風が吹いたら
ぱちりと音がして、電球がひとつつけられました。
宵時の、最後の残り日のようにやわらかな橙色の電球です。
部屋は二畳ほどで、電球の真下に流し台があり、壁にちいさな棚があるだけです。

あなたは棚から瓶を取り、流しの横に並んでいる陶器のバットのひとつに入れました。

「劇薬ですので、絶対に触らないでくださいね」

そう言われて、覗いていたわたしは身体を引きました。
おさげを背中に回して、後ろ手に組みます。

あなたは別の瓶から、別の液体をバットに流し入れ、薬品を三つ用意しました。
酸っぱい匂いが強くなりました。
匂いは薬品のものだったようです。

「見ていてください」

あなたは印画紙をピンセットで摘まみ、ひとつめのバットに入れ、すぐに裏返しました。

「現像液、節約しないといけなくて」

笑いながら重そうなバットをごとごとと揺すります。
すると、印画紙にみるみる家族の姿が浮かび上がりました。
わたしが歓声を上げると、あなたは笑ったようでした。

「現像液に浸すと、こうしてさっき焼き付けた画像が浮かび上がります」

家族写真です。
椅子に女性がひとりと子どもがふたり座って、椅子の後ろに男性がひとり立っています。
その姿がどんどん色濃くなってきました。

「もういいですね」

あなたはまたピンセットで印画紙を持ち上げ、画像のある面を下に向けて隣のバットに移しました。
それもすぐに裏返します。

「こちらは停止液といいます。これ以上現像が進行して黒くならないようにここで止めるんです」

液体の中に浸された写真は揺すってももう変化はありません。

「最後は定着液。これで印画紙に定着させます」

あなたはさらに写真をもうひとつの薬品に浸し、同じように裏返しました。
最初に画像が浮き出た以外は、目に見える変化はありません。
わたしたちは、ある家族の姿を並んで見つめているだけでした。

「写真って、とても静かなのね」

「そうですね」

液から出した写真を水で洗い、干しておきます。
水気を含んだ家族の姿が、薄暗い暗室の中でつやつやと光っています。

「魔法みたい」

月並みな言葉に、あなたはふわりと微笑みました。

「この子たちが大人になって、思い出が薄れた三十年後、四十年後。この写真を見て、思い出してもらえたらいいですよね」
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