幽霊令嬢と『視える』王子様~婚約者を奪われたので自殺した令嬢、霊媒体質の第二王子にまとわり憑く~
帰ってきた幽霊令嬢 01
このハイランド王国において、七月は巣立ちの季節で、夏の盛りを前に各地の学校では卒業式が執り行われる。
ギルバートはそのうちの一つ、聖ルーグ学院の卒業式に出席するため、宮殿の外に出ていた。
ハイランドの初代国王の名を冠する聖ルーグ学院は、上流階級の子弟に高等教育と将来の人脈作りの場を提供するために創設された王立の男子校である。
王立であるがために、入学式や卒業式には王族の誰かが出席して挨拶するのが慣例となっていた。
霊的感能力――霊感が非常に高いギルバートが宮殿から外出する時は、心構えと下準備が必要だ。
ハイランディア教団の頂点に君臨する叔父、ニコラス最高司祭に聖別してもらった護符を持たないと、安心して外出できない。
それでも王族が居住し、ハイランディア教団の本部がある首都ミストシティには、強い力を持つ悪魔も亡者もいないのでまだマシな方だ。
悪魔も亡者も等しく人間にとって敵である。
悪魔は人の血肉や魂を喰うし、現世への未練が強い亡者は、人間の体を乗っ取ろうとするからだ。
発生を確認すれば即討伐対象となる悪魔と違い、亡者の強さには個体差がある。
そのためハイランディア教団では、亡者の危険度を一級から三級の三段階に分類していた。
一級は霊感がない一般人にも影響を及ぼすほどの力を備えており、教団が擁する祓魔師の討伐対象だ。俗に悪霊とも呼ばれている。
中には瘴気――神気とは対極に位置する穢れた力を発し、様々な心霊現象を引き起こす個体もいるので危険である。
二級は神気を扱える者になら視えるものの、一般人に害を及ぼすほどではない亡者を指す言葉だ。
三級は極めて強い霊感を持つ者にのみ認識できる亡者である。この等級の亡者は『消えかけ』とも呼ばれ、自我を失いかけている場合が多い。
大多数の人間にとって一級亡者以外は害にならない。しかし、極めて強い霊感を持つギルバートにとっては等級に関わらず全ての亡者が敵だった。
連中は自分を認識出来る者に飢えている。目が合うとわらわらと寄ってきて、時に肉体を乗っ取ろうと襲い掛かって来るのだ。
聖別された特別な護符を身に着けるなど、事前に対策をしておかないとギルバートは宮殿を出られない。そんな自分に苦笑いが漏れた。
そして、ふと半月ほど前に出会った奇妙な亡者、メルの事を思い出す。
ミルクチョコレートのような茶色の髪に、光の加減で銀色にも見える灰色の瞳を持つ、可愛らしい印象の若い女性だった。
結界が張られているはずの宮殿内に侵入してきた彼女は、目が合っても襲いかかって来ず、亡者の癖に理性と知性を備えていた。
彼女の事を思い出したのは、馬車の窓から聖ルーグ学院が見えたからかもしれない。彼女はあそこにやけに興味を示していた。
だが、学院は上流階級の子弟が通う学校とはいえ、良くも悪くも思春期の男が集う空間である。時に賭け事や下品な会話、くだらない馬鹿騒ぎなどが繰り広げられている。
実情を知って幻滅しなければいいのだが――。
(まさか男の着替えを覗いたりは……)
自分が逆の立場なら……と、紳士にあるまじき事を考えかけて、ギルバートは首を振った。そして無理矢理別の方向に思考を向ける。
ギルバートは上着の内ポケットに入れた封筒からスピーチの原稿を取り出すと、頭の中で予行練習を始めた。
◆ ◆ ◆
本当は外出が必要な公務は避けたいが、王族の一員である以上そういう訳にはいかない。むしろ人に会うのが王族の仕事とも言える。
父王は、ギルバートの体質を考慮し、首都の公務を中心に割り振ってくれていた。
王族と教団の本部がある首都は、地方に比べると、人ならぬモノの数は圧倒的に少ない。
いつものように、なるべく亡者を視界に入れないようにして学院での公務を終え、宮殿に帰りついたギルバートはほっと一息ついた。
だが――。
自分の部屋に入ったギルバートは、ドアを開くなり、その場で立ち止まって硬直した。
部屋の中央に、ふわふわと浮かんでいる半透明の女性がいたせいだ。
メルだった。
彼女はギルバートを見るとぱあっと顔を輝かせる。
「あっ! 殿下! お帰りなさい!」
「…………」
もしかして、聖ルーグ学院の建物を見た時に彼女を思い出したのは、虫の知らせという奴だったのだろうか。
ギルバートは思わず渋い表情をした。
「殿下、どうかされましたか?」
声を掛けてきたのは、公務に同行しており、背後に付き従っていたギルバート付きの侍従のルイスだ。
「メルが戻ってきた……」
「メル?」
「半月前にここに来た女の亡者だ」
「円満にお帰り頂いたはずなのに、また来たんですか?」
ルイスは目を丸くした。
「えっと、ごめんなさい、殿下にご相談したい事があって……」
メルはふわふわとこちらに移動しながら、申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「……相談したい事があると言っている」
ギルバートはルイスに通訳した。
「聞いてあげたらいいんじゃないですか?」
こちらの気も知らず気軽に言うルイスに向かって、ギルバートは思わず顔をしかめた。
ギルバートはそのうちの一つ、聖ルーグ学院の卒業式に出席するため、宮殿の外に出ていた。
ハイランドの初代国王の名を冠する聖ルーグ学院は、上流階級の子弟に高等教育と将来の人脈作りの場を提供するために創設された王立の男子校である。
王立であるがために、入学式や卒業式には王族の誰かが出席して挨拶するのが慣例となっていた。
霊的感能力――霊感が非常に高いギルバートが宮殿から外出する時は、心構えと下準備が必要だ。
ハイランディア教団の頂点に君臨する叔父、ニコラス最高司祭に聖別してもらった護符を持たないと、安心して外出できない。
それでも王族が居住し、ハイランディア教団の本部がある首都ミストシティには、強い力を持つ悪魔も亡者もいないのでまだマシな方だ。
悪魔も亡者も等しく人間にとって敵である。
悪魔は人の血肉や魂を喰うし、現世への未練が強い亡者は、人間の体を乗っ取ろうとするからだ。
発生を確認すれば即討伐対象となる悪魔と違い、亡者の強さには個体差がある。
そのためハイランディア教団では、亡者の危険度を一級から三級の三段階に分類していた。
一級は霊感がない一般人にも影響を及ぼすほどの力を備えており、教団が擁する祓魔師の討伐対象だ。俗に悪霊とも呼ばれている。
中には瘴気――神気とは対極に位置する穢れた力を発し、様々な心霊現象を引き起こす個体もいるので危険である。
二級は神気を扱える者になら視えるものの、一般人に害を及ぼすほどではない亡者を指す言葉だ。
三級は極めて強い霊感を持つ者にのみ認識できる亡者である。この等級の亡者は『消えかけ』とも呼ばれ、自我を失いかけている場合が多い。
大多数の人間にとって一級亡者以外は害にならない。しかし、極めて強い霊感を持つギルバートにとっては等級に関わらず全ての亡者が敵だった。
連中は自分を認識出来る者に飢えている。目が合うとわらわらと寄ってきて、時に肉体を乗っ取ろうと襲い掛かって来るのだ。
聖別された特別な護符を身に着けるなど、事前に対策をしておかないとギルバートは宮殿を出られない。そんな自分に苦笑いが漏れた。
そして、ふと半月ほど前に出会った奇妙な亡者、メルの事を思い出す。
ミルクチョコレートのような茶色の髪に、光の加減で銀色にも見える灰色の瞳を持つ、可愛らしい印象の若い女性だった。
結界が張られているはずの宮殿内に侵入してきた彼女は、目が合っても襲いかかって来ず、亡者の癖に理性と知性を備えていた。
彼女の事を思い出したのは、馬車の窓から聖ルーグ学院が見えたからかもしれない。彼女はあそこにやけに興味を示していた。
だが、学院は上流階級の子弟が通う学校とはいえ、良くも悪くも思春期の男が集う空間である。時に賭け事や下品な会話、くだらない馬鹿騒ぎなどが繰り広げられている。
実情を知って幻滅しなければいいのだが――。
(まさか男の着替えを覗いたりは……)
自分が逆の立場なら……と、紳士にあるまじき事を考えかけて、ギルバートは首を振った。そして無理矢理別の方向に思考を向ける。
ギルバートは上着の内ポケットに入れた封筒からスピーチの原稿を取り出すと、頭の中で予行練習を始めた。
◆ ◆ ◆
本当は外出が必要な公務は避けたいが、王族の一員である以上そういう訳にはいかない。むしろ人に会うのが王族の仕事とも言える。
父王は、ギルバートの体質を考慮し、首都の公務を中心に割り振ってくれていた。
王族と教団の本部がある首都は、地方に比べると、人ならぬモノの数は圧倒的に少ない。
いつものように、なるべく亡者を視界に入れないようにして学院での公務を終え、宮殿に帰りついたギルバートはほっと一息ついた。
だが――。
自分の部屋に入ったギルバートは、ドアを開くなり、その場で立ち止まって硬直した。
部屋の中央に、ふわふわと浮かんでいる半透明の女性がいたせいだ。
メルだった。
彼女はギルバートを見るとぱあっと顔を輝かせる。
「あっ! 殿下! お帰りなさい!」
「…………」
もしかして、聖ルーグ学院の建物を見た時に彼女を思い出したのは、虫の知らせという奴だったのだろうか。
ギルバートは思わず渋い表情をした。
「殿下、どうかされましたか?」
声を掛けてきたのは、公務に同行しており、背後に付き従っていたギルバート付きの侍従のルイスだ。
「メルが戻ってきた……」
「メル?」
「半月前にここに来た女の亡者だ」
「円満にお帰り頂いたはずなのに、また来たんですか?」
ルイスは目を丸くした。
「えっと、ごめんなさい、殿下にご相談したい事があって……」
メルはふわふわとこちらに移動しながら、申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「……相談したい事があると言っている」
ギルバートはルイスに通訳した。
「聞いてあげたらいいんじゃないですか?」
こちらの気も知らず気軽に言うルイスに向かって、ギルバートは思わず顔をしかめた。