二十九日のモラトリアム
 生き返れると手放しに喜んでいた自分が恥ずかしくなる。

「受け入れとったんやけどなぁ」

 生き返っても、チヒロの病気は治っているわけじゃない。

 私も、以前と同じ健康な体で生き返れると決まってるわけじゃない。

「まあ、しゃあないな。まだ生きーってカミサマが言っとるんやったら、どうしようもないわな」

 子食いのハムスターみたいに、残酷な現実はすぐそこに横たわったまま。

「なあ、今夜のことって生き返っても覚えとるんか?」

「個人差がありますね。夜見た夢を朝覚えていたりいなかったり、そんなものです」

 十二単の猫が言う。

「私は忘れないよ! 絶対に、忘れない!」

 チヒロの手を握り締めて言う。無責任なことを言ってるって、わかってる。でも、言わずにはいられなかった。

「ありがとさん」

 チヒロは、まだ痛みをこらえるような顔をしている。

「それで、一緒にサメべロス見に行こう!」

 サメベロスという言葉に、切なそうな表情がハトが豆鉄砲食ったような顔になる。

「サメベロス! B級サメ映画! バカバカしくて笑っちゃうから」

「フーカ、そんな趣味あったんか……」

 呆然とした表情でつぶやいた後、口元が緩んだ。

「おもろそうやな、サメベロス。外出許可出たら、見に行こうな」

「うん!」

 生き返ったとき、私もチヒロもどんな状態かわからない。それでも、約束は希望だった。

 絶対忘れない。この一夜の夢を、絶対に忘れない。夢の中でそう願っても、叶うかなんてわからないけど……そう思わずにはいられなかった。

「なあ、フーカ」

 真剣な目でチヒロが見つめてくる。その目を見返すと、いたずらっぽく笑った。

「ハグしてもええか?」

「え!?」

 ないはずの体温が爆上がりした気がした。

「嫌?」

「……ええよ」

 恥ずかしくて、チヒロの関西弁を真似してしまう。

「おやおや」

「まぁまぁ」

 気を利かせた猫と犬が背を向ける。

 そして、私たちは抱きしめ合い――――離れた。
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