地味子は腹黒王子に溺愛され同居中。〜学校一のイケメンが私にだけ見せる本当の顔〜
好きの種類 牙央side
好きの種類
牙央side
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幼稚園ではほとんど関わりを持っておらず、優羽と初めて話したのは、中学校に入学した次の日だった。
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昼休憩。
みんながグラウンドや図書室へ行ってはしゃいでいる時、俺は昨日の宿題だった『中学校で頑張りたいこと』というなんとも面倒な作文を担任に提出しに行くところだった。
中庭の横の道を選んだのは、俺のクラスからはその道を通ったほうが職員室へ近い、くらいの理由からだった。
すると、ふと、中庭にあるベンチに座って俯いている1人の女子生徒が目に入った。
ただ通りすぎるなんて、出来やしなかった。
弱っている子猫のようで、今にも消えてしまいそうだったから。
相手は本物の子猫ではないけど、怯えてしまわないように優しい足音で近づいた。
「おい、大丈夫か?」
そう言うと、ゆっくり顔を上げたその猫。
「どうして……?」
「何がだ?」
「みんな、私のことを避ける。なのになんで君は私に声をかけてくれたの?」
こいつ……小学校でいじめられてきたのか?
中学でもそうなるとは限らないのに。
……ああ、そっか。もう、諦めてんのか。
それに気づくと、もう、そいつに構わずにはいられなかった。
「名前は?あ、俺は弓波牙央。1年1組」
すると、なんとも弱々しい声で、聞いている相手なんかいないみたいに言った。
「小戸森優羽……1年3組」
「そっか、教えてくれてありがとう」
ちゃんと、自分のこと言えたな……とも言おうと思ったけど、同い年で会ったばかりの変なやつにそんなこと言われたらキモイと思われるか、と言わなかった。
向こうからは……じゃなくて、小戸森の方からは何も話そうとしなかった。
なんか話題……。
「好きなもんとか、ある?」
考えてやっと出てきた話題がこれか、と自分で呆れる。
「………スミレ」
「スミレって、花だよな?」
そう聞くと、コクッと頷く小戸森。
「理由、聞いてもいいか?」
しばらく黙っているから、嫌なら無理しなくてもいいと言おうとした時。
「………お母さんが、好きだった花なの」
だったってことは……もう好きじゃないのか?とは聞けなかった。
聞いちゃいけない感じがしたから。
「そうか。綺麗だよな、スミレ」
話を合わせるためとかじゃなく、単にあの道端を彩る純粋無垢な紫は綺麗だと、そう思った。
俺が同意すると、小戸森は………
息を飲むほど綺麗に笑った。
目立たないけど、確かに強い意志を持って咲いている、スミレのように。
弱った子猫みたいなのにも関わらず、スミレが、母親が大好きだという気持ちから、あんなにも眩しく笑えるのかと。
そんなに嬉しかったのかと。
俺は衝撃だった。
と同時に、この子猫……小戸森を、元気いっぱいに、幸せにしてあげたいと思った。
自覚していなかったけど、最初は同情の気持ちが大きかったのだと思う。
数日後に、風の噂で小戸森は母親を病気で亡くしていると知った時は、余計に。
でも、その気持ちはいつの間にか恋に変わっていた。
自分の気持ちに気がついたのは、優羽に誕生日プレゼントをもらった時だった。
「牙央くん、13歳のお誕生日おめでとうっ!はいこれ、誕生日プレゼント!」
その頃には、お互い名前で呼び合う仲になっていた。
優羽も初めて会った時に比べたら、俺の前ではずいぶん明るくなった。
7月10日……あ、俺今日誕生日か。
でもまさか、優羽から誕生日プレゼントを貰えるなんて思ってもいなかった。
「えっ、まじ?ありがと……やばいわ、俺、めっちゃ嬉しい」
「ふふっ、まだ中見てないのに?」
「いや、プレゼントじゃなくて。優羽に誕生日祝って貰えたのが嬉しくて」
「っ私も、牙央くんに喜んでもらえてすっごく嬉しいよっ。牙央くん、うまれてきてくれて、あの日私に声をかけてくれてありがとう!私今、牙央くんのおかげてすごく幸せなんだっ」
その幸せにしてくれた本人の前で自慢げに話す優羽。
……ああ、なんだかんだ、俺、寂しかったのか。
優羽ほどではないけど、両親はあまり家に帰らず、いつも祖父母と飼っているペットたちと過ごしていた。
じいちゃんとばあちゃん、ハムスターのうに、三毛猫のちゃちゃがいるから、寂しくないと思っていた。
けど、心の中では少し、愛を求めていたのかもしれない。
ペットを飼いたいと思ったのも、両親が家に帰る日が減り始めてからだった気がする。
そんな中、俺より愛を求めている優羽に出会い、まんまとハマったわけだ。
優羽の全てを愛した。
優羽の笑顔、声、瞳、緊張したり嘘をつく時に髪を触ってしまうクセ、足音。
優羽を愛した俺は、寂しさを忘れた。
そして積み重ねてきた日々を形にしたものが、優羽に貰ったこの誕生日プレゼントのように思えて。
『あの日声をかけてくれてありがとう』
その言葉を聞いた瞬間に自覚した。
ああ俺、優羽のことが好き。
優羽を抱きしめたい衝動に駆られたけど、それを我慢しながらプレゼントを開けると、中にはブックカバーと万年筆が。
ブックカバーには、スミレの刺繍がしてあった。
俺が中身を見たのを確認してから、優羽がプレゼントの説明をし出す。
「あっ、えっとね、私どうせならずっと使えるものがいいなって思って。私牙央くんの書く字が好きだから、万年筆を選んだの」
俺の字が好きだと言われた時、今までに感じたことのない感覚に襲われた。
落ち着け、俺……!
好きなのは、俺の字だ、字!
そう言い聞かせても、心臓は音をうるさくするばかり。
「そう、なのか………」
「うんっ。ブックカバーは、牙央くんよく本読んでるでしょ?だから……。スミレは、私からのプレゼントだって忘れて欲しくなかったから……」
照れくさそうに言う優羽。
言われなくても、絶対忘れねぇよ。
俺も恥ずかしくて、そうは言えなかった。
最高の誕生日にしてくれた優羽を抱きしめたい、けど。
2か月前くらい。
優羽から男の人が怖いということと、過去のことを聞いたのは。
聞いた時は、腹の底から湧いてくる怒りを鎮めるのに大変だったのを覚えている。
優羽を怯えさせるわけにはいかないと。
男性恐怖症なのは当然今も変わらない。
そんな優羽に突然抱きついたら、いくら誕生日プレゼントを渡す仲の俺でも、怖がられるかもしれなかった。
それで優羽が離れていくのは、俺にとって何よりも怖いことだった。
だからグッと抑えて。
「………好きだよ、優羽」
小さく呟いた。
当時の俺には、それが精一杯だった。
告白なんてしてしまえば、フラれるのは目に見えていたから。
優羽の好きと俺の好きは違うと、話せば話すほど、痛いくらいに伝わってくる。
優羽にとって俺は恋愛対象じゃない、血の繋がっていない頼れるお兄ちゃんくらいの存在なのだと。
それでも、俺は満足だった。
優羽がおじさん以外で唯一話せる異性で、友達だったから。
優羽を独占している気分だった。
なのに。
優羽が生徒会長の部屋に入っていったのを見た40分後くらいに、優羽が生徒会長と同じ部屋で住むことになったと言ってきた。
しれっと、話せる異性が増えていた。
相手は蒼穹学園の生徒会長。
聞くところによると、運動神経も良いらしい。
顔、運動神経、学力。
全てにおいて、俺より秀でていた。
そんな奴に、優羽のファーストキスを奪われた。
……たぶん、ファーストキス。
俺は中学ん時からずっと我慢してきたのに、会って初日のヤツに優羽をとられそうになる感覚は、恐怖でしかなかった。
裏の顔を持つアイツへの不満と焦りが混ざって、ついにしてしまった。
キスを、大勢の視線がある教室の中で。
「ばーか、俺が言ってんのはこの好きだよ」
気づかなすぎだろ、天然め。
「がお、く……?」
戸惑ってんの、可愛すぎ。
相手は本気で驚いているのにこんなことを考えてしまう俺は、愛という脅威に頭をヤられてしまったのか。
「優羽、大好き。俺と付き合ってほしい」
こんな無愛想な言い方しかできない。
でも、優羽への気持ちの大きさは、どんな言い方でも表せないくらい大きい。
「ご、ごめ……」
返事だって、こちとら3年前からとっくにわかってる。
「ああ、わかってる。俺のこと、“そーゆー目”で見たことなかったんだろ?でもこれからは……」
本物でない優羽の髪に触れながら言う。
「俺から目離せねぇくらい愛しまくってやる」
「っ……牙央くん、変だよ……」
「なんで?」
「だ、だって、私に……き、キスしたり、好き、とか……言うんだもん」
優羽の方が身長が低いから自然と上目遣いになる。
っ……ほんと、この変装だけじゃ耐えれる気ぃしねぇ……。
アイツの前でも、この顔見せてんのか……?
そう思うと耐え難い嫉妬心に駆られる。
牙央くん、といつも駆け寄ってきていた猫。
俺のペット渡す気なんか全くもってねぇよ。
安心しろ生徒会長サマ。
アンタを泥棒猫にするつもりはねぇから、な?