夫婦ノートに花束を
『明日は結婚10年目の記念日。ネット検索してみたら奥さんにアクセサリーや花束をプレゼントして、夜は夜景の見えるイタリアンとかが喜ばれるみたいだ。アクセサリーなんか何を買えば晴菜が喜ぶのかわからない。花束にしようか。晴菜は喜んでくれるかな。覚えてくれてるだろうか。あとは困ったな、夜景の見えるイタリアンなんて行ったことがない。そもそも、そんなお洒落な所に晴菜を誘えるだろうか。よし、まずは明日、ネット検索してみよう』  
 
「あ……」

 私は口元に手を当てた。陽太は朝、スマホで私と行くイタリアンを探していたことに気づく。

 私は何年、陽太の側にいて、私は陽太の何を見てたんだろう。途端に陽太に会いたくて堪らなくなる。すぐにスマホで陽太に電話をかけようとして、陽太がスマホを忘れたまま出掛けていることに気づいた。 

 そしてふと、小さく聞こえてくる音に気づいて窓の外を見れば、ザーッと強めの雨が降っている。

(通り雨……陽太はきっと……あそこだ)

 私は慌ててコートを羽織るとブルーの傘を持って外へ飛び出した。

 私は陽太のブルーの傘を挿しながら、真っすぐにその場所へ向かって駆けていく。陽太に早く会いたくて陽太の顔が早くみたくて、陽太に早く、ごめんね、を言いたくて。

 そして駅前近くのコンビニの前まで辿り着いた時だった。

「陽太っ」

 私の声に陽太がすぐに振り向くと大きな二重瞼を見開いた。

「え?晴菜、何で……ここって分かったの?」

「何と、なく……雨だから迎えにきた」

 ちゃんと言わなきゃいけないのに、陽太に会いたくて走ってきたのに。陽太の顔を見たら、何故だか上手く言葉が出てこない。

「ありがとう。帰ろっか」

 陽太はそれだけ言うと、手に持っている花束を後ろに隠して、私からブルーの傘を取り上げる。そして私が濡れないように相合傘で二人で並んで家に向かって並んで歩いていく。

 陽太と相合傘なんていつぶりだろう。背の高い陽太の肩に背の低い私の頭が時折こつんと当たる。
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