幽霊令嬢と『視える』王子様~婚約者を奪われたので自殺した令嬢、霊媒体質の第二王子にまとわり憑く~
薔薇園の出会い 03
メルは物に触れない。だから、ソファの上に座っているように見える姿勢を取った。
それを見届けたギルバートは、メルの向かい側に移動して腰を下ろしてから声を掛けてくる。
「まず名前を聞こうか。お前は私を知っているみたいだが、私はお前がどこの誰か知らない」
「嫌々なのに一応聞いて下さるんですね」
渋い表情のギルバートにメルは首を傾げながら尋ねた。
「呼びかけるのに不便だからな。亡者と呼んでいいのなら別に名乗らなくてもいい」
不機嫌な表情が少しだけ面白くて、メルはクスリと笑った。それから彼に向かって名乗る。
「メルです」
「……それは愛称ではないのか? 家名は?」
「それが覚えてなくって……わかるのは、周りの人達からはメルって呼ばれてた事だけなんです」
「……記憶喪失なのか」
「はい。気が付いたら国立美術館の前にいて……どうしていいのかわからなくてフラフラしていたらここに」
メルの答えを聞いたギルバートは顔をしかめた。
「宮殿には亡者や悪魔を排除する結界が張られているはずなんだが……」
「へえ……宮殿には私以外の幽霊がいなかったのは、その結界が影響してたんでしょうか?」
「……普通は弾かれるはずなのに……。何なんだお前。祓魔術も効かなかったし」
ギルバートはじっとりとした目をメルに向けてきた。
「そんなの私にもわからないです! だって自分の事もわかりませんから!」
えっへんと胸を張ると舌打ちされた。
「きっと私、冥府に行くべきだと思うんですけど……どうすればいいのかもわからないんですよねぇ。どうすればいいんでしょう?」
「私に聞かれても知るか。祓魔術が効かない亡者なんて初めてだ」
ギルバートは不貞腐れた表情でソファの肘掛けにもたれかかると頬杖をついた。
スタイルのいい美形だからそんな姿も様になっているけれど、案外お行儀が悪い。
「殿下に私が見えるのは、王族でいらっしゃるからですか?」
「……その中でも特に霊的感応力――俗に言う霊感が高いからだな。私は『視える』体質なんだ」
ギルバートは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「大抵の王族は普通の人間よりも霊感は高いんだが、私は規格外らしいんだ。ハイランディア教団の規定に当てはめればお前は三級よりの二級ってところか。その薄さだと父上や兄上にはたぶん視えないだろうな」
ハイランディア教は、建国の神にして初代王妃たる女神ハイランディアを奉じるこの国の国教である。
その末裔である王族は、普通の人間とは違って生まれながらに神気と呼ばれる聖なる力を放出する能力を持ち、様々な神術を使いこなす。
神術は一般人でも習得は可能だが、まず神気の放出ができるようにならなくてはいけない。
王族の血を祖先に持つ高位の貴族の中には、王族同様に生まれながらに神気を放出できる者はいるが極めて稀だ。
神気の放出能力を会得するには、高い信仰力と厳しい修行に加え才能が必要と言われている。
神気も神術も、『神気覚醒者』と呼ばれる限られた人間だけが行使できる秘蹟なのである。
「あの、三級よりの二級ってどういう意味ですか?」
「亡者の能力を規定する等級だ。一級は俗に悪霊と呼ばれる極めて強力な亡者で祓魔師の討伐対象だ。二級以下は普通の人間には害にはならない。ただし、私のような霊感の高い者にとっては別だ。連中、自分が視える者に飢えているからな。ここぞとばかりに襲って来たりまとわり憑いたり……」
「へえ、そうなんですか……」
「現にお前は私に憑きまとってるじゃないか」
「確かに!」
納得すると、じろりと睨まれた。
「う……だって、幽霊になってから初めて私が見えた人が殿下だったから……。私は少しお話をしたかっただけなので、襲ったりはしません! 約束します!」
力一杯に主張すると、ギルバートはため息をついた。
「お前が変な亡者なのは間違いないな。気配が襲ってくる連中とは全然違う。理性的で言葉が通じる亡者に会ったのは初めてだ。祓魔術が効かなかったのと何か関係があるのか……」
ギルバートは顎に手を当て、険しい表情でぶつぶつとつぶやいた。
「……私ってそんなに変なんでしょうか?」
「変だな」
即答だった。
「一般的に、亡者はより本能に忠実になる。未練や死の直前の苦痛などに縛られて、感情がむき出しの状態になるんだ。生き返りたいという想いを強く持っている亡者の場合、私が『視える』人間だと認識すると襲い掛かってくる事が多い」
「そうなんですか? 私が街中で見た幽霊はあらぬ方向を見てブツブツとつぶやいてたり、ぼんやりしているかのどちらかだったんですけど……」
「それは『消えかけ』だな。亡者は時が経てばいずれ自分が何者だったかを忘れていく。そして、全てを忘れるとこの世から消滅する。恐らく冥府へと旅立つんだと思う」
ハイランディア教の教義では、死者の魂は一旦地の底にある冥府へと赴き審判を受けるとされている。
そして善良な魂は転生の輪に入り、罪人の魂は地獄の牢獄に収監され、生前の罪を濯ぐと信じられていた。
「……このミストシティにはハイランディア教団の本部があるからな。強い亡者も悪魔もまずいない。発生してもすぐに祓魔師に駆除される」
幽霊も悪魔も祓魔師の討伐対象だ。
悪霊は死者の魂、悪魔はそれ以外で人間に害をなすものを指す言葉で、吸血鬼、人狼など、多種多様な種族が存在するらしい。
彼らは、人間の発する負の感情が極限まで凝った時に発生すると言われている。
「……だから私が街中で見た幽霊達は存在感が薄くて意思疎通も難しそうだったんでしょうか」
「そうだな。それと、幽霊は教団用語では一律で亡者と呼ぶ。覚えておくといい」
「へえ、そうなんですか……」
どっちでもいいのでは、と思ったが、とりあえずメルは頷いておいた。
「……私の記憶が曖昧なのは死んだのが影響しているのでしょうか?」
「そうかもな。それだけ自我が残っていたら、自然消滅にはかなりの時間がかかりそうだが」
メルはギルバートの発言に眉をひそめた。ギルバート以外にメルを認識できる人がいない現状では、退屈な時間を長く強いられる事になるのでは、と思ったからだ。
「高位の聖職者の方々なら私が視える可能性がありますか?」
「お前は結構薄いからどうだろうな……ニコラス叔父様なら視えるんじゃないかと思うんだが……あの人の霊感は私とそう変わらない」
「ニコラス叔父様って、もしかして最高司祭猊下の事ですか?」
メルの質問にギルバートは頷いた。
教団の頂点に君臨する最高司祭は、代々王族が務める事になっている。現在の最高司祭を務めるニコラスは、ギルバートの父である現国王ウォルターの弟だ。
「ニコラス叔父様は聖職者としての訓練を子供の頃から受けているから、私よりずっと強い神気を持っているし、この世ならぬものの知識も豊富だ。お前に祓魔術が効かない理由や、お前のような亡者を冥府へ送る方法をご存知かもしれない」
「わかりました。退屈でどうしようもなくなったら、ミストシティ大聖堂に行ってみます」
ミストシティ大聖堂はハイランディア教団の本部だ。
「……随分と冥府に行くのに乗り気なんだな。私がこれまでに出会った亡者はどいつもこいつも未練が強く、目が合うと人の体を奪い取ろうと襲い掛かって来るような奴らばかりだったんだが……」
「だから亡者が苦手なんですか?」
「そうだ。神術の発動には聖句の詠唱と神術図形を構築する時間が必要だから、何の下準備もなく遭遇したら、祓魔術が発動するまでの間地獄を見る」
ギルバートは盛大に顔をしかめながら、これまでに遭遇した恐怖体験をメルに語って聞かせた。
亡者達は、祓魔術が発動するまで、あの手この手でギルバートの体の中に入り込もうとしてくるらしい。
「亡者共が体の中に入ってこようとする感覚はそれはもうおぞましいんだ。体の中に大量のミミズが入り込んでうぞうぞと蠢くような感じだ。連中に比べたらこちらを殺しに来る悪魔の方がまだ可愛げがある」
「……ミミズを体に這わせたことがあるんですか?」
「そんな訳ないだろう。もののたとえだ。お前、何かズレているな……」
馬鹿にするような目を向けられ、メルはむうっと膨れた。
「力技で来るのはまだいいんだ。中には髪を引っ張って毛根を痛めつけようとしたり、その……変な場所を触ってくる奴もいたり……」
「変なところ?」
「詳しく聞いて欲しくない場所だ」
ギルバートは青ざめるとぶるりと震えた。
その様子にメルは何となく察すると、思わず彼の股間に視線を向けた。
「そんな目でそこを見るな! はしたない! お前一応女だろ!」
怒り出したという事は、メルの推測は正解らしい。
「確かに精神攻撃をするには良さそうです……」
自分が彼の立場だったとして、おじさんやおじいさんの幽霊にいやらしい事をされたら、心に相当な傷を負う。
「変な事をされるのも問題ですが、髪を引っ張るのも悪質ですね……」
「そうだ。将来禿げたらどうしてくれるんだ!」
「うーん、何もしなくても危ないような……?」
「お前、今父上の顔を思い浮かべただろ」
その通りだったのでメルは目を逸らした。
彼の父、ウォルター王は禿げている訳ではない。ただ、ちょっと寂しくなったなという印象なだけだ。五年後、十年後は危ういのではと思われる状態である。
「クソっ、なんで私は父上に似てしまったんだ」
目の覚めるような美形が未来の頭髪を心配している様子が面白くて、メルは思わず吹き出した。
「……記憶喪失の癖に、父上や私の顔はわかるんだな」
ギルバートは憮然とした表情でメルに尋ねてきた。
「そうですね。一般常識的なものは覚えています。首都の地理とか王様の名前とか……」
「服装や言葉遣いからするとおそらくそこそこの階級の出身だな。未練がないのは記憶がないからか……」
「未練がない訳ではないですね。自殺したのを後悔はしています」
メルの言葉に、ギルバートは眉間に皺を寄せる。
「お前の死因は自殺なのか? なんでまた……」
「えっと……幼馴染みに婚約者を取られちゃって……」
メルは眉を下げると、首を吊るに至った理由をぽつりぽつりと話して聞かせた。
それを見届けたギルバートは、メルの向かい側に移動して腰を下ろしてから声を掛けてくる。
「まず名前を聞こうか。お前は私を知っているみたいだが、私はお前がどこの誰か知らない」
「嫌々なのに一応聞いて下さるんですね」
渋い表情のギルバートにメルは首を傾げながら尋ねた。
「呼びかけるのに不便だからな。亡者と呼んでいいのなら別に名乗らなくてもいい」
不機嫌な表情が少しだけ面白くて、メルはクスリと笑った。それから彼に向かって名乗る。
「メルです」
「……それは愛称ではないのか? 家名は?」
「それが覚えてなくって……わかるのは、周りの人達からはメルって呼ばれてた事だけなんです」
「……記憶喪失なのか」
「はい。気が付いたら国立美術館の前にいて……どうしていいのかわからなくてフラフラしていたらここに」
メルの答えを聞いたギルバートは顔をしかめた。
「宮殿には亡者や悪魔を排除する結界が張られているはずなんだが……」
「へえ……宮殿には私以外の幽霊がいなかったのは、その結界が影響してたんでしょうか?」
「……普通は弾かれるはずなのに……。何なんだお前。祓魔術も効かなかったし」
ギルバートはじっとりとした目をメルに向けてきた。
「そんなの私にもわからないです! だって自分の事もわかりませんから!」
えっへんと胸を張ると舌打ちされた。
「きっと私、冥府に行くべきだと思うんですけど……どうすればいいのかもわからないんですよねぇ。どうすればいいんでしょう?」
「私に聞かれても知るか。祓魔術が効かない亡者なんて初めてだ」
ギルバートは不貞腐れた表情でソファの肘掛けにもたれかかると頬杖をついた。
スタイルのいい美形だからそんな姿も様になっているけれど、案外お行儀が悪い。
「殿下に私が見えるのは、王族でいらっしゃるからですか?」
「……その中でも特に霊的感応力――俗に言う霊感が高いからだな。私は『視える』体質なんだ」
ギルバートは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「大抵の王族は普通の人間よりも霊感は高いんだが、私は規格外らしいんだ。ハイランディア教団の規定に当てはめればお前は三級よりの二級ってところか。その薄さだと父上や兄上にはたぶん視えないだろうな」
ハイランディア教は、建国の神にして初代王妃たる女神ハイランディアを奉じるこの国の国教である。
その末裔である王族は、普通の人間とは違って生まれながらに神気と呼ばれる聖なる力を放出する能力を持ち、様々な神術を使いこなす。
神術は一般人でも習得は可能だが、まず神気の放出ができるようにならなくてはいけない。
王族の血を祖先に持つ高位の貴族の中には、王族同様に生まれながらに神気を放出できる者はいるが極めて稀だ。
神気の放出能力を会得するには、高い信仰力と厳しい修行に加え才能が必要と言われている。
神気も神術も、『神気覚醒者』と呼ばれる限られた人間だけが行使できる秘蹟なのである。
「あの、三級よりの二級ってどういう意味ですか?」
「亡者の能力を規定する等級だ。一級は俗に悪霊と呼ばれる極めて強力な亡者で祓魔師の討伐対象だ。二級以下は普通の人間には害にはならない。ただし、私のような霊感の高い者にとっては別だ。連中、自分が視える者に飢えているからな。ここぞとばかりに襲って来たりまとわり憑いたり……」
「へえ、そうなんですか……」
「現にお前は私に憑きまとってるじゃないか」
「確かに!」
納得すると、じろりと睨まれた。
「う……だって、幽霊になってから初めて私が見えた人が殿下だったから……。私は少しお話をしたかっただけなので、襲ったりはしません! 約束します!」
力一杯に主張すると、ギルバートはため息をついた。
「お前が変な亡者なのは間違いないな。気配が襲ってくる連中とは全然違う。理性的で言葉が通じる亡者に会ったのは初めてだ。祓魔術が効かなかったのと何か関係があるのか……」
ギルバートは顎に手を当て、険しい表情でぶつぶつとつぶやいた。
「……私ってそんなに変なんでしょうか?」
「変だな」
即答だった。
「一般的に、亡者はより本能に忠実になる。未練や死の直前の苦痛などに縛られて、感情がむき出しの状態になるんだ。生き返りたいという想いを強く持っている亡者の場合、私が『視える』人間だと認識すると襲い掛かってくる事が多い」
「そうなんですか? 私が街中で見た幽霊はあらぬ方向を見てブツブツとつぶやいてたり、ぼんやりしているかのどちらかだったんですけど……」
「それは『消えかけ』だな。亡者は時が経てばいずれ自分が何者だったかを忘れていく。そして、全てを忘れるとこの世から消滅する。恐らく冥府へと旅立つんだと思う」
ハイランディア教の教義では、死者の魂は一旦地の底にある冥府へと赴き審判を受けるとされている。
そして善良な魂は転生の輪に入り、罪人の魂は地獄の牢獄に収監され、生前の罪を濯ぐと信じられていた。
「……このミストシティにはハイランディア教団の本部があるからな。強い亡者も悪魔もまずいない。発生してもすぐに祓魔師に駆除される」
幽霊も悪魔も祓魔師の討伐対象だ。
悪霊は死者の魂、悪魔はそれ以外で人間に害をなすものを指す言葉で、吸血鬼、人狼など、多種多様な種族が存在するらしい。
彼らは、人間の発する負の感情が極限まで凝った時に発生すると言われている。
「……だから私が街中で見た幽霊達は存在感が薄くて意思疎通も難しそうだったんでしょうか」
「そうだな。それと、幽霊は教団用語では一律で亡者と呼ぶ。覚えておくといい」
「へえ、そうなんですか……」
どっちでもいいのでは、と思ったが、とりあえずメルは頷いておいた。
「……私の記憶が曖昧なのは死んだのが影響しているのでしょうか?」
「そうかもな。それだけ自我が残っていたら、自然消滅にはかなりの時間がかかりそうだが」
メルはギルバートの発言に眉をひそめた。ギルバート以外にメルを認識できる人がいない現状では、退屈な時間を長く強いられる事になるのでは、と思ったからだ。
「高位の聖職者の方々なら私が視える可能性がありますか?」
「お前は結構薄いからどうだろうな……ニコラス叔父様なら視えるんじゃないかと思うんだが……あの人の霊感は私とそう変わらない」
「ニコラス叔父様って、もしかして最高司祭猊下の事ですか?」
メルの質問にギルバートは頷いた。
教団の頂点に君臨する最高司祭は、代々王族が務める事になっている。現在の最高司祭を務めるニコラスは、ギルバートの父である現国王ウォルターの弟だ。
「ニコラス叔父様は聖職者としての訓練を子供の頃から受けているから、私よりずっと強い神気を持っているし、この世ならぬものの知識も豊富だ。お前に祓魔術が効かない理由や、お前のような亡者を冥府へ送る方法をご存知かもしれない」
「わかりました。退屈でどうしようもなくなったら、ミストシティ大聖堂に行ってみます」
ミストシティ大聖堂はハイランディア教団の本部だ。
「……随分と冥府に行くのに乗り気なんだな。私がこれまでに出会った亡者はどいつもこいつも未練が強く、目が合うと人の体を奪い取ろうと襲い掛かって来るような奴らばかりだったんだが……」
「だから亡者が苦手なんですか?」
「そうだ。神術の発動には聖句の詠唱と神術図形を構築する時間が必要だから、何の下準備もなく遭遇したら、祓魔術が発動するまでの間地獄を見る」
ギルバートは盛大に顔をしかめながら、これまでに遭遇した恐怖体験をメルに語って聞かせた。
亡者達は、祓魔術が発動するまで、あの手この手でギルバートの体の中に入り込もうとしてくるらしい。
「亡者共が体の中に入ってこようとする感覚はそれはもうおぞましいんだ。体の中に大量のミミズが入り込んでうぞうぞと蠢くような感じだ。連中に比べたらこちらを殺しに来る悪魔の方がまだ可愛げがある」
「……ミミズを体に這わせたことがあるんですか?」
「そんな訳ないだろう。もののたとえだ。お前、何かズレているな……」
馬鹿にするような目を向けられ、メルはむうっと膨れた。
「力技で来るのはまだいいんだ。中には髪を引っ張って毛根を痛めつけようとしたり、その……変な場所を触ってくる奴もいたり……」
「変なところ?」
「詳しく聞いて欲しくない場所だ」
ギルバートは青ざめるとぶるりと震えた。
その様子にメルは何となく察すると、思わず彼の股間に視線を向けた。
「そんな目でそこを見るな! はしたない! お前一応女だろ!」
怒り出したという事は、メルの推測は正解らしい。
「確かに精神攻撃をするには良さそうです……」
自分が彼の立場だったとして、おじさんやおじいさんの幽霊にいやらしい事をされたら、心に相当な傷を負う。
「変な事をされるのも問題ですが、髪を引っ張るのも悪質ですね……」
「そうだ。将来禿げたらどうしてくれるんだ!」
「うーん、何もしなくても危ないような……?」
「お前、今父上の顔を思い浮かべただろ」
その通りだったのでメルは目を逸らした。
彼の父、ウォルター王は禿げている訳ではない。ただ、ちょっと寂しくなったなという印象なだけだ。五年後、十年後は危ういのではと思われる状態である。
「クソっ、なんで私は父上に似てしまったんだ」
目の覚めるような美形が未来の頭髪を心配している様子が面白くて、メルは思わず吹き出した。
「……記憶喪失の癖に、父上や私の顔はわかるんだな」
ギルバートは憮然とした表情でメルに尋ねてきた。
「そうですね。一般常識的なものは覚えています。首都の地理とか王様の名前とか……」
「服装や言葉遣いからするとおそらくそこそこの階級の出身だな。未練がないのは記憶がないからか……」
「未練がない訳ではないですね。自殺したのを後悔はしています」
メルの言葉に、ギルバートは眉間に皺を寄せる。
「お前の死因は自殺なのか? なんでまた……」
「えっと……幼馴染みに婚約者を取られちゃって……」
メルは眉を下げると、首を吊るに至った理由をぽつりぽつりと話して聞かせた。