婚約破棄された公爵令嬢は冷徹国王の溺愛を信じない２
プロローグ
まだ太陽が昇る前の暁(あかつき)の時。
鳥たちはもう起き出しているようで、かすかな囀(さえず)りが聞こえてきている。
その気配を感じながら、ルチアはベッドの中でゆっくり目を閉じた。
昨夜から緊張のあまり眠ることができなかったルチアだったが、疲れもあってさすがに眠気に勝てそうにない。
この状況に失望していないといえば嘘になるが、今はとにかく何も考えずに眠れることがありがたかった。
『――好きだ、ルチア。愛している』
夢のようなジュストからの告白。
ルチアは信じられない思いで胸がいっぱいだった。
それでも、精いっぱいの勇気を出して答えた言葉。
『私も……愛しています』
ルチアの告白に、ジュストはぎゅっと強く抱きしめてくれた。
その腕の中は温かくて、ルチアは幸せに包まれ――。
何かの物音で目を覚ましたルチアは、驚き勢いよく体を起こした。
（……夢!?）
ルチアは周囲を見回し、寝過ごしたことを悟った。
すっかり陽が昇っているのが、カーテンを閉めていても差し込む光でわかる。
あまりに幸せな夢を見たから寝過ごしてしまったのかと考え、ルチアは昨日のことを思い出した。
（違うわ。あれは、夢じゃなかった……）
頭がはっきりしてくると、じわじわと喜びが湧いてくる。
昨日、ジュストから庭へと散歩に誘われたルチアは、バラの蔦の前で膝をついて愛を請われたのだ。
こんなに幸せなことがあっていいのだろうかと浮かれたルチアは、ふと現実に戻った。
昨夜は初めてジュストが寝室へ訪れてくれるのではないかと期待して待っていたのだ。
（それで眠れなかったとか……恥ずかしすぎる……！）
皆に祝われて、いつもより豪華な夕食をジュストと一緒にとりながらも、ルチアは夢見心地でそわそわしてしまっていた。
浮かれすぎて何の話をしたのかも覚えていない。
それは食事の後も続き、いつもより念入りに寝支度をしてベッドに入った。
寝室の反対側にある、ジュストの部屋と繋がる扉を見つめて、いつ開くのかとドキドキして待っていたのだ。――が、ジュストが訪れることはなかった。
（うん。想いが通じ合ったからって、いきなりはないわよね……）
寝不足ではあるが、頭ははっきりしているので、昨日のことを思い返してみる。
ひと晩経って冷静になると、徐々に恥ずかしさが込み上げてきて、ルチアは悶(もだ)えた。
昨日はあまりに浮かれすぎていて考えなかったが、窓からはたくさんの人が見ていたのだ。
それなのにルチアは自分から抱きつき、ジュストとキスをしたのだ。しかも三回も。
（夢じゃなかったのは嬉しいけど！ でも、やり直させてー！）
ルチアは頭を抱えてベッドに蹲(うずくま)ったが、当然記憶は――事実も消えるわけはない。
ジュストの愛の告白は何度でも頭の中で繰り返したい記憶だが、そこから後をやり直したかった。
（もしかして、あれが原因でジュスト様は引いてしまったとか……。抱きつくなんてはしたなかった？ しかも公衆の面前だったのに……）
散歩を続けるふりをして、皆から見えない場所まで移動すればよかったのかもしれない。
（いや、それはそれでどうなの……？）
そこまで考えて、ルチアは覚悟を決めた。
うじうじしていても時間は巻き戻らないし、皆の記憶も消えない。
いつまでもこの部屋にこもっていると、マノンたちを心配させるだけなのだ。
ルチアは何度か深呼吸を繰り返し、起き上がってベッドから出た。
それからカーテンを開ける。
やはり朝もかなり遅い時刻、どちらかというとお昼に近かった。
「――ルチア様、よろしいでしょうか？」
「ええ。おはよう……というには、遅い時間ね。マノン」
ルチアの起きた気配を察したマノンは、ノックをして遠慮がちに入ってきた。
何事もなかったように、とはいかなくても、ルチアが明るく挨拶(あいさつ)をすれば、マノンは温かく微(ほほ)笑(え)む。
「おはようございます、ルチア様。まったくもって遅い時間ではありませんよ」
ルチアはいつもかなり早起きなので寝過ごしたと思っているようだが、貴族女性ならこれくらいの時間に起きるのは珍しくない。
昨日のことはルチアにとって嬉しくも疲れているだろうと、マノンは予想していたのでそっとしていたのだ。
もしかして……という思いもなくはなかったが、ちらりとベッドを見た感じそれもなさそうだった。
「陛下からご伝言を承っておりまして、昼食をご一緒になさりたいとのことです」
「へいっ、陛下ね、うん。わかったわ」
マノンから伝言を聞いたルチアは、焦って変な声を出してしまった。
すぐに冷静さを装ったが、マノンには動揺がバレているだろう。
夕食までにどうにか気持ちを落ち着けようと思っていたのに、昼食となるとあまり時間がない。
朝の支度を簡単にして、ルチアは果物とお茶だけの軽い朝食をとりながら考えた。
（そもそも、私たちはもうすでに結婚しているのに、改めて告白してくれて……愛を請うとまで言ってくれたんだから、ジュスト様は本当に誠実なのよ。うん。だからきっと……名目上は夫婦だけど、付き合い始めた恋人のようなもので……）
あの時のことを思い出すだけで、ときめいてしまい、顔がにやけてしまいそうになる。
ルチアはフォークを置いて、落ち着こうとお茶を飲んだ。
（付き合いたての恋人同士なのだとしたら、いきなりその……はなくて、まずはデートよね。要するに、今日の昼食が初めてのデートなのでは？）
誠実なジュストのことだから、きっと段階を踏んでくれるのだろう。
そう思うと、自分が邪(よこしま)な気がして居たたまれなくなってきた。
（きっと普通のご令嬢なら、期待して待ってたりなんてしないはず……）
ルチアには前世の日本で暮らしていた記憶があるせいで、余計な知識まで持ってしまっているのだ。
それが何だかジュストに申し訳なくて、ルチアは気落ちした。
（本当なら持参金も手に入るはずだったのに、私のせいで放棄させてしまったし……）
元婚約者だったジョバンニとの結婚式に現れ、攫(さら)うようにしてバランド王国に連れ帰ってくれた時には嬉しかった。
だが、ジュストだけでなく皆にまで迷惑をかけたことは、どうしても心苦しい。
（よし！ それなら、やっぱり前世の知識で恩返しするのが一番よね。せめてそれくらいはしないと！）
ジュストとの仲は焦らず、ゆっくりでいいのだ。
きっとジュストはそのつもりなのだろうから、普通の令嬢らしく任せればいい。
あれこれ考えてやきもきするのが間違っているのだろう。
そう結論を出したルチアは、この国の発展のためにまずは頑張ろうと決意したのだった。
鳥たちはもう起き出しているようで、かすかな囀(さえず)りが聞こえてきている。
その気配を感じながら、ルチアはベッドの中でゆっくり目を閉じた。
昨夜から緊張のあまり眠ることができなかったルチアだったが、疲れもあってさすがに眠気に勝てそうにない。
この状況に失望していないといえば嘘になるが、今はとにかく何も考えずに眠れることがありがたかった。
『――好きだ、ルチア。愛している』
夢のようなジュストからの告白。
ルチアは信じられない思いで胸がいっぱいだった。
それでも、精いっぱいの勇気を出して答えた言葉。
『私も……愛しています』
ルチアの告白に、ジュストはぎゅっと強く抱きしめてくれた。
その腕の中は温かくて、ルチアは幸せに包まれ――。
何かの物音で目を覚ましたルチアは、驚き勢いよく体を起こした。
（……夢!?）
ルチアは周囲を見回し、寝過ごしたことを悟った。
すっかり陽が昇っているのが、カーテンを閉めていても差し込む光でわかる。
あまりに幸せな夢を見たから寝過ごしてしまったのかと考え、ルチアは昨日のことを思い出した。
（違うわ。あれは、夢じゃなかった……）
頭がはっきりしてくると、じわじわと喜びが湧いてくる。
昨日、ジュストから庭へと散歩に誘われたルチアは、バラの蔦の前で膝をついて愛を請われたのだ。
こんなに幸せなことがあっていいのだろうかと浮かれたルチアは、ふと現実に戻った。
昨夜は初めてジュストが寝室へ訪れてくれるのではないかと期待して待っていたのだ。
（それで眠れなかったとか……恥ずかしすぎる……！）
皆に祝われて、いつもより豪華な夕食をジュストと一緒にとりながらも、ルチアは夢見心地でそわそわしてしまっていた。
浮かれすぎて何の話をしたのかも覚えていない。
それは食事の後も続き、いつもより念入りに寝支度をしてベッドに入った。
寝室の反対側にある、ジュストの部屋と繋がる扉を見つめて、いつ開くのかとドキドキして待っていたのだ。――が、ジュストが訪れることはなかった。
（うん。想いが通じ合ったからって、いきなりはないわよね……）
寝不足ではあるが、頭ははっきりしているので、昨日のことを思い返してみる。
ひと晩経って冷静になると、徐々に恥ずかしさが込み上げてきて、ルチアは悶(もだ)えた。
昨日はあまりに浮かれすぎていて考えなかったが、窓からはたくさんの人が見ていたのだ。
それなのにルチアは自分から抱きつき、ジュストとキスをしたのだ。しかも三回も。
（夢じゃなかったのは嬉しいけど！ でも、やり直させてー！）
ルチアは頭を抱えてベッドに蹲(うずくま)ったが、当然記憶は――事実も消えるわけはない。
ジュストの愛の告白は何度でも頭の中で繰り返したい記憶だが、そこから後をやり直したかった。
（もしかして、あれが原因でジュスト様は引いてしまったとか……。抱きつくなんてはしたなかった？ しかも公衆の面前だったのに……）
散歩を続けるふりをして、皆から見えない場所まで移動すればよかったのかもしれない。
（いや、それはそれでどうなの……？）
そこまで考えて、ルチアは覚悟を決めた。
うじうじしていても時間は巻き戻らないし、皆の記憶も消えない。
いつまでもこの部屋にこもっていると、マノンたちを心配させるだけなのだ。
ルチアは何度か深呼吸を繰り返し、起き上がってベッドから出た。
それからカーテンを開ける。
やはり朝もかなり遅い時刻、どちらかというとお昼に近かった。
「――ルチア様、よろしいでしょうか？」
「ええ。おはよう……というには、遅い時間ね。マノン」
ルチアの起きた気配を察したマノンは、ノックをして遠慮がちに入ってきた。
何事もなかったように、とはいかなくても、ルチアが明るく挨拶(あいさつ)をすれば、マノンは温かく微(ほほ)笑(え)む。
「おはようございます、ルチア様。まったくもって遅い時間ではありませんよ」
ルチアはいつもかなり早起きなので寝過ごしたと思っているようだが、貴族女性ならこれくらいの時間に起きるのは珍しくない。
昨日のことはルチアにとって嬉しくも疲れているだろうと、マノンは予想していたのでそっとしていたのだ。
もしかして……という思いもなくはなかったが、ちらりとベッドを見た感じそれもなさそうだった。
「陛下からご伝言を承っておりまして、昼食をご一緒になさりたいとのことです」
「へいっ、陛下ね、うん。わかったわ」
マノンから伝言を聞いたルチアは、焦って変な声を出してしまった。
すぐに冷静さを装ったが、マノンには動揺がバレているだろう。
夕食までにどうにか気持ちを落ち着けようと思っていたのに、昼食となるとあまり時間がない。
朝の支度を簡単にして、ルチアは果物とお茶だけの軽い朝食をとりながら考えた。
（そもそも、私たちはもうすでに結婚しているのに、改めて告白してくれて……愛を請うとまで言ってくれたんだから、ジュスト様は本当に誠実なのよ。うん。だからきっと……名目上は夫婦だけど、付き合い始めた恋人のようなもので……）
あの時のことを思い出すだけで、ときめいてしまい、顔がにやけてしまいそうになる。
ルチアはフォークを置いて、落ち着こうとお茶を飲んだ。
（付き合いたての恋人同士なのだとしたら、いきなりその……はなくて、まずはデートよね。要するに、今日の昼食が初めてのデートなのでは？）
誠実なジュストのことだから、きっと段階を踏んでくれるのだろう。
そう思うと、自分が邪(よこしま)な気がして居たたまれなくなってきた。
（きっと普通のご令嬢なら、期待して待ってたりなんてしないはず……）
ルチアには前世の日本で暮らしていた記憶があるせいで、余計な知識まで持ってしまっているのだ。
それが何だかジュストに申し訳なくて、ルチアは気落ちした。
（本当なら持参金も手に入るはずだったのに、私のせいで放棄させてしまったし……）
元婚約者だったジョバンニとの結婚式に現れ、攫(さら)うようにしてバランド王国に連れ帰ってくれた時には嬉しかった。
だが、ジュストだけでなく皆にまで迷惑をかけたことは、どうしても心苦しい。
（よし！ それなら、やっぱり前世の知識で恩返しするのが一番よね。せめてそれくらいはしないと！）
ジュストとの仲は焦らず、ゆっくりでいいのだ。
きっとジュストはそのつもりなのだろうから、普通の令嬢らしく任せればいい。
あれこれ考えてやきもきするのが間違っているのだろう。
そう結論を出したルチアは、この国の発展のためにまずは頑張ろうと決意したのだった。
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