風が吹いたら

「こんなことして怒られませんか?」

ほんのちょっと覗いて、すぐ帰るつもりだったのです。
それが迷ったせいで、かなり時間がかかってしまいました。

「怒られます」

怒られて、今後は目が厳しくなり、二度と出歩けなくなることはわかっていました。
それまで大人しく生きてきたわたしが、生涯ただ一度だけ使える嘘を、このとき使ったのです。

「何をしていたの?」

わたしの視線がネガに向いているのを見て、あなたもネガに顔を向けました。

「ああ、修正です」

「修正?」

あなたは手を開いて、持っていたものを見せました。

「写真の修正です。これで傷やゴミなどを消すんです」

それは鉛筆でした。
その鉛筆はわたしたちが使うものよりも、芯がとても長く削り出されています。
あなたはさらにヤスリで針のように芯を尖らせました。
その先端でネガを突っついていきます。

「こうやって、ネガのムラをひとつひとつ潰していくんです」

拡大鏡を通さずに見つめても、わたしにその変化はわかりません。

「何を修正しているの?」

「……お肌を」

わたしもそっと自分の頬を手で覆いました。
吹き出物は女子共通の大きな悩みです。

「写真で消しても、実際に消えるわけではないのに」

「お嬢さま、十年後二十年後にまで、悲しい気持ちを残す必要はないと思いませんか?」

「あなたは写真でも嘘つきなのね」

あなたは愉快げに笑いました。

「嘘は人と人とをやさしく包むもの。嘘なくして人同士は繋がれません」

そう言うと、あなたは拡大鏡をはずし、鉛筆を置き、修正台の電球を消しました。

「では、お迎えを呼びましょうか」

頑張って会いに来たというのに、まるで迷子のような扱いです。
まさか、言われるまま帰るわけにはまいりません。

「せっかくなので見学させて」

「先生は撮影に呼ばれていて、今は僕ひとりしかいません」

「構いません。勝手に拝見させていただきますから」
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