Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜
「ごめん、ちょっと迷っちゃった」

 両手を合わせながら隣に座ると、椿は頷きながら微笑んだ。

「うん、そうかなってちょっと思ってた」

 あんなに店の前には人が並んでいるのに、五つあるカウンター席は椿と、もう一人男性が座っているだけだった。

 黒髪、黒のシャツ、デニム。なんとなく店の雰囲気に同化している男性の背中を見つめ、思わず頬が緩む。

 スイーツが好きな男性なのかしら。そんな人とだったら話も合いそうなんだけどなーー春香がその男性を覗き見ようとした時、
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
とカウンターの中にいた店員に声をかけられ、慌ててメニュー表に目を移す。

「私は抹茶とわらび餅のパフェのセットで、飲み物は温かいほうじ茶にしようかな。春香ちゃんはどうする?」
「じゃあ私も椿ちゃんと同じで」

 店員がいなくなるのと同時に、椿は心配そうな表情になる。

「最近はどう?」

 これは最近ずっと相談していた《《あのこと》》についてだろう。今日は椿の近況を聞くつもりでやって来たのだが、一瞬で苦笑いになってしまった。

「うーん……あまり変わらずって感じかな。まぁ別に何かをされたわけじゃないし、もしかしたら本当に偶然なのかもって思っていたんだけどね」

 そう。ただの偶然かもしれない。だから何も出来ないのは確かだった。ただ含みのある言い方をしてしまったせいか、椿の表情が険しくなる。

「実は昨日、ちょっと怖いことがあったんだよねぇ……」
「それって《《あの男》》のこと?」

 春香はため息をつくと、力なく肩を落とした。

 どうせ話すつもりではいたから構わないんだけど……でも椿ちゃんはどう思うかなーー想像しただけでため息が出る。

 あれは三ヶ月ほど前のこと。化粧品会社の美容部員として働く春香は、都市部の駅前のデパートの一階にある売り場に勤務していた。

 昼間は奥様方の来店が多く、夕方から夜にかけては仕事帰りの若い女性がよくやって来ていた。

 そんなある日、閉店間際に一人の男性が『妻にプレゼントを買いたい』とやって来たのだ。見た目は至って普通のサラリーマンで、四十代後半くらいに見えた。ただ左手の薬指に指輪はしておらず、そういう人もいるだろうと納得した。

『どのような方か教えていただいてもよろしいですか?』
『あぁ……写真とかはないんですが、ちょうどあなたに雰囲気が似ておりまして……お恥ずかしいのですが、一緒に選んでいただいてもいいですか?』

 それが美容部員の仕事でもある。春香は笑顔で引き受けた。そして選んだ口紅をラッピングして渡すと、その男性は喜んで帰っていったのだ。

 ここまではよくある話に違いない。ただそれからおかしなことが続くようになった。
< 4 / 151 >

この作品をシェア

pagetop