人はすごく風情豊かだ。
わたしはちょっとだけ内股ぎみに歩く。こうすると可愛いって雑誌に書いてあった。
桜井と二人でいるところをクラスメイトに見られたらどうしようという気持ちが50%。
こんな素敵なカップルをどうか見てくれという気持ちが50%。
遠くで聞こえる太鼓の音。
通りを進んでいくと、綿菓子屋のモーター音が聞こえてきた。
このモーター音を聞くと、条件反射的にわたしの心は浮き立つ。
近くで聞こえるわたしの鼓動。
「綿菓子食べよっか」
桜井がそう云って綿菓子をひとつ買った。
わたしと桜井は、二人でひとつの綿菓子を食べた。
金魚すくいがあった。
一匹も掬うことができなかった小さな男の子にお店の人が「はい、おまけね」といって二匹入りのビニールを渡していた。
「オレ、金魚すくい得意なんだ。愛子に、かっちょいいところ見せていい?」
よくわかんないアピールの仕方を桜井はすると、お店の人にお金を渡して、何百匹もいそうな大きな水槽の前にひざをついた。
「この掬うやつなんて云うか知ってる? “ポイ”っていうんだ。……裏と表があってね。表にして使った方がうまくいくんだ」
桜井が、お店の人に聞こえないようにわたしの耳元でささやく。
すごい秘密をささやくかのように。
ゆかたの裾をまくって挑戦した桜井は、宣言どおりなんと14匹の金魚を掬って、まわりで見物していた男の子たちの賞賛のまなざしを浴びていた。
「ああ楽しかった!」
子どものように桜井はそう云って笑った。
わたしも嬉しくなって笑った。
そのあと桜井は、「キャッチ&リリースするね」と云って金魚を水の中に返した。