夫婦ノートに花束を
「そんなにスマホが手放せないんだったら、スマホと結婚したらよかったじゃない!ゲームする暇あったら、土日くらい掃除機くらいかけてよっ」

 結婚して十年、社会人歴は十三年目に突入。それなりにキャリアを積んだ私は男性と同じ仕事量をこなし男性と同じお給料をもらい、春には念願だった課長にも昇給した。ただ、その分忙しくなって気づけば週末は家事もストレスもたまりに溜まっている。もともとのんびりとした穏やかな性格の陽太の言葉に、最近はイライラしっぱなしだ。

「いつもごめん。あとで掃除機やるから、ちょっと今は忙しくて」    

「あとでやるとか嘘ばっかり。ゲームに忙しいんでしょ。どうせ掃除機かけるの、また来週まで、ほったらかしのくせに」 

陽太はどうせやらないと分かっているのだから、いっそ言うことも期待することも諦めてしまえばいいのに、私の一度開いた口は止まらない。

「大体、共働きなのに掃除も洗濯も料理も私だし、自治会の役員だって他の人は皆んな、旦那さん来てるんだよ!」

「仕方ないだろ。俺、休日出勤あるからさ。それに俺らは俺らだろ?」

「休日出勤ない時くらい変わってよ。普段何にもやらないくせに!」

「……っ。何にも出来なくて悪かったなっ」

「そんな言い方しないでよっ!私だって家事に仕事に毎日こんなに頑張ってるのに」

「なんだよそれ!」

(あ……)

珍しく声を荒げた陽太を見て、すぐにしまったと思うがあとの祭りだ。まるで陽太が何も頑張ってないような言い方をしてしまった自分が嫌になる。いつからこんなに可愛くない言い方しか出来なくなってしまったんだろうか。

「出かけてくる!」

陽太はテーブルをバンっと手のひらで叩くようにして、ソファーから起き上がると財布をズボンのポケットに突っ込んで家から出て行った。

(はぁ……やっちゃった……)

私は静かになった部屋でマグカップにコーヒーを注ぎ入れる。この間、お昼休憩で入ったスタパの期間限定のドリップコーヒーだ。可愛らしいパッケージにクリスマス限定の文字に惹かれて買ったのだが、一番の理由は陽太が無類のコーヒー好きだからだった。

(一緒に飲もうと思って買ったのにな……今日もひとり)

 私達夫婦には子供がいない。なかなか授からないのだ。奮発して買ったアンティークのチェストの上にはウエディングドレス姿の私とタキシード姿の陽太が映った写真が飾ってある。

(あの頃が一番幸せだったな)

 結婚して年月が経てばたつほど些細なことから喧嘩が増えて、一緒に出かけることも笑い合うことも抱き合うことも最近はぐっと減っていた。平日は互いに仕事の追われる日々だが、せめて土日くらいは陽太とたわいのない話でもしながら一緒にコーヒーが飲みたいと思っているのに素直じゃない私のコーヒータイムは毎回独りぼっちだ。

「いつからだろう……」

頬杖をつきながら私はマグカップの中のコーヒーを覗き込んだ。
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