夫婦ノートに花束を
──私と陽太はまるでドラマか漫画のような出会いから恋に落っこちた。
当時大学4回生だった私は大学に向かう途中、急に降り出した雨に困ってコンビニの軒下で雨宿りしたことがあった。いつもならすぐ止む通り雨がなぜかこの日はなかなか止まない。しびれをきらした私は店内に入ると店の奥に最後の一本のビニール傘が見つけた。
そして私が急いでビニール傘の取手に手をかけた時、ごつごつとした男の人の指先と触れた。
『え?』
見上げれば背の高いスーツ姿の若い男性が、私と同じ最後のビニール傘に手を伸ばしていたことに気づく。
『わ。すみませんっ』
『あ、こっちこそ、ごめんなさいっ』
男性は慌てて私の指先から大きな掌を離すと頭を掻いた。
『傘、どうぞ』
『でも……』
学生の私はもう講義も終わり家に帰るだけだが、この男性はおそらく仕事中だ。スーツが濡れてしまったら困るのではないだろうか。
『そんな困った顔しないでください、俺、男なんで濡れても平気なんで』
『でも……スーツが』
『ほんとに気にしないでください。今日は商談もこのあとないし』
唇を持ち上げて私を安心させるように笑った男性の笑顔に思わず一瞬見惚れた。
『ありがとうございます』
『いえ、じゃあ』
男性は結局ブラックコーヒーだけを買って、雨の中小走りで駆けていった。
私はその後ろ姿に一度だけ、とくんと鼓動が跳ねたのを覚えている。
それから私は大学を卒業後、地方銀行に入社した。慣れないお金の計算や管理、事細かに定められた銀行マニュアルに戸惑いながらも日々は充実していた。
『お先に失礼致します』
就業を終え先輩方に挨拶を済ませると、私は銀行を出て灰色の空に目を向けた。
(傘持ってないのに家まで雨もつかな……)
勤め先の銀行から一人暮らしの家までは歩いて20分ほどだ。しかし雨女の私は5分ほど歩けば、案の定ぽつりぽつりと空から小さな雫が落ちてくる。そしてあっという間に土砂降りになった。
(もう、最悪……)
目の前のコンビニ駆け込むんだものの、あいにく傘は売り切れだ。
(仕方ない、入り口の下で雨宿りするか)
両親から晴れわたる空のように、笑顔の素敵な女性に育ちますようにと付けられたが完全に名前負けだ。雨の日には笑顔どころか灰色の空を見上げているだけで憂鬱になってくる。
『良かったら、どうぞ』
『え?』
ふいに私に差し出されたブルーの傘の持ち主を見上げて、私は大きく目を見開いた。
『あ、良かった、覚えててくれたんだ』
そういって頭を掻きながらはにかむように笑った男性に、ドキンッと心臓が大きく飛び跳ねた。そう、この男性こそがのちの私の夫となる陽太だった。
当時大学4回生だった私は大学に向かう途中、急に降り出した雨に困ってコンビニの軒下で雨宿りしたことがあった。いつもならすぐ止む通り雨がなぜかこの日はなかなか止まない。しびれをきらした私は店内に入ると店の奥に最後の一本のビニール傘が見つけた。
そして私が急いでビニール傘の取手に手をかけた時、ごつごつとした男の人の指先と触れた。
『え?』
見上げれば背の高いスーツ姿の若い男性が、私と同じ最後のビニール傘に手を伸ばしていたことに気づく。
『わ。すみませんっ』
『あ、こっちこそ、ごめんなさいっ』
男性は慌てて私の指先から大きな掌を離すと頭を掻いた。
『傘、どうぞ』
『でも……』
学生の私はもう講義も終わり家に帰るだけだが、この男性はおそらく仕事中だ。スーツが濡れてしまったら困るのではないだろうか。
『そんな困った顔しないでください、俺、男なんで濡れても平気なんで』
『でも……スーツが』
『ほんとに気にしないでください。今日は商談もこのあとないし』
唇を持ち上げて私を安心させるように笑った男性の笑顔に思わず一瞬見惚れた。
『ありがとうございます』
『いえ、じゃあ』
男性は結局ブラックコーヒーだけを買って、雨の中小走りで駆けていった。
私はその後ろ姿に一度だけ、とくんと鼓動が跳ねたのを覚えている。
それから私は大学を卒業後、地方銀行に入社した。慣れないお金の計算や管理、事細かに定められた銀行マニュアルに戸惑いながらも日々は充実していた。
『お先に失礼致します』
就業を終え先輩方に挨拶を済ませると、私は銀行を出て灰色の空に目を向けた。
(傘持ってないのに家まで雨もつかな……)
勤め先の銀行から一人暮らしの家までは歩いて20分ほどだ。しかし雨女の私は5分ほど歩けば、案の定ぽつりぽつりと空から小さな雫が落ちてくる。そしてあっという間に土砂降りになった。
(もう、最悪……)
目の前のコンビニ駆け込むんだものの、あいにく傘は売り切れだ。
(仕方ない、入り口の下で雨宿りするか)
両親から晴れわたる空のように、笑顔の素敵な女性に育ちますようにと付けられたが完全に名前負けだ。雨の日には笑顔どころか灰色の空を見上げているだけで憂鬱になってくる。
『良かったら、どうぞ』
『え?』
ふいに私に差し出されたブルーの傘の持ち主を見上げて、私は大きく目を見開いた。
『あ、良かった、覚えててくれたんだ』
そういって頭を掻きながらはにかむように笑った男性に、ドキンッと心臓が大きく飛び跳ねた。そう、この男性こそがのちの私の夫となる陽太だった。