幽霊令嬢と『視える』王子様~婚約者を奪われたので自殺した令嬢、霊媒体質の第二王子にまとわり憑く~
幽霊令嬢の正体 02
メルヴィナの体は、現在ニコラスの神術に守られて、アンブローズ侯爵家の首都屋敷で眠っているそうだ。
「……ニューゲートから首都に移したんですか? わざわざ……?」
メルヴィナは恐る恐る尋ねた。すると、ニコラスはあっさりと肯定する。
「ああ。首都の方が霊的に安定していて安全だからね。悪霊や悪魔に目を付けられたら悪用されかねないから、ご家族と相談して君のお祖父様の屋敷に移したんだ。ご両親も今はそちらに移られて、君の目覚めを待っていらっしゃるよ」
「そう、ですか……」
顔を知らない祖父の話をされても今一つ実感できなかったが、両親を心配させていると思うと胸が痛んだ。
「私、どうして首都にいたんでしょうか……?」
「うーん、体の移動に引き寄せられたか、この土地に思い入れがあったかのどちらかだと思うんだけど……。正直首都にいてくれて良かったよ。霊体は脆くて弱いからね。悪霊や悪魔の餌食になっている可能性も考えられるなと思ってたんだ」
ニコラスの発言にゾッとした。
かつてギルバートから、首都から出るなと言われたのを思い出す。
「さて、メルヴィナ嬢。今の君の体は医療と神術を併用してどうにか生命を持たせている状態だ。神の加護にも限界がある。一刻も早く体に戻った方がいい」
ニコラスはメルヴィナにそう告げると席を立ち、外に待機する従者に、アンブローズ侯爵邸に向かうよう言付けた。
「侯爵邸には私も同行してもいいでしょうか?」
席に戻ってきたニコラスは、ギルバートの申し出に眉をひそめた。
「……ギルが付いてきても、メルヴィナ嬢の体とは対面させて貰えないと思うよ。恐らくご家族が許さない。かなり衰弱しているんだ」
「それでもメルとはここまで深く関わってしまったので……どうせならなるべく近くで立ち会いたいです」
「ご家族からあらぬら疑いをかけられる可能性もあるけど、それも覚悟の上なのかな」
「それは……」
ギルバートはぐっと詰まった。そしてメルヴィナに視線を向ける。
「私は構わないがメルに迷惑を掛けてしまうな」
「へ? 私ですか?」
突然話を振られて、メルヴィナはきょとんと首を傾げた。
「私が同行して、メルの魂と頻繁に行動を共にしていたとお前の家族が知ったら、その、特別な関係なのではという疑いをかけられる可能性があるという事だ」
「あ……それはそう、かもしれませんね……」
「これでも私は一応結婚相手としては優良だからな。アンブローズ侯爵がメルと私の仲を誤解した場合、これ幸いと縁談を進めてしまうかもしれない。メル、今のお前にそこまで考える余裕はないんじゃないのか?」
「えっと……そうですね。生きていたのも驚きなら、自分にお祖父様がいるというのも初耳なので……ニコラス猊下から聞かせて頂いたお話を、正直自分でも消化できないでいます……」
「そうだろうな。だから私は遠慮させてもらう。……ここで一旦お別れだな」
ギルバートはそう告げると、どこか寂しげに微笑んだ。
◆ ◆ ◆
ギルバートとは再会を誓いあって別れ、メルヴィナは、ニコラスが手配したアンブローズ侯爵邸に向かう馬車へと乗り込んだ。
そして、ニコラスの座る席の向かい側にふよふよと浮かび、ギルバートの発言を頭の中で反芻する。
(『構わない』って仰ったわよね……?)
メルヴィナとギルバートの関係について、第三者からあらぬ疑いをかけられたとしても。
いや、気のせいだ。自惚れるな。
メルヴィナは自分に言い聞かせた。
地位、身分、財産、容姿、何もかもを兼ね備えている完璧な王子様が、自分に対して特別な感情を抱いているなんてありえない。
全てを思い出した今は自分の顔も鮮明に思い出せる。自分の容姿は、一応可愛い方に該当するのではないかと思うが、とびっきりの美女ではない。
世の中にはもっと綺麗な人は山ほどいる。たとえば幼馴染のジュリアとか。
彼女は誰もが見惚れる儚げな美貌の持ち主だった。
絹糸のように艶やかなプラチナブロンドに、同色の煙るように長い睫毛、鮮やかなセルリアンブルーの瞳、薔薇色の頬、華奢でありながら、出るべき場所はしっかりと出た女性らしい体つき――。
彼女に比べると、茶色の髪に灰色の瞳の自分はどうしたって見劣りする。
メルヴィナの髪色は母ドロシーから、瞳の色は父リチャードから受け継いだものだ。顔立ちも然りなので、自分の容姿を卑下するつもりはないのだが、それでも彼女のような見た目だったら人生随分と違ったに違いない。
ジュリアの事を思い出すとまた憂鬱になってきて、メルヴィナは小さく息をついた。すると、向かい側に座るニコラスが声をかけてくる。
「不安かな?」
「そうですね。お祖父様に会うのは初めてですし、本当に体に戻れるのか考えると、ちょっと怖いです」
メルヴィナは微苦笑を浮かべた。
「家庭環境については私が口を出す事ではないんだけど、セオドア殿はずっと後悔されていたみたいだよ。頭ごなしに君のお母様を否定したせいで絶縁状態になってしまったから」
祖父という人が両親の結婚を反対した理由はわかる。侯爵家の嫡男とウェルシュの亡命貴族では身分差がありすぎる。
「セオドア殿はこっそりと調査をさせて、君達一家の事を気にかけていたみたいだね。何か困った事が起こった時には手を差し伸べられるように」
「そうだったんですか……。あの、お祖父様は猊下から見てどんな方ですか?」
「うーん、私からの印象を話して余計な先入観を持つよりも、自分の目で見た方がいいと思うよ」
ニコラスは言葉を濁すと苦笑いした。
「こんな回答でごめんね」
「いえ、猊下の仰る通りだと思います。答えにくい質問をして申し訳ありませんでした」
メルヴィナは首を振るとニコラスに謝罪した。
「お祖母様はどんな方ですか?」
「侯爵夫人は君が産まれる前に亡くなられてる。……そういえば君はお祖母様に似てるね。だからきっとセオドア殿は君を可愛がってくれるよ。君のお祖父様とお祖母様は仲睦まじい事で有名だったからね」
その言葉にメルは少しだけ不安が和らいだ
「体の方もきっと大丈夫だよ。最悪神術で補助するつもりだしね。大変なのは体に戻ってからかな。君の体はかなり痩せてしまっているから、しばらくは療養生活になるんじゃないかな。元通りになるまでかなり時間がかかると思う」
ニコラスの返事にメルヴィナは首を傾げた。
「そんなに大変なんでしょうか?」
「昔私が足を骨折した時は、元通り歩けるようになるまで半年くらいかかったな」
その返事にメルヴィナは目を丸くする。
「固定期間が一か月だったかな? 人間の体は動かさないと筋力がすごい勢いで落ちて行くように出来ているらしいんだ」
「じゃあ、寝たきりの私の体は……」
「骨折よりも長くかかるだろうね」
そんな会話を交わしているうちに、馬車はアンブローズ侯爵邸にたどり着いた。
「……ニューゲートから首都に移したんですか? わざわざ……?」
メルヴィナは恐る恐る尋ねた。すると、ニコラスはあっさりと肯定する。
「ああ。首都の方が霊的に安定していて安全だからね。悪霊や悪魔に目を付けられたら悪用されかねないから、ご家族と相談して君のお祖父様の屋敷に移したんだ。ご両親も今はそちらに移られて、君の目覚めを待っていらっしゃるよ」
「そう、ですか……」
顔を知らない祖父の話をされても今一つ実感できなかったが、両親を心配させていると思うと胸が痛んだ。
「私、どうして首都にいたんでしょうか……?」
「うーん、体の移動に引き寄せられたか、この土地に思い入れがあったかのどちらかだと思うんだけど……。正直首都にいてくれて良かったよ。霊体は脆くて弱いからね。悪霊や悪魔の餌食になっている可能性も考えられるなと思ってたんだ」
ニコラスの発言にゾッとした。
かつてギルバートから、首都から出るなと言われたのを思い出す。
「さて、メルヴィナ嬢。今の君の体は医療と神術を併用してどうにか生命を持たせている状態だ。神の加護にも限界がある。一刻も早く体に戻った方がいい」
ニコラスはメルヴィナにそう告げると席を立ち、外に待機する従者に、アンブローズ侯爵邸に向かうよう言付けた。
「侯爵邸には私も同行してもいいでしょうか?」
席に戻ってきたニコラスは、ギルバートの申し出に眉をひそめた。
「……ギルが付いてきても、メルヴィナ嬢の体とは対面させて貰えないと思うよ。恐らくご家族が許さない。かなり衰弱しているんだ」
「それでもメルとはここまで深く関わってしまったので……どうせならなるべく近くで立ち会いたいです」
「ご家族からあらぬら疑いをかけられる可能性もあるけど、それも覚悟の上なのかな」
「それは……」
ギルバートはぐっと詰まった。そしてメルヴィナに視線を向ける。
「私は構わないがメルに迷惑を掛けてしまうな」
「へ? 私ですか?」
突然話を振られて、メルヴィナはきょとんと首を傾げた。
「私が同行して、メルの魂と頻繁に行動を共にしていたとお前の家族が知ったら、その、特別な関係なのではという疑いをかけられる可能性があるという事だ」
「あ……それはそう、かもしれませんね……」
「これでも私は一応結婚相手としては優良だからな。アンブローズ侯爵がメルと私の仲を誤解した場合、これ幸いと縁談を進めてしまうかもしれない。メル、今のお前にそこまで考える余裕はないんじゃないのか?」
「えっと……そうですね。生きていたのも驚きなら、自分にお祖父様がいるというのも初耳なので……ニコラス猊下から聞かせて頂いたお話を、正直自分でも消化できないでいます……」
「そうだろうな。だから私は遠慮させてもらう。……ここで一旦お別れだな」
ギルバートはそう告げると、どこか寂しげに微笑んだ。
◆ ◆ ◆
ギルバートとは再会を誓いあって別れ、メルヴィナは、ニコラスが手配したアンブローズ侯爵邸に向かう馬車へと乗り込んだ。
そして、ニコラスの座る席の向かい側にふよふよと浮かび、ギルバートの発言を頭の中で反芻する。
(『構わない』って仰ったわよね……?)
メルヴィナとギルバートの関係について、第三者からあらぬ疑いをかけられたとしても。
いや、気のせいだ。自惚れるな。
メルヴィナは自分に言い聞かせた。
地位、身分、財産、容姿、何もかもを兼ね備えている完璧な王子様が、自分に対して特別な感情を抱いているなんてありえない。
全てを思い出した今は自分の顔も鮮明に思い出せる。自分の容姿は、一応可愛い方に該当するのではないかと思うが、とびっきりの美女ではない。
世の中にはもっと綺麗な人は山ほどいる。たとえば幼馴染のジュリアとか。
彼女は誰もが見惚れる儚げな美貌の持ち主だった。
絹糸のように艶やかなプラチナブロンドに、同色の煙るように長い睫毛、鮮やかなセルリアンブルーの瞳、薔薇色の頬、華奢でありながら、出るべき場所はしっかりと出た女性らしい体つき――。
彼女に比べると、茶色の髪に灰色の瞳の自分はどうしたって見劣りする。
メルヴィナの髪色は母ドロシーから、瞳の色は父リチャードから受け継いだものだ。顔立ちも然りなので、自分の容姿を卑下するつもりはないのだが、それでも彼女のような見た目だったら人生随分と違ったに違いない。
ジュリアの事を思い出すとまた憂鬱になってきて、メルヴィナは小さく息をついた。すると、向かい側に座るニコラスが声をかけてくる。
「不安かな?」
「そうですね。お祖父様に会うのは初めてですし、本当に体に戻れるのか考えると、ちょっと怖いです」
メルヴィナは微苦笑を浮かべた。
「家庭環境については私が口を出す事ではないんだけど、セオドア殿はずっと後悔されていたみたいだよ。頭ごなしに君のお母様を否定したせいで絶縁状態になってしまったから」
祖父という人が両親の結婚を反対した理由はわかる。侯爵家の嫡男とウェルシュの亡命貴族では身分差がありすぎる。
「セオドア殿はこっそりと調査をさせて、君達一家の事を気にかけていたみたいだね。何か困った事が起こった時には手を差し伸べられるように」
「そうだったんですか……。あの、お祖父様は猊下から見てどんな方ですか?」
「うーん、私からの印象を話して余計な先入観を持つよりも、自分の目で見た方がいいと思うよ」
ニコラスは言葉を濁すと苦笑いした。
「こんな回答でごめんね」
「いえ、猊下の仰る通りだと思います。答えにくい質問をして申し訳ありませんでした」
メルヴィナは首を振るとニコラスに謝罪した。
「お祖母様はどんな方ですか?」
「侯爵夫人は君が産まれる前に亡くなられてる。……そういえば君はお祖母様に似てるね。だからきっとセオドア殿は君を可愛がってくれるよ。君のお祖父様とお祖母様は仲睦まじい事で有名だったからね」
その言葉にメルは少しだけ不安が和らいだ
「体の方もきっと大丈夫だよ。最悪神術で補助するつもりだしね。大変なのは体に戻ってからかな。君の体はかなり痩せてしまっているから、しばらくは療養生活になるんじゃないかな。元通りになるまでかなり時間がかかると思う」
ニコラスの返事にメルヴィナは首を傾げた。
「そんなに大変なんでしょうか?」
「昔私が足を骨折した時は、元通り歩けるようになるまで半年くらいかかったな」
その返事にメルヴィナは目を丸くする。
「固定期間が一か月だったかな? 人間の体は動かさないと筋力がすごい勢いで落ちて行くように出来ているらしいんだ」
「じゃあ、寝たきりの私の体は……」
「骨折よりも長くかかるだろうね」
そんな会話を交わしているうちに、馬車はアンブローズ侯爵邸にたどり着いた。