風が吹いたら
外に出ると、本当に黄昏時になっていました。
お店の前にあるミモザが、沈みゆく陽に届かぬ枝を伸ばしています。
「ミモザのある写真館だと言ってくれればわかりやすかったのに」
「そういう名前なんですか? これ」
気のない様子で、あなたは花季を終えた木を見遣ります。
「花の頃はきれいでしょうね」
黄色いふわふわしたお花を思い浮かべていたわたしの隣で、あなたはうんざりと顔を歪めました。
「見るだけの方はそうでしょうね。手入れする人間にとっては大変です。すぐ育つから剪定が面倒くさいし、葉っぱや種の掃除も面倒くさいし、伐ってしまいたい」
「伐るなんてだめ。わたし、この花がとても好きなの」
ミモザは本来「銀葉アカシア」というだけあって、葉は銀色を帯びています。
その葉の間を夕日がこぼれていました。
「参りましょうか」
来たときはあんなに長かった駅との距離も、溶けて消えるように過ぎ去りました。
往生際悪く立ち止まったわたしを、あなたは急かします。
「時間ですよ」
「はい」
「もう行かないと」
「はい」
あなたに買ってもらった切符は、わたしの体温でやわらかくなっていました。
それをもう一度握り直して歩き出します。
しかし、数歩歩いたところで、お嬢さま、と呼び止められました。
「来てくださって、ありがとうございました」
「お礼を申し上げるのはわたしの方です。お客さんでなくてごめんなさい」
「いいえ。うれしかったです。花の頃にまたいらしてください」
あなたが笑った途端、セーラーのスカーフが揺れました。
あなたは、やっぱり風を呼べるのだと思いました。