風が吹いたら
階下に降り、駅まで送ります、と戸を開けようとするあなたの横をすり抜けて、わたしは受付台の向こう側に回りました。
あなたはまた慌てて、わたしの後を追いました。
受付の内側には仕上がっているお写真と小さな金庫があります。
筆記用具、裁断機、くず籠。
取引を終えた伝票が何枚も、太い針に無造作に刺さっています。
「お写真はどうやって作るの?」
「引き伸ばし機を使ってネガから印画紙に焼き付けて、現像液にーー」
わたしの表情を見てあなたは言葉を止め、うっかり砂粒でも口にしたように顔を歪めました。
「……お嬢さま、この話はやめましょう」
「なぜ?」
「そろそろお送りします。まもなく日も暮れてまいりますし」
「せっかくここまで来たのだから、お写真を見せて」
あなたは入口の方に視線を走らせ、もう一度わたしの顔を見ます。
そして、めずらしくはっきりと拒絶しました。
「だめです」
「秘密なの?」
「いえ、全然」
「あら、それなら構わないでしょう?」
あなたは子どもをなだめるみたいに、ゆっくりと言い含めました。
「ここから先は暗室での作業になるんです」
「はい」
「暗室は暗いんですよ。光が入らないように戸も閉め切ります」
「心配無用です。暗くても怖がって騒いだりしないから」
あなたはわたしの顔をまじまじと見つめた後、唐突に質問を変えました。
「お嬢さま、ご用聞きの人間や書生と話してはいけない、と言われているんですよね?」
「ええ」
うなずいたわたしを見下ろして、あなたはひとりで勝手に納得してしまいました。
「そんなだから『暗がりで男とふたりになってはいけない』なんて基本的な注意はされていないんですね」
「どういう意味?」
「申し訳ありませんが、僕から詳しい説明はしないことにします」
すっかり諦めたようにため息をひとつついて、お見せします、と言いました。
「ただし、絶対に誰にも言わないと約束してください。お互いのために」
「わかりました。お約束します」
小指を差し出すと、あなたは吹き出しました。
笑われたわたしは不機嫌になって、手を引っ込めようとしましたが、その前にあなたの小指が絡まります。
固くて荒れた、あたたかい指でした。
「墓場まで、僕たちふたりの秘密です」