地味子は腹黒王子に溺愛され同居中。〜学校一のイケメンが私にだけ見せる本当の顔〜
オオカミとライオン
オオカミとライオン
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牙央くんからの告白のあと、さっきまで静まり返っていたのが嘘のように教室は様々な声に包まれた。
牙央くんは何故か満足そうな顔をしているし、詩乃ちゃんはニヤニヤしているしで、教室から逃げたいと思うまでそう時間はかからなかった。
牙央くんが後ろにいると思うと、授業も集中できなかった。
先生の問いを聞いておらず答えらなかった私に、牙央くんは
「集中出来てねぇけど、意識してんの?」
ってイジワルなこと言ってきて。
「そんなことっ………」
「俺は集中できてねぇけど。前の席のコが可愛すぎてさ」
「っ〜〜!」
何も言い返すことが出来なかった。
ただでさえ状況を飲み込めていないのに、そんな言葉で攻撃されたら、私………っ。
もう、私の知っている牙央くんではなかった。
聖那さんと牙央くん。
2人ともにドキドキしてるなんて……。
入学してまだ1日なのに、色んなこと起こりすぎじゃない?と思っていたら昼休憩がやってきた。
詩乃ちゃんと一緒に学食を食べに向かった。
その道中も、周りから注がれる視線は痛かった。
なぜなら。
詩乃ちゃんと2人のはずだったのに、隣には牙央くんもいるからだ。
やっと教室から出れて解放されたと思ったのに……。
さっきから牙央くんとはずっと目を合わせていない。
その理由は分かりきっている。
あんなことされたら、目合わせられるわけないよ……。
隣を歩いている詩乃ちゃんは、この状況を楽しんでいるようだった。
「今じゃすっかり学園中に噂広まったねぇ。1年の次席でイケメンな弓波牙央が教室で首席の地味女にキスした〜って。だれが地味だって!?優羽と話したこともない
くせに、実はこ〜んなに可愛いのよ?ねぇ、弓波?」
私のほっぺたをムニムニしながら言う詩乃ちゃん。
って、大事なのはムニムニじゃなくて!
詩乃ちゃんどうして牙央くんに聞くの〜!?
ただでさえ心臓バクバクなのに、牙央くんにそんな質問したら殺し文句が返ってくるに決まってるじゃん〜!
頭の中で騒ぎながら牙央くんの返答を待つ。
牙央くんはイタズラな笑みを浮かべて言った。
「そうだな、優羽は可愛い。逆に可愛すぎて困る。でも周りが優羽のこと地味って思ってんなら俺からしたら好都合だな」
「っ、ど、どうして……?」
「そんなん、優羽を独り占めできるからに決まってんだろ」
「っ〜〜牙央くん、ズルいよ……」
私が甘い言葉に慣れてないの、知ってるくせに……。
ズルいという私の言葉に牙央くんは反応した。
「ズルいのは優羽だろ。自分が可愛いっていう自覚を持て、そんで距離を保て。じゃねぇと俺が耐えらんねぇから、な?」
親の子供へのしつけみたいなテンションでそんなこと言われても……。
「はいは〜い、弓波はここまで。こっからは私が優羽への愛を語るから」
「は!?お前俺にももっと言わせろ!」
「いやだ。もう十分でしょ?私の可愛いゆ〜うちゃんっ」
ムニムニの次は歩きながら私に抱きついてきた詩乃ちゃん。
「ふふっ、なあに?」
「私からの告白聞いてくれる?」
うっ、詩乃ちゃんかわいい……。
私なんかよりも、詩乃ちゃんの方がずっと可愛いのに、どうして聖那さんと牙央くんは私なんだろう?
不思議に思いながら、私は詩乃ちゃんにいいよ、と返事をした。
「私の大好きな優羽は、まず可愛くて〜、まつ毛長くて〜、スタイルよくて〜、頭もよくて〜……」
と、詩乃ちゃんの告白は食堂に着くまでずっと続いた。
お昼ご飯は、食堂で食べるか自分でお弁当を作って持ってくるかの2択がある。
どっちも半々くらいって聞くけど……それにしては食堂に来ている生徒が多い気がする。
日替わりランチが美味しそう……とか?
案の定そんなはずはなく。
詩乃ちゃんに聞くと、すぐに答えが出た。
「ああ、なんか今日生徒会が食堂に来るらしいよ?」
「えっ!?」
「あ?」
今日の朝同様、生徒会という単語に反応してしまう私たち。
「ね、ねぇ詩乃ちゃん、生徒会ってことは、生徒会長さんもいたり……?」
「もちろん!」
笑顔で詩乃ちゃんが答える。
ああ、終わった……さよなら、私の平穏な学園生活……。
聖那さんも私が牙央くんにき、キスされたって、知ってるのかな……?
嫉妬……なんて、しないよね。
それが少し悲しく思えた。
私、なんで………。
そんなことを考えているうちに、牙央くんの治安がいつもより悪くなっていっていた。
「アイツ……ぶん殴ってやる……」
後ろから縁起でもない言葉が聞こえたような気がしてバッと振り返る。
今牙央くん殴るって言ったよね?
いや、でも、流石に本当に殴ったりは、ね?
「牙央くん、相手は生徒会長だからね?ね?だめだよ?」
すると、牙央くんはニッコリ笑って。
よかった……本気じゃないみたい。
かと思ったら。
「はっ、それがどうかしたのか、優羽?」
よく見ると目が笑ってない!?
「ちょ、ちょっと待って牙央くん。嘘だよね、牙央く……」
すると、私の声なんてかき消すように、女子生徒の甲高い声が食堂を覆う。
「きゃ〜!見て、副会長の澄枝時雨くん!クールなのが最高っ。1度でいいからあの顔で見下されたい……」
「おい待て、今日は会計の皇惺蘭ちゃんもいるぞ!マジ天使だよなっ。理想の彼女だわ……あれ、でも皇兄のほうがいないな」
「ほんとだ!え〜、瑠依くん見たかった〜」
皇……兄?
生徒会で同じ苗字ってことは2人とも同い年……皇惺蘭先輩には、双子のお兄さんがいるのかな……?
学園の生徒なら誰しもが知っているようなことを私が考えている間も、「生徒会の誰が推しか」という話題は続いた。
「俺さ、副会長の成川沙希がどタイプでさ!あのクールたけど華がある感じ?」
「嘘つくなよお前、華とか分かんねぇくせに」
「私は断然書記の小野瀬乃蒼くん!だって男の子なのに私よりかわいいしさ、あんなに萌え袖似合ってる子いないよ〜!」
「いや書記で言うならの花丘優理くんでしょ!お兄さんキャラで面倒見がいいの!」
その時。
「あ……優理……」
隣で詩乃ちゃんがそう呟いた気がしたのは気のせいかな?
「でもでも、やっぱり1番は神代聖那くんでしょ!」
あ、聖那さん、人気なんだ……。
チクッと、心が痛む。
疲れてるのかな……?
「生徒会長で学力も問題ないし、運動神経もいいんだよね!それに何より、あの神代財閥の御曹司!」
………ん?
今、すごい情報を聞いてしまったような?
財閥って言った?え?
すると、そんなこと考える暇はないと言わんばかりに、聖那さんがこちらへ向かってくる。
えっ、まさか、私じゃないよね……?
ああ神様、どうか私ではありませんように……。
「………」
どうやら、神は私を見捨てたらしい。
今、聖那さんは私の隣で牙央くんと睨み合っています。
「こんにちは、弓波牙央クン、だっけ?」
「どうも、優羽を困らせて楽しんでる生徒会長サン……もっとやり方あんだろ、ビビりオオカミが」
「が、牙央くん……!?」
後半、敬語じゃないどころか、めちゃくちゃお口悪くなかった!?
「はは、君みたいな優秀なコが入ってきてくれて生徒会長としてとても嬉しいよ……自分のモンとられたって認める準備はできたか?礼儀のなってないライオンくん?」
ふ、2人とも、目が笑ってない……っ。
それに聖那さんも、生徒会長じゃなくてオオカミの聖那さんになっちゃってますよ!
どうしよう……っ。
私が焦っていると、手首をグイッと引っ張られた。
「聖那さん……っ」
そして私は聖那さんの腕の中にすっぽり収まり、バックハグ状態に。
「お前……優羽から離れろ」
「君にそれができるの?取り返してみなよ、ライオンらしく吠えて。ガオー、なんてね?」
「ちょっと聖那さんっ、牙央くんを煽らないでください!」
「っ、おいてめぇ……」
ほらも〜牙央くんが反応しちゃったじゃないですか!
みんな、生徒会長が抱きしめている人物が気になるのか、みんな私を見ている。
詩乃ちゃんも……って、あれ?
詩乃ちゃんは私のほうを見ていなかった。
詩乃ちゃんの目線の先には、書記の花丘先輩がいた。
そういえば、今日の朝詩乃ちゃんの好きな人の話題になった時、生徒会って言ってたような……?
あれ、じゃあもしかして、詩乃ちゃんは花丘先輩のこと……?
私が呑気にそんなことを考えていたら、少し離れたところから見ていた、他の生徒会の先輩方がこちらに近づいてきた。
当たり前だけど、その中には男の人もいる。
あっ、待って………お、男の人が……。
教室では私の席は角だし、詩乃ちゃんと牙央くんが前に立ってくれているから大丈夫だけど……開けたここだと、やっぱり怖い。
向こうはお構い無しに前進してくる。
男の人は全員で3人。
1人可愛い子もいるけど……ってそれは関係なくて。
体が震え始める。
だめ……っ。
「っ、優羽?どうした?」
驚いたのか、思わず口調が戻っている聖那さん。
「おい優羽、お前……ここから離れるぞ」
だめ、足が動かないの……っ
首を横に振ると、牙央くんはすぐに察してくれたようだった。
「じゃあ俺が連れてってやるから。ほら、掴まれ」
牙央くんの指示通りにしようとしたその時。
聖那さんに体を持ち上げられた。
「ひゃっ……!?」
「俺が連れてく」
「はあ?おいっ……」
納得のいっていない牙央くんをお構い無しといった感じで無視し、生徒会メンバーの方を向く聖那さん。
「事情は後で話すから。ちょっとこの子保健室に連れて行ってくる」
「おい聖那!」
そう短く説明をして、聖那さんは私を抱えて食堂を出た。
副会長さん、ごめんなさい……っ
食堂を出ると、次第に震えも治まってきた。
「あ、あのっ、聖那さん、もう大丈夫ですから……っ」
「黙ってろ」
え………聖那さん、怒ってる?
どうして……?
聖那さんは一言も喋ろうとしない。
聖那さんに冷たくされるのが、こんなに悲しいなんて知らなかった。
わ、私は……聖那さんを怒らせたかったわけじゃ……っ。
私ってこんなに涙脆かったっけ。
溢れてくる涙を見られたくなくて、顔を隠す。
その時ちょうど、保健室に到着したみたいで。
聖那さんは私を保健室のベッドに座らせてくれた。
「優羽、なんで顔隠すんだよ」
だってこんな顔、見られたくない……っ
黙ってばかりの私に何も文句を言ってこないな、と思ったら。
「ひゃあ!?」
今聖那さん、私の手、な、舐め……っ
そこで私はハッとする。
あっ……顔、見られちゃった……。
「ふっ、顔見えた……って、は?」
私が泣いていることに気がついたからか、聖那さんはとても驚いた顔をする。
「お前なんで泣いて……さっきのことか?……あ、おい!」
気づけば、私は保健室を飛び出していた。
聖那さんにちょっと冷たくされたからってだけで泣いてしまう私の弱さを、知られたくなかった。
それに、聖那さんに泣いている理由を聞かれて私が答えなかったら、聖那さんは“色んな”方法でなんとしてでも聞き出そうとしてくる。
そして最後には、私は正直に答えてしまう。
その時、自分のせいで私が泣いたと、罪悪感を感じて欲しくなかった。
ああ私、昼休憩に何やってるんだろ……。
廊下を歩いている生徒に変な視線を向けられる。
情けないなぁ、私。
人が居ないところに行きたくて、ただただ走った。
涙で歪んだ曖昧な視界を頼りに、人気のない場所を探す。
その道中のこと。
「うっ………」
前をちゃんと見ていなかったから、誰かとぶつかってしまった。
「あっ……ご、ごめんなさ……っ」
「優羽っ」
顔を上げると、心配そうにこちらを見ている牙央くんの姿があった。
あ……私、牙央くんとぶつかっちゃったんだ……。
牙央くんに見えないように涙を拭って。
「ごめんね牙央くん、前よく見てなかったから……」
「優羽」
「あっ、さっきのことなら大丈夫だよ、食堂出たらすぐに震え収まったから」
「優羽」
あれ、なんで私ひとりで喋ってるんだろ。
「ちょっと油断しちゃったよね、これからはもっと男の人には……」
「優羽っ」
「っ………」
牙央くんは私を抱きしめた。
この2日間で、私どれだけ牙央くんに助けてもらったっけ。
「優羽、俺の前では我慢しなくていい。泣きたいだけ泣け。俺はいつだって、優羽の味方だ」
やっぱり泣いてたの、隠せてなんかないよね。
牙央くん、聖那さんと一緒に暮らす代わりに秘密をバラさないって約束してもらうしかないような非力な私に、どうしてここまで優しくしてくれるの……?
私は、今まで気持ちを伝えてきてくれた牙央くんのことを、恋愛対象として見たこともなかったのに、どうして……?
牙央くんの優しさは、人を惨めにさせるくらい甘くて、純粋で、残酷なもの。
「う、あ………うっ……」
どうか、人に頼ることしかできない私を許して……?
この時の私は思いもしなかった。
まさかこの様子を聖那さんが見ていたなんて。
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「ぐすっ………」
「落ち着いたか?」
私はコクッと頷く。
牙央くんは私が泣き止むまでずっと、無言で抱きしめてくれていた。
「………」
私が何も言えずにいると。
「……泣いてた理由、無理に言わなくていいから」
「………!」
やっぱり牙央くんには、隠し事は出来ないなぁ。
「うん、ありがとう……っ」
「礼なんていらねぇよ。今日はもう帰るか?」
「え?」
「目、腫れてるけど」
「あ………」
この顔じゃ、授業受けられないか……。
「でも、授業は受けたい。勉強頑張るって、決めたから」
「そうか。でもな、優羽……」
牙央くんの顔が、お兄ちゃんの時の顔になった。
「たまには休んでもいいんだぞ?例え授業出たとしても、内容入ってこなかったら意味ねぇだろ?」
「……うん、そうだね」
今日はお言葉に甘えることにした。
「じゃ、先生には俺から言っとくから、また明日な……あ、俺の部屋に来てくれてもいいんだけど?」
「っ……牙央くんっ」
「はは、そんな怒るなって。冗談だって、ジョーダン」
ほ、ほんとに……?
牙央くんのあの強い意志を持った瞳を見て、疑わずにはいられなかった。
「また明日」
「うんっ、また明日……」
そして私は、勉強道具とカバンを教室で回収し、寮へ向かった。
その途中、廊下で聖那さんとすれ違った。
でも、話すどころか目も合わせてくれなかった。
「っ………」
そう、だよね……わけも分からず泣き出して飛び出していく女なんて、嫌に決まってるよね。
私、聖那さんに嫌われちゃったかなぁ……?
そう思うとまた涙が出てきたから、足早に寮へ向かった。
今日の朝、聖那さんにもらったカードキーでロックを解除する。
「ただいまー……」
私の部屋じゃなくて、聖那さんの部屋にただいまを言う。
これもすぐ終わりそう。
そこから私は、がむしゃらに料理をたくさん作った。
どうせ、食べるのは私1人しかいないのに。
気づけば、時計の針は16時40分を指していた。
聖那さん、もう今日はここへ帰ってこないかな……。
そう思い、ひとりでいただきますをしようと両手を合わせた時。
玄関のドアが勢いよく開いた。
「えっ………」
もちろん、ここへ来る人は私以外に1人しかいない。
「聖那さ……痛っ、んっ……」
聖那さんに手首を掴まれ、壁に勢いよく押さえつけられた。
かと思えば、聖那さんは何も喋らず私にキスをし続けた。
「だめ、っ……ふ、んっ……」
「優羽は俺の。だよな?」
口を開いたかと思えばそんなことを言って、またキスをする。
そして私たち2人は、そこから約10分、愛に溺れ続けた──。