風が吹いたら
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あなたと出会った日のことは、よく覚えています。
戦火の気配はまだわたしたちの日常にまで届いていなかった七月終わりの暑い日で、蝉が鳴いていました。
夏休みに入り、お友達はみんな保養地へと出掛けてしまったのに、我が家は毎年お祭祀が終わるまで東京に残っていなければなりませんでした。
あのときは初代が亡くなって百何十年だとか、大きな年数の年だったようで、普段は顔を合わせない遠くの親戚も集まっておりました。
写真を撮ろう、と言い出したのは、祖父でしたか父でしたか。
とにかく予定のことではありませんでしたから、いつもお願いしている写真屋は別のお宅に呼ばれていて、断られてしまったようでした。
そこで、家中の誰かが慌てて探して、よく知らない写真屋が呼ばれたのです。
その写真屋の先生に門生として付いてきたのがあなたでしたね。
あのときはまだ十代でしたでしょうか。
どこから借りてきたのか、着こんだ背広の肩幅は余っていました。
伸びた髪には整髪料もつけていません。
「奥さま、もう少し顎を引いていただいて……そうです。ありがとうございます。それから青いお着物のお嬢さまは、少しだけ右に……はい、ありがとうございます」
みなを並ばせ、カメラに収まるようにまとめるのはあなたの仕事でした。
商売人の多くがそうであるように、あなたは、おきれいです、とか、素晴らしい、とかペラペラと音がしそうなお上手を朗らかに口にします。
十歳になったばかりのわたしは、そんなあなたの声を、あくびを噛み殺しながら聞いておりました。
今みたいにクーラーなどない時代で、扇風機が淀んだ空気をかき混ぜていました。
窓は開いているのに、そよとも風は入ってきません。
あなたの首筋には玉の汗が光り、こめかみに髪の毛が張りついていました。