風が吹いたら

「この向こうはどうなっているの?」

椅子の背後の壁は幕で覆われていて、めくった先には窓がありました。
しかし、光が入らないように閉ざされていました。

「どうぞ座ってください」

と、あなたは椅子を示します。

「これでいい?」

「はい」

カメラの向こうであなたはうなずき、照明をつけました。

思わず目を閉じてしまうほどの強い明かりは、みるみるわたしの肌を焼きました。
光の中から見るあなたは影のようで、表情もわかりません。
一方的にすべてを見られているようで恥ずかしくなりました。

「なぜ写真の仕事を?」

気恥ずかしさから逃れるために、わたしは尋ねました。

「僕の父は下駄の歯を直す職人でした。このご時世、仕事はありません」

震災以降、洋装が浸透し、同時に下駄ではなく靴を履く人が増えました。
また下駄も安価なものが出回り、わざわざ歯を直して履く人はいません。

「家は貧しく、親戚の家の離れを間借りして、六畳一間に一家六人で住んでいました。やがて幼い妹が病で死んで、僕はこの写真館に門生に出されました」

カメラを覗いたあなたはレンズを外し、棚にあるものと交換してからふたたび覗きました。

「門生は僕ひとりなので、掃除も下足番も水洗も乾燥も修正も、全部僕ひとり。好きで始めた仕事でもなかったので、最初はいやでいやで仕方なかった」

「今は? 好き?」

「好きでもきらいでもありません。報道写真とか芸術写真なんかは、僕にはわかりません。でも、おかげで衣食住に困ることはなくなって、今は満足しています」

レンズを通して、あなたはわたしを見つめていました。
照明は熱く、わたしの身体も熱を帯びていきます。

そのとき、カシャンとシャッターの音がして、わたしは慌ててカメラに駆け寄りました。

「今、撮りました? 心の準備ができていなかったのに!」

そんなわたしを見て、あなたは満足そうに笑いましたよね。
それから種明かしのように、カメラの背中を開いて見せました。

「シャッターは切りましたけど、フィルムは入れてません。高いんですよ、フィルムって」

「嘘つき!」

「『撮る』とは言ってないでしょう」

あれ以来、カメラのピントを合わせることなんてないまま、わたしは生きてまいりました。
今ではおもちゃみたいなプラスチックのカメラで、小さな子どもでも簡単に写真が撮れます。
わたしがあなたを撮って差し上げることだってできるのです。

もしわたしに撮られるとしたら、あなたはどんな顔をするのでしょうね。

< 9 / 17 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop