Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜
* * * *

 近所のスーパーに行くだけだしと、春香はTシャツとロングスカート、髪を簡単にひとまとめにすると軽いメイクで出かけた。

 数日分の作り置きをするための食料と、衣類用洗剤に柔軟剤。とりあえず手に持てるくらいの量と決めて買い物を済ませる。

 こうしていると、いつもの休日の過ごし方とほとんど変わらず、近頃感じていた就業後の不安が嘘のようにさえ感じる。

 穏やかな休日の午後。のんびりと街を歩いていると、心も軽くなっていく。

 繁華街からは少し離れたこの地区だったが、最近は隠れ家的な店も増え始め、休日にも人の姿を見かけるようになった。それでも一つ曲がり角を曲がれば、あっという間に裏路地に出る。

 買い物の最後にお気に入りの店のレモネードを購入して家に帰ろうとした時だった。見たことのある人物が、ガードレールに腰を下ろしてこちらを見ていたのだ。

 その人物を確認した春香の顔から血の気が引いていく。

 まるで今気付いたとでもいうように、驚いたような顔で春香を見ると、笑顔を浮かべて近寄ってきた。

「佐倉さんじゃないですか。偶然ですね。私服だったから、最初は誰か分かりませんでした」

 いつものスーツとは違い、ブルーのチェックのシャツにデニムという姿だったので、明らかに休日であることはわかる。

 でも彼が住んでいるのはこの辺りじゃないはずーーたまたまこの街に来ていた? そんな偶然があるのだろうか。

 まさかーー《《私がこの近くに住んでいることを》》《《知ってた》》? そう考えると怖くなって身震いをする。

 すると町村は春香が持っていたスーパーの袋を見ながら、納得したように頷いた。

「この近くなら、あそこしかスーパーはないですからね」

 それは遠回しに『あなたがここに住んでいることを知ってる』と言われたような気がした。だからこそ、その言葉を否定しなければいけない。

「この辺のこと、お詳しいんですね……」

 一生懸命に笑顔を作ろうとするが、頬が引き攣り、どうやってもいつもの笑顔にはなれなかった。

「あはは、たまたまです。あっ、荷物重そうですし、お手伝いしましょうか?」

 町村はそう言うと、突然春香の手首を強く掴んだ。ただ手首を掴まれただけーーとはもう思えなかった。

 その瞬間、恐怖のあまり体が震え、悲鳴をあげそうになるのをグッと堪える。

 深呼吸をし、なんとか気持ちを落ち着けながら、
「あの、手を離していただけますか……?」
と絞り出すように伝えた。

 すると町村はわざとらしく、大袈裟に手を上げる。

「あぁ! すみません!」
「いえ……友人の家にいくところなので大丈夫です。お心遣いには感謝いたします」

 町村の目が笑っていないことに気付く。『そんな格好で? 嘘をつくな』と、彼の目が訴えているようだった。

「では……待ち合わせがあるので、これで失礼します」

 なんとか作り上げた笑顔でそう言うと、家とは反対の方向に歩き出した。たとえこの人が家を知っていようがいまいが、今は家に帰る気にはなれなかった。
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