風が吹いたら
隣の部屋へ続く戸を開けると、黒い幕が下ろされています。

「入ってください」

戸を押さえたまま言うので、わたしは幕をめくって中に入りました。

そこは一畳ほどの小さな部屋で、大きな機械がひとつ置いてあります。
壁には小窓がひとつあって、そこから明かりが差していました。

あなたは戸を閉めて、機械の前に座りました。

「この機械は引き伸ばし機と言って、ネガから印画紙に画像を焼き付けるためのものです」

持ってきたネガを金属の枠に挟み、ゴム製の送風機を使って手動で風を送りました。

「何してるの?」

「こうやって埃を飛ばすんです。どんなに細かい埃でも、写真にすると目立つので」

そしてその枠を機械に取り付けました。
すべての用意を終えて、小窓にある黒いカーテンを引くと、たちまち部屋は真っ暗になります。

機械のスイッチを入れたら、小さな明かりが灯りました。
ネガを通して、弱々しい画像が映し出されます。 機械のつまみを動かすと、映し出される画像が大きくなったり小さくなったりします。
その画像を受け取るように紙が置かれました。

「こうして大きさを決めたら、印画紙を置いて焼き付けていきます」

ここは街中であるはずなのに、ひどく静かでした。
かすかな機械音とわずかな風の音しか聞こえません。
金属と機械油と埃の匂いがします。
締め切った狭い部屋に機械熱と体温が混ざり合い、室温はどんどん高くなっていくようでした。

唐突に、あなたが渋った意味が理解できました。
暗闇は、あなたとわたしの境さえも曖昧にしてしまうのです。
あなたの服の袖がわたしの腕をかすめました。

ひそやかな呼吸音。
あなたの匂い。
印画紙に添えられた指先。

「次は現像です」

すっかり動揺していたわたしのすぐそばで、あなたは淡々と言いました。
引き伸ばし機の電気を消して立ち上がり、さらに奥へ続く戸を開けます。

そこは一段と暗く、少しひんやりとしていました。
小窓どころか、星明かりひとつありません。
じめじめと空気が重たく、何か酸っぱい匂いがします。
お酢や果物のように食欲をそそる匂いとは違う、不思議な匂いです。

入ったところで立ち尽くしていると、部屋の戸が閉められました。
夜を煮詰めたように真っ暗です。
自分の輪郭さえわからなくなるほどの闇でした。
< 11 / 17 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop