二十九日のモラトリアム
薄幸の美少年(関西弁)
 学校とは反対方向の電車。窓の外は真っ暗で、いつもと違う景色が見えるはずだったけど、明るく照らされた車内の風景が反射しているだけだった。

 座っている人も立っている人もみんな窓ガラスに映っているのに、私の姿は映っていなかった。ガラスに手を近づけても、目の前に立ってみても、見えるのは私の後ろの景色。

 駅の名前も確認せずに、私は適当な場所で降りた。

 夜も更けてきたからか、駅は閑散としていた。

 今度は改札を飛び越えないで、改札を通る人の後ろにくっついてやり過ごした。別に改札も体は通り抜けるんだけど、なんとなく。

 夜の早い街みたいで、駅前のロータリーもなんだか薄暗かった。

 居酒屋さんのポツポツと明かりをつけているだけで、ほとんどのお店はシャッターがしまっていて、タクシーも一台止まっているだけ。

 街灯はあるけどそんなに数は多くなくて、月の光が明るかった。

「今日は満月かぁ」

 太陽ほどまぶしくないけど、思わず手のひらを月に翳してみる。

 まるい赤みを帯びた黄色い光。行く当てのない私は、その月に向かって歩き始めた。

 シャッターだらけの商店街っぽいところを通り抜けて、小さな公園の前を通って、丁字路に差し掛かるとその向こうに――病院、かな?

 満月をバックに、白い建物がそびえ立っている。なかなかいい雰囲気。今の私にぴったりなシチュエーションな気がする。忍び込んで怪談話になってやろうかという気もしたけど、闘病中の患者さんやお仕事中の看護師さんたちの邪魔をするのも忍びない。まあ、病院といういいシチュエーションだからって、幽霊の私の姿を見てもらえるのかもわからないし。期待してスルーされたら、それはそれで傷つく。

 満月を眺めながら、私はそのまま病院の前を通り過ぎようとした。

 満月の逆光で影になる病院。その病院の屋上にある給水タンクの上――そこに、誰かが立っている気がした。

 立ち止まって目をこらす。

 ――やっぱり、いる。

 こんな時間にタンクの点検作業なんてしないだろうし、あんなタンクの真上で仁王立ちだってしないと思う。

 もしかして……

 ある予感に、私は病院に向かって走り出していた。
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