PRECIOUS DARK NIGHT
……そうか、彼は記憶喪失だった。
本当の自分を知らないんだ。
そう思った瞬間、何をするでもなく行き場をなくしていた私の手は、迷いなく彼の手を掴んだ。
その手は、冬の凍えるほどの寒さのせいか冷え切っていて。
「私、寮長室の場所を訊いてきたの。だけどここからずっと行った先にあるみたいだから、一緒に行こう!」
「……、あ、ああ」
私の手をぎゅっと握った彼は、立ち上がった私に続いて腰を上げた。
もしこの学園の生徒に見つかったら大変だから、私たちは校舎裏に回り、そこから“一般寮”という場所へと向かった。
あのきらびやかで壮大な建物を背にしながら──。
暫くずっと歩いていると、寮それらしき建物が見えてきた。
さっき通り過ぎた校舎も大きかったなぁ……。奥にもまた1つ校舎があったし……。
校舎裏から表に出て、寮の玄関に回る。
あの建物の玄関も凄かったけど、一般寮の玄関もここまで大きいとは……。
さすが私立というべきか、格が違うよ〜〜。
「じゃ、じゃあ私ちょっと行ってくるから……どこかに隠れて待ってて。誰にも見つからないように、ね」
「………うん」
彼の瞳が少しだけ不安げに揺れたのは、私の気のせいだろうか。