ブラックアトリエから不当に解雇されたけど、宮廷錬成師になっていた幼馴染と再会して拾われました〜実は隠されていたレアスキルで最高品質の素材を集めていたのは私だったようです〜

 振り向くとそこには、森の道を進んでいる馬車がある。
 その馬車には男女の二人組と十歳前後の少女が乗っていた。
 おそらく子連れの商人夫婦だろうか。
 と、思ったその瞬間には、一人の人物が動き出していた。
 先ほどまで焦燥した顔をしていたババロアが、不敵に笑いながら子連れ夫婦の元に走り出している。
 いったい何を……と考えている間に、ババロアは商人夫婦のうちの女性の方に腕を伸ばし、彼女を連れ去って馬車から距離を取った。
 そして女性の首を腕で締め上げて、同時に反対の手でナイフを構えると、血走った目で私の方を睨みつけてくる。

「この女を殺されたくなかったら、大人しく俺の言うことを聞くんだショコラ!」

「……ババロア」

 よもやそこまでするかと驚愕してしまう。
 まったく関係のない人物まで巻き込んで、人質にするなんて。
 そうまでして私を従わせたいのか。
 もはや後戻りできない場所まで来てしまい、暴走しているようにしか見えない。

「だ、誰ですかあなた……!? いったいどうしてこんなことを……」

「つ、妻を放してくれ! 積み荷だったらいくらでもやるから……!」

「黙れ! お前たちも大人しくしておくんだ!」

 ババロアは聞く耳を持たず、怒り狂ったように息を荒々しく吐いている。
 激昂したあの様子からすると、本当に何をするかわかったものではない。
 早く助けてあげないといけないが、この距離から魔法を撃って女性を無事に救い出せる保証はない。
 下手をすれば何かの拍子でナイフを刺されてしまうかも……
 そう思うとこの場から動くことができず、私は固まってしまった。

「さあ、この首輪をかけて、俺のアトリエに戻って来ると誓え! 一生俺の奴隷としてつき従うと言うんだ!」

 ババロアが首飾りを放り投げて、私の足元まで寄越してくる。
 すぐ近くに落ちた銀華の首飾りを見下ろしながら、私は密かに奥歯を食いしばった。
 これをつければ、今後私の意思で着脱ができなくなる。
 そしてババロアの意思で呪いによる苦しみが襲いかかってくるようになってしまうのだ。
 まさに対象を苦しめてつき従わせることができる『奴隷の首輪』。
 とてもじゃないけどつけられたものではない。しかし……

「ほらさっさとしろ! この女がどうなってもいいのか!」

「……」

 この首飾りをつけなければ、関係のないあの女性が傷付けられてしまう。
 私のせいで、見知らぬ誰かが……

「お母さん……! お母さん……!」

「――っ!」

 女性の娘さんと思われる少女が涙声を響かせて、私は唇を噛み締めた。
 母親を幼い頃に亡くしている私にとって、この状況はひどく苦しいものに感じてしまう。

「私は、まだ……」

 あのアトリエで、やらなきゃいけないことがあるのに。
 あの天才を、もっと近くで見ていたい。
 あの人からしか学べないことが、きっとまだまだたくさんあるはずだから。
 しかしその願いは叶わないと言うように、ババロアの不気味な笑みが私の視界に映り込む。
 これ以上はババロアの気が持たないと思った私は、致し方なく首飾りに手を伸ばした。
 冷たく細い銀色の鎖が、私の首にゆっくりと迫っていく。

 刹那――



 目の前に、“氷”の景色が広がった。



「えっ……」

 森の奥から迸った“氷”が、周りの草木を一瞬にして凍りつかせた。
 それによってババロアの体も氷で縛られて、とらわれていた女性が唐突に解放される。
 女性の体を避けるようにしてババロアの体が凍ったため、女性は慌てて家族の元へと戻って行った。
 親子連れがお礼を言いながら逃げ去って行く姿を見ていると、森の奥から一人の青年が歩いて来る。

「随分と賑やかなことになってるね」

 中性的な顔立ちと銀色の髪。
 くっきりとした碧眼に長いまつ毛。
 白を基調としたコートを靡かせながら、青白い輝きを放つ長剣を持つその青年は……

「僕のところの手伝いに、何か用か」

 私の幼馴染の、クリム・シュクレだった。
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