Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜
 仕事を終えて、従業員出口から外に出て駅に向かう途中、
『佐倉さん!』
と背後から声をかけられた。

 驚いて振り返ると、そこにはあの日妻へのプレゼントを一緒に選んだ男性が笑みを浮かべて立っていた。

『その節はありがとうございました。妻もとても喜んでくれました』
『あぁ、町村(まちむら)さん。それは良かったです』

 ここまでの会話はよくあることだった。ただそれ以降の言葉に、少しだけ違和感を覚えたのだ。

『自宅は近いんですか?』
『いえ……近いわけでは……』
『私はこの近くなんです。まさか偶然お会い出来るとは思わなかったなぁ』
『そうでしたか。ではまたのご来店をお待ちしていますね』

 春香がそう言った途端、町村の唇が引きつったように見えた。しかしすぐに笑顔に戻ったので、
『失礼します』
と、その場を離れることにした。

 それから一週間。何事もなく過ごしていた帰り道、また背後から名前を呼ばれた。そこにはやはり町村が立っていたので、春香は少し怖くなって身震いをした。

『本当によく会いますね』

 近くに住んでいるのだから会うこともあるだろうが、度重なる偶然に少し気まずさを感じた。

『お疲れ様です。仕事が終わる時間がきっと同じくらいなんですね。では失礼しますね』

 まだ二度目ではあったが、少しだけ気味が悪くなってきた。

 それ以降春香は帰る時間を少しずらすようにしたのだが、それでも水曜日の夜は必ず帰りに会ってしまう。日を追うごとに、水曜日以外にも声をかけられるようになった。

 それはまるで、待ち伏せでもされているかのようだった。

 そしてこれは昨夜の話。呼び止められた後に、
『あの、この間のお礼がしたいので、もし良かったらこの後に食事なんてどうですか?』
と詰め寄られたのだ。

 徐々に壁際へと追いやられ、助けを求めることも出来ない状況に、初めて身の危険を感じた。

 怖くなった春香はするりと身を交わすと、改札に向かう人の流れに乗り、町村から距離を取っていく。

『えっと……お客様とはそういうことはしてはいけない決まりで……それに奥様がご心配されると思いますので、お気持ちだけいただいておきますね。ありがとうございます』

 すると町村は笑顔を顔に貼り付けたまま小さく舌打ちをしたのだ。

 春香はゾッとした。今の対応は合っていたのだろうか。それとも失敗? ただその場を離れられたことだけは良かった。不安を拭いきれず、そのことを椿に相談したかったのだ。
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