Love is blind〜無口で無愛想な作家は抑えられない独占愛を綴る〜
「……春香さん、近いです」
「だ、だよね! つい襟に気を取られちゃった。ごめんなさい!」

 無表情、そしていつもの冷静な口調でそう言われて、慌てて離れた。

「……こういうこと、簡単にやってはいけませんよ。大抵の人はすぐその気になりますから」
「そ、そんな簡単にやりません! 今のはたまたま……その、瑠維くんだったから……」
「……僕だったから?」

 すると瑠維はメガネを押さえながら下を向き、しばらくしてからは顔を上げた。

「わかりました。その言葉を信じますが、油断は禁物ですからね」
「き、肝に銘じます」
「それならば良いです」

 何故自分が怒られているのかわからなかったが、やけに瑠維が満足そうに鼻息を荒くしていたので、今はそのままにすることにした。

「パーティーはどこでやるの?」
「SKホテルです。もうすぐ迎えが来るはずなんですが……」

 瑠維はスーツのポケットからスマホを取り出し、メッセージを確認する。しかし連絡が来ていなかったようで、大きく息を吐いた。

 その時だった。玄関の方で音がしたかと思うと、突然リビングのドアが勢いよく開かれ、肩までの黒髪の女性が中へ入ってきたのだ。

「先生! お迎えにあがりました!」

 三十代前半くらいだろうか。パンツスーツに身を包んだ女性は、部屋の中を見渡しながら歩いてくる。そしてキッチンにいた春香と瑠維を見つけると、驚いたように二人を交互に見つめた。

「あ、あなたは誰ですか!」

 急に険しい表情になり春香を睨みつけると、ガツガツと歩いて二人の間に両手を差し込み、引き剥がそうとした。

「ちょっ……あなた! 先生から離れなさい!」

 あまりの剣幕に、町村のことを思い出して体が震えた春香を守るように、瑠維は春香の肩を抱いて自分の背後に移動させる。

 彼の腕に抱かれ、町村のことをすぐに頭から追い出すことは出来たが、冷や汗と心拍数を抑えることは出来なかった。

鮎川(あゆかわ)さん、大丈夫ですから落ち着いてください」
「大丈夫って……じゃあその方はなんですか⁈ まさかまた……!」
「違います。彼女がここにいるのは僕の意思です。僕自身が彼女にいてほしいとお願いして留まってくれているだけなので、余計なことは言わないでください」

 瑠維が険しい表情で大きな声で話すのを見たのが初めてだった。それは目の前の女性も同じだったようで、驚いたように目を見開くと、ギュッと口を閉ざした。
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