パブリックダーリン~私と彼と彼氏~
彗くんと違ってケイはあまり表情を変えない。いっつも仏頂面で何考えてるのかもよくわかんない。

だから…、聞いてもいいのかなってちょっとだけ迷っちゃった。

「…ねぇ、柏木先輩はケイのこと知ってるの?」

「…、知らないだろうな」

ケイが話すとふわっとミントの香りが漂って来る。普段彗くんからはしない香りにどこか戸惑っちゃって。

「つーか俺のことを彗だと思ってるから」

「え?」

話さないから教えてもらえない、聞いたら少しは教えてくれるのかと思った。

でも聞かない方がよかったんじゃないかって思っちゃった。

「あの家で彗はほとんど姿を現さないから」

教えてくれたことは私が思っていたよりも遥かに残酷だったの。

「…ほとんど姿を現さないって、…?」

「俺が彗の中に生まれたのはもうずいぶん前だ。だから柏木家ではそれが普通で当たり前になってる」

知りたかったから聞いたのに、聞くのが少し怖くなった。

「彗の母親は兄である星にしか興味がない。星は紫衣が知っているように成績優秀で人望も厚く柏木家の自慢だ…表向きは」

「…。」

「父親は仕事第一で家庭のことには無関心、柏木家の教育は母親が全て…学歴至上主義の母親は星にも彗にも厳しく教育した。彗と違って星は要領も良く勉強も人より出来て、いつしか母親は星のことしか見なくなった」

初めて聞く彗くんの家の話はズキズキと心臓の奥に刺さってくる。

「その期待に応えるように星は毎日机に向かった。学校では生徒会にも入って人望を集め、出来る人間を完璧に演じることでより母親を満足させようと必死だった…でもその裏で期待とプレッシャーに悩まされた星はそのストレスの捌け口として彗を攻撃し始めた」

「…っ」

「これが星の本性だ」
 
ケイの隣を、足を止めないように歩いていた。だけど気付けば足が動かなくなって止まっちゃってた。

「彗のお菓子を横取りしたり、わざとジュースをこぼしたり、ずっと使っていない小部屋に閉じ込めたり…最初はそんな些細なことだった。だけど隠れてやっていたことに母親が見て見ぬふりをすることがわかると、星の攻撃はどんどんエスカレートして家の中ではそれが日常になった」

どうゆうこと、それ…

「…ある日、床に落としたプリンを食べることを強要した」

プリン…!

「従わないと暴力を振るわれることがわかっていた彗は床を這うように口にした」

“こうやってよく食べてたよね?”

あれはそーゆうことだったんだ…!

「星はそんな彗を頭の上から踏み付けて笑ったんだ」
 

ケイが静かに息を吐いた。



「それが俺が生まれた瞬間だ」
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