夫婦ノートに花束を
「うんしょ……、あれ届かない?」 

 背の低い私は押し入れの前に椅子を持ってきて衣装ケースに手を伸ばす。いつもは背の高い陽太が取ってくれる為、自分で衣装ケースを取り出すのがこんなに大変だとは思わなかった。私は思い切り手を伸ばすと陽太の洋服が入っている衣装ケースに手をかける。

「えっ……わっ!」

 バランスを崩した私は衣装ケースを支えきれず落っこちた。衣装ケースの中から陽太の洋服がそこら中に散らばる。

「痛ったー……」  

 畳に打ちつけたお尻が痛い。

(いつもだったらすぐに陽太が駆けつけてくれるのに……)

 何だか悲しい気持ちになりながらふと見れば、少し黄ばんだノートが落ちている。そのノートを拾い上げた私は声が突いて出た。 

「え! これ……」

 ノートの表紙には陽太の筆跡で『夫婦ノート』と書いてある。

「懐かしい」

 私はすぐにページを捲っていく。

 結婚してから初めての私の誕生日が過ぎた頃に、陽太が提案した夫婦の交換ノートだった。

『俺さ。うまく気持ち伝えられないタイプだからさ。何かお互いの要望とか希望とかその時の本当の気持ちとか、ここに書くようにするのどうかな?』

『交換日記みたいなもの?』

『そう。この間も残業で遅くなってさ、晴菜の誕生日のプレゼント一緒に見に行けなくて悪いなって思ってたんだけど、うまく言えなくて……』

 そうだ。陽太から誕生日プレゼントを買いに行くと言われて嬉しかった私は仕事を定時に上がって、おしゃれして待っていたのに陽太が帰ってきたのは、22時を回っていた。  

『ひどいよ!ずっと待ってたのに。今日くらい早く帰ってきてくれてもいいのに!』

『仕事なんだから仕方ないだろっ』

 確かそんな言い合いをして、次の日もその次の日も謝らない陽太にしばらく腹を立てていた事を思い出す。さらに私はページ捲っていく。

『この間の誕生日はごめん。美味しいイタリアン探しておくから』

『許してあげる。イタリアン楽しみ』

 思わず、ふっと笑った。肝心なことに限って言ってくれない陽太とこうして、『夫婦ノート』でやり取りしてたことを私はすっかり忘れていた。

 いつからだろう。いつの間にか、やり取りしなくなったノートを陽太はずっと自分の衣装ケースに入れていたということだ。

 途中からは私の返事はないのに、陽太の言葉だけがノートに書き記されている。
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