幽霊令嬢と『視える』王子様~婚約者を奪われたので自殺した令嬢、霊媒体質の第二王子にまとわり憑く~
星明かりのラスト・ワルツ 02
「ワルツでいいか?」
「はい」
ギルバートの質問に頷いてから、メルは地上に舞い降りた。
メルの足は地に付かない。だから、意志の力で地に付いているように見せるだけだ。
ホールドの姿勢を取ると、ギルバートの体が触れる手と腰から人肌の温もりが伝わってくる。
「私に触れて寒くないですか?」
ハイランド王国の気候は冷涼なので、夏でも夜は長袖の上着が必要である。
しっかり上着を着込んでいるとはいえ、メルの体に触れて大丈夫なのだろうか。
心配になって尋ねると微笑みが返ってきた。
「大丈夫だ。それよりも準備はいいか?」
「はい」
頷くと、ギルバートはステップを踏んだ。メルもそれに合わせて体を動かす。
記憶はないのに体が覚えている。
ギルバートのリードが丁寧なのもあって、メルはちゃんと踊れている自分に驚いた。
満天の星明かりの下、青薔薇が咲き乱れる庭園で誰もが憧れる王子様と踊るなんて、夢の中にいるみたいだ。
「目の前にこんないい男がいるんだ。屑の事なんか忘れろ」
踊りながら話しかけられて、メルは目をぱちくりさせた。
「凄い自信ですね」
「間違ってるか?」
真顔で聞き返されて、思わず考える。
確かにギルバートは、地位・身分・容姿、全てを兼ね備えているだけでなく、性格も少し尊大な所はあるけれど、大きな問題はない。
「……間違ってないですね」
「間があったのは気になるが当然だ。私は少なくとも婚約者がいるのに、その親友に乗り換えるような不誠実な真似はしない」
「わかりませんよ。男の人は美人に弱いじゃないですか」
「顔がいいだけの女は家族で見慣れてる」
一理ある。ハイランドのロイヤルファミリーは美男美女揃いだ。
母、兄嫁、妹と、ギルバートはタイプの違う美女に取り囲まれている。
「なんでよりにもよって婚約者の友人を選ぶのか……。惹かれたらまずい相手を傍に寄せ付けるからいけないんだ」
ギルバートの発言を聞いた瞬間、メルの頭の中を一つ場面がよぎった。元婚約者と幼馴染みが二人きりで出かけているのを目撃した場面だ。
ズキンと頭が痛み、足を止めてしまう。
「きゃ……」
ダンスの最中だったからメルはバランスを崩す。しかし転ぶ前にギルバートが力強く体を支えてくれた。
「ありがとう、ございます……」
ふわりとウッディ系の優しい香りが鼻腔をくすぐる。
頻繁にギルバートの部屋を訪れていたメルは知っている。これは、ギルバートが愛用する香水の香りだ。
意識すると顔がかあっと熱くなった。
「重さを感じないんだな。……体が浮いているからか」
ギルバートはメルの体を支え、体勢を整えてくれた。
「私、生きてる時に殿下のような男性と知り合えたら良かったです」
ぽつりとつぶやくと、ギルバートは一瞬体を硬直させた。
「……光栄だ」
わずかな間と表情から彼の照れを読み取って、メルは口元に笑みを浮かべた。
「まさかからかったのか?」
「そんなつもりは……! 本心ですよ!」
ギルバートはまだ疑いの目を向けてくる。
メルは小さく息をつくと、彼から青薔薇へと視線を向けた。
「馬鹿ですね、私。よく考えたら人類の半分は男性なのに、元婚約者を逃したらそれ以上の人とは巡り会えないと思い込んでいたんです」
自殺なんてしなければ良かった。世の中には、彼より優れた人なんて探せばきっといっぱいいる。
「……明日、叔父様に会うのは怖くないのか?」
ギルバートの質問に、メルは微苦笑を浮かべた。
「怖くないと言ったら嘘になりますけど……このまま幽霊として生活するのも結構辛いので……」
「そうなのか?」
「はい。眠れないのは辛いです。私の姿が見えるのはギル様だけですし。時間が経つのがとても長くて……」
「もっと私のところに来てもよかったのに」
「ご迷惑はかけたくありませんから」
メルは眉を下げた。きっと今の自分はすごく情けない顔をしているはずだ。
「たぶんなんですけど、私がもっと図々しく押し掛けていたら、そんな気持ちにはならなかったと思いますよ」
「……そうかもな」
ギルバートは小さな声でつぶやくと、小さく息をついた。
「もし叔父様に会っても冥府に行く方法が見つからなかったら、ずっとここに居ればいい。もう少しだけなら、お前と過ごす時間を増やしてやる」
ギルバートの言葉にメルは目を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます。では、ご迷惑にならない範囲で押しかけますね」
「そうだな。お前ならその辺りを上手くやってくれそうだ」
ギルバートもまた微笑み返してくれる。
「お前の素性は時間がかかっても絶対見つけて……」
ギルバートは言葉の途中でくしゃみをした。
「そろそろお部屋に戻られた方がいいと思います。お風邪を召されますよ」
「そうだな。メルも来るといい」
「えっ……」
普段ならそろそろお暇して、メルは猫のフラウの所に行く時間だ。
「今日くらいは夜通し付き合ってやると言ってるんだ」
「いいんですか?」
「ああ。途中で寝てしまう可能性はあるけどな」
「構いません。それでも! あ、でも先に、フラウの所に行ってもいいですか? 最後になるかもしれないから顔を見ておきたくて」
「厩舎に住み着いてる猫だったか。構わない」
ギルバートは微笑むと、メルに向かって手を差し伸べた。
「はい」
ギルバートの質問に頷いてから、メルは地上に舞い降りた。
メルの足は地に付かない。だから、意志の力で地に付いているように見せるだけだ。
ホールドの姿勢を取ると、ギルバートの体が触れる手と腰から人肌の温もりが伝わってくる。
「私に触れて寒くないですか?」
ハイランド王国の気候は冷涼なので、夏でも夜は長袖の上着が必要である。
しっかり上着を着込んでいるとはいえ、メルの体に触れて大丈夫なのだろうか。
心配になって尋ねると微笑みが返ってきた。
「大丈夫だ。それよりも準備はいいか?」
「はい」
頷くと、ギルバートはステップを踏んだ。メルもそれに合わせて体を動かす。
記憶はないのに体が覚えている。
ギルバートのリードが丁寧なのもあって、メルはちゃんと踊れている自分に驚いた。
満天の星明かりの下、青薔薇が咲き乱れる庭園で誰もが憧れる王子様と踊るなんて、夢の中にいるみたいだ。
「目の前にこんないい男がいるんだ。屑の事なんか忘れろ」
踊りながら話しかけられて、メルは目をぱちくりさせた。
「凄い自信ですね」
「間違ってるか?」
真顔で聞き返されて、思わず考える。
確かにギルバートは、地位・身分・容姿、全てを兼ね備えているだけでなく、性格も少し尊大な所はあるけれど、大きな問題はない。
「……間違ってないですね」
「間があったのは気になるが当然だ。私は少なくとも婚約者がいるのに、その親友に乗り換えるような不誠実な真似はしない」
「わかりませんよ。男の人は美人に弱いじゃないですか」
「顔がいいだけの女は家族で見慣れてる」
一理ある。ハイランドのロイヤルファミリーは美男美女揃いだ。
母、兄嫁、妹と、ギルバートはタイプの違う美女に取り囲まれている。
「なんでよりにもよって婚約者の友人を選ぶのか……。惹かれたらまずい相手を傍に寄せ付けるからいけないんだ」
ギルバートの発言を聞いた瞬間、メルの頭の中を一つ場面がよぎった。元婚約者と幼馴染みが二人きりで出かけているのを目撃した場面だ。
ズキンと頭が痛み、足を止めてしまう。
「きゃ……」
ダンスの最中だったからメルはバランスを崩す。しかし転ぶ前にギルバートが力強く体を支えてくれた。
「ありがとう、ございます……」
ふわりとウッディ系の優しい香りが鼻腔をくすぐる。
頻繁にギルバートの部屋を訪れていたメルは知っている。これは、ギルバートが愛用する香水の香りだ。
意識すると顔がかあっと熱くなった。
「重さを感じないんだな。……体が浮いているからか」
ギルバートはメルの体を支え、体勢を整えてくれた。
「私、生きてる時に殿下のような男性と知り合えたら良かったです」
ぽつりとつぶやくと、ギルバートは一瞬体を硬直させた。
「……光栄だ」
わずかな間と表情から彼の照れを読み取って、メルは口元に笑みを浮かべた。
「まさかからかったのか?」
「そんなつもりは……! 本心ですよ!」
ギルバートはまだ疑いの目を向けてくる。
メルは小さく息をつくと、彼から青薔薇へと視線を向けた。
「馬鹿ですね、私。よく考えたら人類の半分は男性なのに、元婚約者を逃したらそれ以上の人とは巡り会えないと思い込んでいたんです」
自殺なんてしなければ良かった。世の中には、彼より優れた人なんて探せばきっといっぱいいる。
「……明日、叔父様に会うのは怖くないのか?」
ギルバートの質問に、メルは微苦笑を浮かべた。
「怖くないと言ったら嘘になりますけど……このまま幽霊として生活するのも結構辛いので……」
「そうなのか?」
「はい。眠れないのは辛いです。私の姿が見えるのはギル様だけですし。時間が経つのがとても長くて……」
「もっと私のところに来てもよかったのに」
「ご迷惑はかけたくありませんから」
メルは眉を下げた。きっと今の自分はすごく情けない顔をしているはずだ。
「たぶんなんですけど、私がもっと図々しく押し掛けていたら、そんな気持ちにはならなかったと思いますよ」
「……そうかもな」
ギルバートは小さな声でつぶやくと、小さく息をついた。
「もし叔父様に会っても冥府に行く方法が見つからなかったら、ずっとここに居ればいい。もう少しだけなら、お前と過ごす時間を増やしてやる」
ギルバートの言葉にメルは目を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます。では、ご迷惑にならない範囲で押しかけますね」
「そうだな。お前ならその辺りを上手くやってくれそうだ」
ギルバートもまた微笑み返してくれる。
「お前の素性は時間がかかっても絶対見つけて……」
ギルバートは言葉の途中でくしゃみをした。
「そろそろお部屋に戻られた方がいいと思います。お風邪を召されますよ」
「そうだな。メルも来るといい」
「えっ……」
普段ならそろそろお暇して、メルは猫のフラウの所に行く時間だ。
「今日くらいは夜通し付き合ってやると言ってるんだ」
「いいんですか?」
「ああ。途中で寝てしまう可能性はあるけどな」
「構いません。それでも! あ、でも先に、フラウの所に行ってもいいですか? 最後になるかもしれないから顔を見ておきたくて」
「厩舎に住み着いてる猫だったか。構わない」
ギルバートは微笑むと、メルに向かって手を差し伸べた。