PRECIOUS DARK NIGHT
まるで行かないで──と言われているみたいで、後ろ髪を引っ張られる思いでその寮の中へと入って行った。
寮の中へ足を踏み入れると、すぐに声がかかった。
キャリーケースのキャスターが床を擦る音が響く。
「水瀬こはるさんですね。わたくしがこの一般寮の寮長です。待っていましたよ」
突然話しかけられてビクリとしたけれど、すぐに気を取り直して寮長と向き合う。私が来るのをどこかで待ち受けていたみたい。
「は、はい。遅くなってごめんなさい。少し道に迷ってしまって……」
それに、名前も知らない不良クンを介抱していたから、余計時間がかかってしまったんです……!なんて、さすがに言えない。
言いたいけれど決して口にできない言い訳を飲み込んで、私は寮長の次の言葉を待つ。
そんな私をじっと切れ長の目でしばらく見つめる寮長は、凄く厳しそうな叔母様気質で、私の緊張メーターがググンッと上がる。
「そうですか。それなら仕方ないですね」
そう言ってふわっと表情を崩して笑った寮長。
あ、あれ……っ?まさか怒られない?
厳しい顔つきをしているから、表情を崩して朗らかに微笑む姿にギャップの威力というものを初めて目の当たりにした気がした。