噂の絶えない彼に出逢って,私の世界はひっくり返る。
「ありがと」
にこにこと,先程のビンタを忘れたような顔を向けられる。
私の眉が,ぎゅっと狭まった。
余計なファンサを,ファン以外の他人に向けないで欲しい。
「ねぇ,何年何組? あ,そのカバンは同学か」
へらへらと,私に興味を持たないで。
「俺ねーさっき」
「あの。私,おしゃべりがしたくて声をかけた訳じゃないので,もう帰ります」
「あーね。そっか。カバン持ってるし」
そう。
係だからと,なかなか集まりきらなかった英語の提出物を職員室へ運び,借りた図書を返しに行き,ようやく帰れるところだったの。
「じゃあ何でこれ渡しに来てくれたの?」
不快な騒がしさが一気に取り除かれた地声の少し低いトーン。
それよりも私が信じられなかったのは,足止めのためだけに彼が躊躇いなくスカートの裾を引っ張ったことだった。
腕とかもっと,せめて他にあったと思う。
ほんの少しの厚意は,黙って受け取るべきだ。
何で,とかめんどくさいことも聞かないで欲しい。
「痛そうだったから」
仕方なく答える。
たまたま私が目撃してしまった。
ただ,それだけ。
「私,知ってます。あなたのこと。だからあの綺麗な人にあなたが何をしたのかも,平手への経緯も,なんとなく分かる」