Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜
「……春香さん、もしよければなんですが、これからしばらくうちで夕飯を食べませんか?」

 キョトンとする春香に、瑠維は更に言葉を続ける。

「食材は僕が買っておきます。下ごしらえも……出来るところはやります。うちで作っていただいて、食べ終わったら家まできちんと送るというのはどうでしょうか?」
「えっ……でも……」
「無理にとはいいません。昨日のように外で食べてからでも、きちんと家まで送ります。ただすごく美味しかったので……また食べたいと思ってしまって……」

 春香は驚いたように目を見開いた。

「あっ、もちろん作っていただくからには食費は出します。他に何か必要なものがあればーー」

 いつも平静な瑠維が何故か必死に見え、春香は思わず笑ってしまう。

「ちょっと待って! それって私にはメリットしかないよ? 食費はかからないし、家まで送ってくれるだなんて、むしろ至れり尽くせりじゃない? 逆に申し訳ないよ」
「そ、それは……!」

 瑠維は唇を噛みしめてから、何かを考えるかのように再び視線をぐるぐるさせる。しかし何も浮かばなかったのか、諦めたように眉間に皺をよせると、テーブルに両手をついて勢いよく立ち上がる。

「それくらい春香さんの料理が美味しかったということです!」

 こんなに取り乱した瑠維を見るのは初めてだった春香は、笑いが止まらなくなってしまう。

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
「本当ですか?」
「でも口に合わない料理があっても、そこは何も言わないでね」
「大丈夫です。春香さんの料理を食べられるだけで幸せですから」
「……なんか瑠維くんも大人になったよね」
「何故ですか?」
「高校生の瑠維くんはそんなことは言わなかったもん」

 春香が言うと、瑠維は少し悲しげな顔になり、両手を組み膝の上に載せて俯いた。

「言えなかったんです。言いたい気持ちはありましたけどね」
「そうなの?」
「そうです」
「じゃあやっぱり大人になったってことだね」
「……言わなければ何も進みませんからね。今度こそは後悔しないようにって思い始めたのは確かです」

 瑠維は顔を上げると、真っ直ぐに春香を見つめた。その瞳に熱が帯びているような気がして、体の奥が熱くなるのを感じる。

 瑠維が言いたいことを言えなかった相手ーーそれはきっと彼が好きだった人に違いない。

 誰なんだろうと気になりつつも、聞くことは出来なかった。それは春香が踏み込んでいい場所ではないし、気持ちは彼だけのもの。聞き出すのはおかしい。

「じゃあ明日からお願いしてもいいですか?」
「うん、こちらこそよろしくね」

 本来の目的を忘れてはいけない。彼は私を心配して送ってくれてるだけ。踏み込み過ぎないようにしないとーー。

 二人は頷き合うと、再び食事を始める。

 しかし春香は笑顔の奥深くで、瑠維が好きだった人のことが気になり始めていた。

 博之の向こう側にいた瑠維のそんな素振りを見たことがなかった。いつも無口で無表情。そんな彼が切ない想いを傾けた人がいただなんてーー。

 春香はまるで小さな棘が刺さったような微かな痛みを感じた。
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