Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜
 振り返ると、そこには笑顔を貼り付けた町村が、春香の背中をジトッと見ながら立っていたのだ。

 仕事の合間なのだろうか。彼はスーツを着ていた。

 冷静になれ、落ち着け、ぎこちなくてもいいから、とりあえず笑顔になろうーーそう自分に言い聞かせながら深呼吸をする。

「町村さま、いらっしゃいませ。今日は何をお探しですか?」

 同僚に助けを求めようとしたが、今は接客中のため、春香の状況には気付くはずもなかった。頼みの店長は今お昼休憩に行っているので、一人でどうにかするしかない。

 すると町村は店先にいた春香の方へ、ゆっくりと距離を詰めて来る。心拍数が上がり、冷や汗も出てきた。

 なるべく出て店の外に出ないようにと、慌てて同僚のいるカウンターへ戻ろうとしたが、腕を掴まれてしまう。

「あの、離してーー」
「最近なかなか会えなくなりましたね」

 ゾッとして、血の気が引いていく。

「申し訳ありませんが、この手を離していただけますか?」

 毅然とした態度でそう伝えたが、町村には逆効果だった。急に険しい顔になると、春香の腕を握る手に力を入れる。

「痛っ……!」
「《《いつもの》》あの男は誰だ?」

 驚くほど低い声で、春香にしか聞こえないくらいのボリュームでそう言ったため、体中に鳥肌がたった。

 町村が言っているのが瑠維のことだとわかり、言いようのない不安に襲われる。

「お前が思っている以上に俺は《《知ってるんだからな》》」

 それは彼に何か危害を与えるということだろうか。自分のせいで瑠維に危険が及ぶなんて、どんな事情であれあってはならないことだ。

「おい、聞いてるのか?」

 どんな顔で春香を見ているのだろう。そう思うと彼の方を向くことが出来ないーーその時だった。

「お客様、どうかされましたか?」

 二人の間にサッと手を差し入れ、店長が会話に割って入ってきたのだ。

 すると町村はパッと手を離して笑顔になると、
「いえ、また佐倉さんに化粧品を選んでいただきたくて……」
と言い訳を並べ始める。

「まぁ、そうでしたか! ただ生憎佐倉はこれから休憩の時間になりますので、私が代わりにご案内させていただきます。どうぞ、その手をお離しください」

 強気な態度を崩さない店長に、町村は悔しそうに笑いながら、春香を掴んでいた手を離した。

「そうでしたか。ではまた出直すことにします」
「あら、残念です。佐倉さん、休憩に行っていいわよ」

 本当の休憩時間まではまだ三十分ある。それでも恐怖に震えた心を鎮めたかった。

 春香は頷いて、カウンター裏に荷物を取りに行こうとしたところを町村に腕を掴まれてしまう。

「いつも見てるからな」
と耳元で囁かれ、体中に悪寒が走る。

 怖くなった春香は町村の手を振り払うと、荷物を持って一目散に走り出した。
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