地味子は腹黒王子に溺愛され同居中。〜学校一のイケメンが私にだけ見せる本当の顔〜
あの頃には、もう。
あの頃には、もう。
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あの後、私は足の怪我の処置をしてもらった。
でもしばらくは安静にしてなさいって言われちゃって、今みんなが楽しくお昼ご飯のカレーを作っている中、私は1人コテージの自室にいた。
座りながら食材を切るくらいは出来たからやってたんだけど、それも終わったから私の出番はもう無し。
外でみんなの様子を見るのはいいって言われたんだけど、なんだかすごく疲れちゃったみたいで。
眠たくなったから、部屋で待っておくことにした。
聖那さん、目合わせてくれなかったな……。
カレーを作っている時も何回か会ったんだけど、聖那さんはこちらを見向きもしなかった。
足は痛いし、聖那さんには避けられる。
なんで、こうなっちゃったんだろ……?
ベッドの上で眠たいのに眠れないまま20分ほどぼーっとしていると、ドアがコンコン、とノックされた。
「はーい……?」
もしかしてカレーが出来たのかな?
ドアが開く。
そこにいたのは聖那さんだった。
「聖那さん、どうして………」
あ、やっぱり目を合わせてくれない。
それに、聖那さんはなぜか辛そうな顔をしていた。
「足、大丈夫なのか?」
「あっ、えっと、手当してもらってからだいぶ良くなりましたよっ。あ、立ってみます?」
よいしょ、と言って立ち上がろうとした時。
「足、大丈夫なんかじゃないって分かってる。痛いんだから、立とうとするな。な?」
微笑みながらそう言って、起こした体をベッドに戻されてしまった。
実際、立つにはまだ痛かった。
でも、平気だということを無理してでも伝えたかった。
「でも、聖那さん………私には、聖那さんの方が無理して笑っているように見えます」
今も微笑んでいる聖那さんの表情には、隠しきれていない辛さがあった。
「どうしてそんなに辛い顔をしているんですか……?」
聖那さんには笑っていて欲しい。
聖那さんがそんな顔をしていたら、私まで悲しくなってくる。
「……優羽が怪我したの、俺のせいかもしれない」
ベッドに浅く座り、突然泣きそうな顔で言った聖那さん。
俺のせいかもしれないって……でもあれは女の子たちが……。
「それ、ただコケて怪我したんじゃないだろ」
「……!どうして……」
瑠依先輩にはさっき言って頷いてくれたし、どうして聖那さんが知ってるの……?
「理由は今は言えない。全部終わってから話すから、だから……俺のこと待っててくれるか?」
「………」
聖那さん、そんな悲しい顔されて、断れるわけないじゃないですか。
「はい、待ってます。いつまでも」
すると、聖那さんは弱々しい笑顔でまた笑った。
時には狼になったり、憧れの王子様になったり、こうして悲しい顔をしたり……。
周りにはたくさん頼れる人がいるのに、いつも1人で解決しようとしてしまう不器用な人。
私、そんな聖那さんが好き。
いつか、あのイタズラな笑顔が聖那さんに戻るまで、いつまでだって、私は待っている。
「……ありがとう、優羽」
そして聖那さんは私の頬にキスをして、部屋を出ていった。
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お昼は詩乃ちゃんがカレーができたと呼びに来てくれて、みんなと食べるカレーはとても美味しかった。
そして今はキャンプファイヤー中で、時刻は19時半。
みんなで焚き火を囲うように椅子を置いて、至福のひとときを過ごしている。
「焚き火あったか〜……」
詩乃ちゃんが手を伸ばしながら言う。
「ふふ、そうだね。焚き火って、見てたらなんでか分からないけど癒されるよね」
「ね〜」
焚き火にはそれに加えて、自分の気持ちを強くする効果でもあるのだろうか。
私は今、聖那さんのことで頭がいっぱい。
いつからか分からないけど、聖那さんのことを好きになっていた。
聖那さんと初めてキスをした時?
それとも迷っている私を助けてくれた時?
それとも………。
いつ好きになったにせよ、今私は猛烈に聖那さんに会いたくなっている。
2年生のいる焚き火の方へ行けば、きっと会える。
でも約束したから、私は聖那さんを信じて待つ。
時間が過ぎるのって、こんなに遅かったっけ……?
聖那さんに会いたい。
聖那さんとのお家に帰りたい。
明日の夜になればその願いは叶うのに、待ち遠しくてじっとしていられない。
早く明日にならないかな……。
そう思いながら、美味しそうに焼けたマシュマロを口いっぱいに頬張った。
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翌日。
昨日はあんなに待ち遠しかったのに、来てしまえばあっという間だったような気もする。
予定通りの時間に身支度をして朝食会場へ向かい、制限時間の30分以内に私たち生徒は朝食を食べ終えた。
そして各自コテージの荷物を片付け山を下り、バスで3時間ほどかけて学園へと戻った。
「とうちゃ〜くっ」
詩乃ちゃんが愉快にバスを降りる。
ただいま、と心の中で呟く。
今日はもう授業はないから、寮に帰ろう。
そう思っていたけど、私は肝心なことを思い出した。
私そういえば、次のテストの範囲表教室に忘れちゃってるんだった!
一昨日の夜、勉強しようと思ったら範囲表がなくて困ってたんだよね。
だから、教室に範囲表を取りに行ってから寮へ戻ることにした。
もうすっかり覚えた道を辿って、1年Aクラスへ到着。
そして自分の机の中を覗く。
でも、記憶通りの場所に範囲表はなく。
私どこに置いたのかな……?
くまなく机の中を探すけど、それらしきものは見つからない。
本気で不安になり始めた時、教室のドアの方からクスクス、と笑い声が聞こえた。
「必死になって探しちゃって、バカみたい」
「いくら探しても無いのにね」
そこには、足を引っかけてきた子とは別の2人の女の子が。
もしかして……。
「あなたたちが盗ったの?」
「盗ったとか人聞きの悪い。一昨日の昼休憩の時、床に落ちてたから預かってただけ」
そう言っている子の右手には範囲表が握られていた。
く、クシャクシャだけど……。
「そうだったの?ありがとう。じゃ、じゃあ……返してくれるかな?」
でも、一向に返してくれる気配はない。
「あんたが神代くんたちから離れるならいいよ」
「っ………」
また、神代くんたちって……。
聖那さんたちから離れたら、きっと本当に嫌がらせはなくなる。
“あの頃”にはもう、戻りたくない。
……でも、でもっ。
私はもう、自分の気持ちを知ってしまったから。
聖那さんから、離れたくない。
今日だって昨日からずっと待ってて、やっと聖那さんに会えるのに。
聖那さんたちに会えなくなるくらいなら、私の範囲表なんて。
それに、聖那さんだって私のことを好きって言ってくれた。
それは、私の好きとは違う好きかもしれない。
でも、少しくらい期待したって、いいよね?
大きく息を吸って。
「……せ、聖那さんは、私のことが……大好きっ……らしい、から……」
勇気を出して言ったのに、途中から自信がなくなってくる。
本当に、聖那さんは私のこと好きなのかな……?
「はあ?なわけないでしょ」
「調子乗らないでくんない?」
その2人の言葉が、余計に私の自信を奪っていく。
………私、何言ってるんだろ。
そう思った時には、足が勝手に動いていた。
範囲表のことなんて忘れて、寮へ一直線に走った。
見慣れたドアを勢いよく開ける。
その先には、私の愛しい人が。
「はぁ、はぁ……聖那さん」
「優羽?そんなに慌ててどうし、た……」
聖那さんは途中で言葉を止める。
それは多分、私が聖那さんに抱きついたから。
「会いたかったです……」
たった1日しか経っていないのにこんなにも会いたくなるなんて、恋ってちょっと不便かも。
「っ………優羽、待っててって言ったろ?優羽が足りてない今こんなことされたら俺、ヤバい、から………」
でも、離れてとは言えないんでしょ、聖那さん?
今まで思ったことのないようなことを、頭の隅で言っている自分がいることに気がつく。
「……聖那さん、私のこと好きですか?」
ずっと不安だったことを尋ねる。
すると、聖那さんははっきり言った。
「っ……そんなん好きに決まってる、大好き。優羽も俺が優羽のこと愛してるって分かってるだろ?」
「っ、なら……一瞬くらい、約束忘れてもいいと思いますけど……」
そして、私から聖那さんにキスをした。
「っ〜〜!?……コイツめ。あーも、言ったからな?後悔すんなよ」
後悔なんて、絶対しません。
その思いを込めて聖那さんに笑いかける。
「優羽、愛してる」
「私もです。愛してます、聖那さん」
お互いに愛を伝え、蜜のように甘い時間を過ごした。
私を見つめてくる聖那さんの綺麗な青色の瞳が、余計に私の体を熱くした──。
──────
足の怪我は治り、聖那さんと両思いな事も確認できとても嬉しい中、林間学校から1週間経った今も続いている嫌がらせに、うんざりな日々を送っている。
教科書や体操服を隠されたり、聞こえるように言ってくる陰口だとか、その程度の嫌がらせ。
やっぱり、聖那さんたちと離れたほうがいいのかな……?
そう心が揺らいでしまうこともあるけど、そんな時は心の中で聖那さんに好きを10回言って、絶対に離れない!という気持ちを復活させている。
だけど、それじゃあ嫌がらせはなくならない。
どうしようかな……って最近はずっと考えてるんだけど、いいアイデアが思い浮かばない。
はぁ……とため息が出る思いで今日も一日がスタート。
靴を脱いで、シューズに履き替えようと靴箱の中を見ると、そこには虫の死骸が。
「ひっ………」
その光景は叫ぶこともできないくらいに酷いものだった。
幸い今日は月曜日で、シューズを忘れたという言い訳が通じる日だったので、学校からシューズを借りることにした。
なんかちょっと、頭痛いかも……。
さっきの光景と、今までの少しずつの嫌がらせにやられたのか、頭痛を覚える。
でも多分熱は無いし、授業もちゃんと受けないと。
そう思い、保健室には行かなかった。
「おはよう、詩乃ちゃん、牙央くん」
「おはよ〜優羽」
「おはよ」
教室に入り、いつも私より早く来ている2人に挨拶をする。
教科書をカバンから机へ移していると。
「優羽、なんか元気ない?」
「ああ。というか最近ずっと」
「えっ……そ、そうかな」
わざと聞こえるように言ってくる陰口も、私1人の時しか言ってこないから、2人は私が受けている嫌がらせのことを知らない。
でも、それでいい。
2人には心配をかけたくないから。
「私、全然大丈夫なんだけどな……」
「そう?ならいいんだけど……」
「何かあるんなら遠慮せず話してくれていいんだからな」
「うん、ありがとう」
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とは言ったものの………
正直キツイかも。
今日全ての授業を終えた放課後の今、私はよろよろと廊下を歩いています。
私と同じく部活に入っていない牙央くんたちはとっくに帰っていて、実は立つのも難しかった私は、少し残ってから帰ると嘘をついた。
そして20分経った今、やっとの力で寮に帰ろうとしている。
もしかしたら熱あるかも……朝には無かったのに……。
無理をして授業を受けたのが原因みたい。
いよいよ視界がボヤけてきた。
そんな時。
「えっ、ちょっと小戸森さん?大丈夫、フラフラしてるけど……」
不安定な視界で見ると、そこには3人の女子生徒が。
そのうちの1人の女の子が声をかけてくれた。
私の心配してくれる人、いたんだ……。
「保健室行こう?肩貸すから」
「ありがとう………」
そして2人の肩を借りて保健室へ向かう。
……あれ、保健室ってこっちだったっけ。
1階にあるから、階段は登らないんじゃ……まあ、いっか………。
頭痛とめまいで限界だった私はそこまで深く考えなかった。
「着いたよ」
その言葉と同時に、私の体が強く押される。
ドンっ……と鈍い音が周りに響く。
「っ………」
「こんな簡単に騙されるなんて」
「首席とは思えないくらいマヌケね」
ああ……私、騙されたんだ……。
状況を飲み込み、いとも簡単に着いて行った惨めな自分を嫌う。
ほんと、バカだな……私。
ここがどこなのかも、よく分からない。
「ま、私らの仕事はここまでだし」
「ふっ、いい気味」
「じゃあね〜」
そう言って3人が去っていくと同時にガタンっと音がなり、周囲が突然暗くなる。
「………え」
突然の状況に更に頭痛が増す。
私もしかして……閉じ込められた?
そ、そんな……いやだ……っ
「だれか……たすけて……っ」
弱い力でドアらしきものを叩く。
でも今の私には力が入らず、大きな声も出ない。
真っ暗な部屋で、以前寮で停電した時のように、また“あの日”のことが頭に思い浮かぶ。
雷は鳴ってないとはいえ、閉じ込められているという状況はとても怖い。
私、どうなるんだろう……?
早く牙央くんたちに相談しておけば、こんなことにはならなかったのかな。
今考えても遅いことを後悔する。
怖さというよりも、体調の面で意識が遠のいてくる。
届くはずないけど、心の中で強く願う。
聖那さん、助けて……っ