Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜
 エプロンをはずし、ダイニングテーブルに着席する。並ぶ食事を見ながら、高級マンションに似つかわしくない感じがしてしまう。

「なんか普通過ぎる食事でごめんね」
「そんなことはないです。作りたての湯気が出ている食事を家で食べられるなんて……感激です」
「本当? それなら良かった」

 椅子に座って向かい合うと、
「いただきます」
と言って揃って箸を手に待つ。

 春雨スープを手に取り、口をつけた瑠維の様子を、春香はそっと盗み見る。

 すると瑠維はパッと目を見開くと、少しだけ口角を上げた。ホッと息を吐き、ほんのり頬を染めた瑠維を見て、春香は安心して肩の力が抜けた。

「……すごく美味しいです。ありがとうございます」

 そう言いながら、瑠維の手がちゃんちゃん焼きにも伸びる。作ったものを美味しそうに食べてくれる様子に、春香は嬉しくなった。

「あっ、そうだ。さっきから気になっていたんだけど、瑠維くんの話を聞いていると、やけに"先輩"が付く登場人物が多いなって思って」

 瑠維はしばらく黙り込むと、納得したように頷く。

「あぁ、確かにそうですね」

 彼以外は皆"先輩"だから当たり前なのだが、元々瑠維が"先輩"と呼んでいたのは博之であり、後から入ってきた春香がそう呼ばれるのは、どこか申し訳ない気がしていた。

「だから、私のことは名前でもいいよ。私も瑠維くんって呼んでるし」
「名前……ですか」
「あっ、嫌なら別にいいんだけどーー」
「春香さん」

 急に名前を呼ばれた春香は、ドキッとして背筋がピンと伸びるのを感じた。

「な、何?」
「あっ、いえ……では春香さんとお呼びしても構いませんか?」
「う、うん、もちろん」

 きっと男の人に名前を呼ばれたのが久しぶりだからだろう。名前でいいと言ったのは自分なのに、いざ呼ばれると何故か頬が熱くなり、心拍数が上がっていくのを感じる。

 そんな自分の姿に気付かれたくなくて、春香は慌ててご飯を口に含んだ。

「あの……春香さん」
「な、なぁに?」
「今日はこんなに美味しい食事をありがとうございます」
「えっ、別にいいよ。なるべく自炊するようにしてるから、普段より一人分多いだけだし。それより普通のご飯でごめんね! もっと素敵な料理が出来るといいんだけど……」
「普段って……毎日帰ってから作っているんですか?」
「うん、まぁ一応。体力の限界っていうくらい疲れてる日は買っちゃうけどね」

 そう言うと、瑠維は口元に手を当てて瞳を左右に動かす。それから顔を上げ、じっと彼女の顔を見つめた。
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